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3/15

エレナの手合わせ

 エレナを直属に誘った翌朝、僕は彼女と一緒に訓練場へ来ていた。


 少し離れたところでは、ガレス兄上がいつものように朝の鍛錬をしている。僕たちが話している間も、一人で木剣を振っては動きを確かめていた。


「ところで、エレナはどれくらい強くなりたいの?」


 僕が聞くと、隣にいたエレナは少し考えてから答えた。


「できることなら、最強の剣士になりたいです」


「最強?」


「はい」


 ずいぶん大きく出た。


「とりあえずの目標は?」


「ガレス様です」


 エレナは訓練場の中央にいる兄上を見た。


 ガレス兄上は十八歳だが、この辺境ではすでにかなり名の知れた剣士だ。僕も毎朝相手をしてもらっているが、まともにやればほとんど勝てない。


 なるほど。


 最強を目指すなら、まずは身近なところからということらしい。


「じゃあ、戦ってみようか」


「無理ですよ」


 返事が早かった。


「戦ったことあるの?」


「ありません」


「なら分からないじゃない」


「そもそも相手にしてもらえませんので」


 エレナは当然のように言った。


 兄上はヴァレン家の次男で、エレナは屋敷付きの騎士だ。頼んだからといって、普段ならわざわざ手合わせを受けてもらえる立場ではないらしい。


「じゃあ、今日は僕から頼んでみるよ。勝てるかもしれないし」


「ガレス様にですか?」


「うん」


 エレナはもう一度兄上を見た。


 それから自分の木剣へ目を落とす。


「……確かに」


「やってみる?」


「これでも練習は手を抜いていませんから」


 そう言って顔を上げたときには、さっきまでの迷いはなくなっていた。


「お願いします」


 話は決まった。


 僕が頼むと、ガレス兄上は意外にもあっさり引き受けた。


「こいつとか?」


 兄上はエレナを見てから僕を見る。


「うん。目標が兄上なんだって」


「アルト様」


 エレナが慌ててこちらを向いた。


「そこまで言わなくてもいいです」


「そうなの?」


「本人を前に言われると恥ずかしいです」


 ガレス兄上は笑いながら、壁際に立てかけてあった木剣を一本取った。


「別に構わん。来い」


 エレナも木剣を握り直して、訓練場の中央へ出る。


 少し緊張しているらしい。それでも兄上から目を逸らさず、何度か足の位置を直してから構えた。


「お願いします」


「ああ」


 先に動いたのはエレナだった。


 踏み込んで木剣を振る。


 兄上はそれを軽く受けた。


 次の瞬間にはエレナの身体が崩れていた。


「え?」


 木剣が地面へ落ちる。


 何をされたのか分からないまま、エレナは足を払われて背中から倒れた。その喉元に兄上の木剣が止まる。


「終わりだ」


 十秒もかかっていなかった。


 エレナはしばらくそのまま固まっていたが、やがてゆっくり身体を起こした。


「……ちょっと無理でした」


「なんか、いけそうな感じはあるのにね」


「今のを見て、どこにそう思う要素があったんですか?」


 エレナはかなり悔しそうだった。


 ガレス兄上はそんな彼女に木剣を返すと、僕を見る。


「次はお前か?」


「今日はいいよ」


「何だそれは」


「ちょっと別のことをしたくなったから」


 兄上は呆れた顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


 エレナは落ちた木剣を拾いながら、まだ自分が負けた場所を見ている。


「アルト様」


「何?」


「もう一度お願いしてもいいでしょうか」


「兄上と?」


「はい」


「今日はやめた方がいいんじゃない?」


「でも、もう少しくらいは――」


「じゃあ僕と戦う?」


 エレナがこちらを見た。


「アルト様とですか?」


「うん」


 僕は壁際から木剣を一本取った。


「僕に勝ったら、もう一回兄上に頼んであげるよ」


「……分かりました」


 エレナはすぐに構えた。


 さっきの負けがよほど悔しかったらしい。


「では、お願いします」


「うん」


 エレナが動いた。


 最初からかなり思い切って踏み込んでくる。


 僕はその剣を横へ流しながら距離を詰め、空いた脇へ肩を入れた。


 エレナの身体がぐらつく。


 そこへ足をかけると、そのまま地面へ倒れた。


 起き上がろうとしたところで、木剣を首元に向ける。


「終わり」


 今度は五秒くらいだった。


 エレナは地面に座ったまま僕を見上げていた。


「……ガレス様より強いじゃないですか」


「どうだろう」


「少なくとも、私には同じくらい何もできませんでした」


 それは確かにそうだった。


 エレナは立ち上がると、服についた土を払いながら深いため息をついた。


「ショックです」


「そんなに?」


「はい」


 かなり本気らしい。


「要領が悪い者同士、少し親近感があったのに。実は強かったなんて」


「僕、そんなふうに見られてたの?」


「毎朝ガレス様に負けていますから」


「まあ、それはそうだけど」


 少しだけ事情が違う。


 今の僕には、前世で剣を振っていた頃の記憶がある。身体はまだ昔ほど動かないが、相手の剣をどう避ければいいかくらいは分かる。


 そう考えると、ちょっとずるではある。


 エレナは木剣を拾い、もう一度構えようとしていた。


「もう一回やります」


「まだやるの?」


「今度はもう少し持たせます」


「うーん」


 さすがに、このまま続けても急に強くなるとは思えない。


 エレナは毎日のように練習している。それでも今は、ガレス兄上どころか僕にも簡単に負ける。


 だったら――。


「あ」


 ふと思いついた。


 エレナが木剣を構えたまま首を傾げる。


「どうしました?」


「そうだ。いい案がある」


「いい案?」


 僕は木剣を元の場所へ戻した。


「出かけよう」


「えっ」


「町に行くよ」


「今からですか?」


「うん」


 そのまま訓練場を出ようとすると、後ろから慌てて足音が追ってきた。


「待ってくださいよ」


 振り返ると、エレナは自分の訓練着を見下ろしていた。


「一応、おめかししてきます」


 そう言い残すと、返事を待たずに兵舎の方へ駆けていった。


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