エレナの審査
それからも、エレナの特訓は続いた。
薬を飲んだ翌朝の魔力暴走も、一度きりではない。
八粒の服用を続けている以上、朝になれば増幅された魔力の影響でエレナはまともに自分を抑えられなくなる。
「エレナ、大丈夫だよ。落ち着いて」
「う、あああっ!」
僕が後ろから身体を押さえている間にも、エレナはどうにか抜け出そうと暴れていた。
最初に魔力暴走を起こしたときより、明らかに力が強くなっている。
「腕、お願いします」
「はい!」
近くにいた近衛兵が二人がかりでエレナの腕を押さえる。
それでもエレナは止まらず、床に向けた手から水が勢いよく噴き出した。
「うわっ!」
「離さないでください」
「分かってます!」
近衛兵たちも必死だった。
教会に来たばかりの頃なら僕一人でも十分に押さえられたが、今では何人かに手伝ってもらった方が楽になっている。
しばらくそうしていると、やがてエレナの身体から力が抜けていった。
「……アルト様」
「戻った?」
「はい……すみません。またご迷惑を」
息を切らしながら、エレナが周囲を見る。
近衛兵たちはまだ彼女の腕を掴んでいた。
「もう大丈夫です。本当にありがとうございました」
「いや、いいけど……」
近衛兵の一人が手を離しながら苦笑する。
「日に日に大変になってないか?」
「強くなってるからね」
実際、かなり強くなっていた。
暴走が収まれば、今度は増幅された魔力を使い切るために訓練が始まる。近衛兵たちとの手合わせも続けていて、最初の頃には苦戦していた相手にも、今ではほとんど負けなくなっていた。
その一方で、ミシェルとエレナも随分仲良くなったらしい。
僕が昼頃に起きるせいもあるが、最近では二人で朝食を食べるのが当たり前になっている。
廊下ですれ違えば一緒に歩いているし、時間があればミシェルがアルシア教について話していることもあった。
エレナもそういう話は嫌いではないようで、かなり真面目に聞いている。
僕が混ざるとミシェルが怒るので、二人で話してもらった方が平和だと思う。
そうして一週間が過ぎ、ついに審査の日がやってきた。
開始を待っていると、少し離れたところでミシェルがエレナに何かを渡していた。
「これ、持っていてください」
ミシェルの手の上には、小さなお守りが載っていた。
エレナが驚いたようにそれを見る。
「私にですか?」
「はい。昨日、エレナさんのために用意しました」
「ありがとうございます」
エレナは両手で受け取ると、すぐに嬉しそうな顔になった。
「大切にします」
「別に今日が終わったら捨ててもいいんですよ」
「そんなことしませんよ」
エレナが少し困ったように笑う。
「せっかくミシェルさんがくださったんですから、ずっと持っています」
「……そうですか」
ミシェルも嬉しかったらしく、少しだけ頬を緩めた。
それから、エレナの手を握る。
「絶対に勝ってくださいね」
「はい」
「ずっと見ていましたから。エレナさんなら大丈夫です」
「ありがとうございます。頑張ります」
エレナが素直に頷く。
ミシェルはしばらくその顔を見ていたが、やがて一歩近づくと、そのままエレナを抱きしめた。
「怪我もしないでください」
「それは相手もいることなので、約束はできませんけど……できるだけ気をつけます」
「そこは約束してください」
「はい。分かりました」
エレナも笑いながらミシェルの背中に腕を回した。
数日前までほとんど知らない者同士だったとは思えない。
やがて二人が離れると、エレナは受け取ったお守りを大事そうに服の内側へしまった。
そして本番が始まった。
訓練場の中央で、エレナとアーサーが向き合う。
アーサーが刀を抜くと、刀身を炎が包んだ。
「では、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
エレナも剣を構える。
合図が出ると、先に踏み込んだのはエレナだった。
一気に距離を詰めて剣を振るう。
アーサーは炎をまとった刀でそれを受けた。
金属同士がぶつかる音が響き、アーサーの身体が後ろへ押される。
それでもすぐに踏みとどまり、今度はアーサーが反撃した。
燃える刀が横薙ぎに振るわれる。
エレナは一歩退いてかわした。
続けて振り下ろされた二撃目も、身体を横へずらして避ける。
そのまま踏み込んだ。
アーサーが刀を戻すより早く、エレナの剣がその胸元で止まる。
「そこまで