メディアとの密談
翌朝。
朝食を終えて教会の中庭へ出ると、ルーナが僕を見つけて駆け寄ってきた。
「アルトさん、少しいいですか?」
「いいよ」
昨夜あれだけ飲んでいた割には元気そうだ。少なくとも、近衛兵たちと肩を組んで讃美歌を歌っていた人には見えない。
ルーナは僕の前まで来ると、嬉しそうに話し始めた。
「ミシェルさん、少し考えを変えたみたいですよ」
「何を?」
「教会の今後についてです。改革を進める方針自体は変わらないそうですけど、薬の販売と、昨日のお店については残すことにしたそうです」
「へえ」
昨夜、アシュレイと何を話したのかは知らないが、少なくとも何か思うところはあったらしい。
「もちろん、今のまま全部というわけではないみたいですけどね。ただ、なくすつもりはないそうです」
ルーナはそこで一度振り返った。
少し離れたところでは、エレナが近衛兵たちと話している。昨日の手合わせについてまた何か聞かれているらしく、身振りを交えながら楽しそうに説明していた。
「これなら、今の方から代替わりしても、この辺りのやり方は大きく変わらずに済みそうです」
「それはよかったね」
「はい」
ルーナが大きく頷く。
僕としても、薬が手に入らなくなればエレナが困るので、残るならその方がありがたい。
「それとですね」
ルーナが急に声を小さくした。
「エレナさんには内緒なんですけど、アルトさんに特別なお礼があります」
「お礼?」
ルーナは僕のすぐ近くまで寄ると、耳元で囁いた。
「今夜、昨日のお店に来てください。アシュレイちゃんが、特別にアルトさんの席についてくれるそうですよ」
そう言って、楽しそうに笑った。
◇
夜になって店を訪れると、僕は昨日とは違う場所へ案内された。
店の奥にある広い個室だった。
大きな長椅子と低いテーブルが置かれ、壁には何枚か絵が飾られている。昨日みんなで座っていた場所よりずっと静かで、扉が閉まると外の声もほとんど聞こえなかった。
「こちらでお待ちください」
案内してくれた男がそう言って部屋を出ていく。
僕は長椅子に腰を下ろした。
本当にアシュレイが来るのだろうか。
半信半疑で待っていると、しばらくして扉が叩かれた。
「失礼いたします」
先ほどの男が扉を開ける。
その向こうから、長い金髪の女性が入ってきた。
顔を見た瞬間、僕は苦笑した。
女性は僕の反応を見ると、妙に得意そうな顔をする。
「アシュレイちゃんだと思いました?」
片手を頬の横へ持っていき、決め顔でピースを作った。
「残念。しつこくメディアちゃんでーす」
「まあ、なんとなく分かってたよ」
僕が答えると、メディアの表情が止まった。
「え?」
「アシュレイさんは僕の相手はしないだろうなと思ってたから。本当に来るなら、エレナも誘ったんだけど」
メディアは僕の向かいに座りながら、不思議そうに首を傾げた。
「どうして分かったんですか?」
「やっぱり断られたの?」
「はい。アルトさんのお相手をしてほしいとお願いしたんですけど、嫌だと言われてしまいました」
やはりそうらしい。
「多分だけど、アシュレイさんって、自分が何かしたい人じゃなくて、人がしたいことを応援したい人なんじゃないかな」
僕は昨日聞いた話を思い出しながら続けた。
「だから、自分の夢とか目標があって、そのために頑張ってる人をお客にしたいんだと思う。僕みたいに、特にやりたいことがない人間とは、あまり噛み合わない気がして」
メディアが目を丸くした。
「すごいですね」
「そう?」
「アシュレイちゃんが言っていたことと、ほとんど同じです」
それから、にこりと笑った。
「さすが初代皇帝レオン・アウグスト様ですね」
「……え?」
今度は僕が固まる番だった。
メディアは楽しそうにこちらを見ている。
「可愛いだけだと思いました?」
「いや、そこまでは言ってないけど」
「これでも聖女ですから」
「聖女だと、そんなことまで分かるの?」
「もちろんです」
自信満々に答えたあと、メディアは少し笑った。
「というのは半分冗談です。初めてお会いしたときから、なんとなくピンとは来ていましたけどね」
「なんとなくで分かるものなの?」
「それだけなら、さすがに確信はできませんでした。でも、セラフィナ様から聞いていたことがありますから」
そこで、メディアの声が少しだけ穏やかになった。
「セラフィナ様が亡くなられる前に、二十五年後、このあたりでレオン・アウグスト様が転生されると予言されていたんです」
「セラフィナが?」
「はい。あの方には予知の力がありましたから」
僕は息を吐いた。
「はあ。セラフィナにはかなわないな」
死んでからまで先回りされるとは思わなかった。
メディアはそんな僕を見て、楽しそうに笑う。
「安心してください。誰にも言っていませんよ」
「それは助かる」
「でも、本当にセラフィナ様から聞いていた通りのお方ですね」
「どんなふうに聞いてたの?」
「自分では何もしないのに、周りの人たちが勝手に動いて、いつの間にか問題が解決している人だと」
「それは少し違うよ」
随分な言われようだった。
「周りが勝手に問題を持ってくるから、それに対処してるだけだよ。僕自身に何か目的があるわけじゃない」
「そうなんですか?」
「うん」
メディアは少し考えるように僕を見たあと、柔らかく笑った。
「それでも、お話しできて嬉しいです。初代皇帝レオン・アウグスト様は神の子。私たちにとっては信仰の対象ですから」
「それもセラフィナが勝手に言い出しただけだよ」
僕が言うと、メディアの笑顔が少しだけ変わった。
「思い出しますね」
「何を?」
「セラフィナ様は、すごく悔しそうでした」
メディアは膝の上で手を重ねる。
「レオン・アウグスト様が転生されるというのに、自分はその場にいられないって。自分も転生したいと、亡くなる前までよくおっしゃっていました」
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
「セラフィナらしいね」
あの人なら本気で言いそうだった。
「ちなみに、その頃にルーナがセラフィナ様へ言ったことがあるんですよ」
「ルーナが?」
「まだ子供でしたけどね。『私がセラフィナ様の生まれ変わりです』って」
「まだセラフィナが生きてるのに?」
「はい」
かなり無理のある嘘だった。
「もちろん子供の冗談ですよ。でも、セラフィナ様はすごく嬉しそうでした」
メディアも思い出したのか、小さく笑う。
「今でもセラフィナ様の生まれ変わりを名乗っているところも、ルーナらしいですけど」
「たしかに。ルーナらしいね」
本人が聞いたら、きっと堂々と認めるだろう。
そこでメディアは少し姿勢を正した。
「それで、アルト様。一つお願いがあります」
「なに?」
「ルーナを、アルト様の護衛にしていただけないでしょうか?」
「護衛?」
「はい」
随分急な話だった。
「本人は知ってるの?」
「まだ知りません。ルーナには、私からもっともらしい理由をつけて話しておきます」
「もっともらしい理由って」
「そこは私にお任せください」
あまり任せていい気はしない。
メディアは気にせず続けた。
「ルーナがアルト様にお仕えすると知ったら、セラフィナ様もきっと喜ばれると思うんです」
僕はルーナの姿を思い浮かべた。
明るくて、考えたことがすぐ顔に出る。妙なところで直情的で、戦う話になると途端に楽しそうになる。
セラフィナとは何もかも違う。
だからこそ、今の僕の仲間としては、そのくらい違う方がいい気もした。
「いいよ」
僕が答えると、メディアの顔が明るくなった。
「ありがとうございます」
「でも、いいの?」
「何がですか?」
「本当はメディアが仲間になった方がしっくりくるけど。セラフィナにすごく似てるし」
「ああ、それでしたら大丈夫です」
メディアはすぐに答えた。
「セラフィナ様から、私はアルト様の仲間になるより、お嫁さんになる方がふさわしいと言われていますので」
「えー」
随分勝手なことを決められていた。
メディアは上品に笑っている。
僕はその顔を見ながら、ふと思い出した。
「でも、あれでしょう」
「はい?」
「僕をアシュレイさんに惚れさせて、操ろうとしてたんでしょう?」
一瞬だけ間が空いた。
それからメディアは、悪びれる様子もなく笑った。
「はい。ばれました?」
「やっぱり」
「ちなみに、さっきのも嘘です」
「さっきの?」
「お嫁さんの話です。聖女ですから、恋愛は禁止されています」
楽しそうに笑う。
こういうところまでよく似ている。
顔も声もまるで違うのに、目の前で話していると、時々セラフィナと話していた頃を思い出す。
「さて」
メディアはテーブルの上の飲み物を僕の前へ寄せた。
「せっかく二人きりですから、今度は私が聞きたいことがあります」
「なに?」
「セラフィナ様の昔のお話を、たくさん聞かせてください」
「長くなるよ」
「今夜は暇ですから」
メディアはそう言って、また決め顔でピースをした。




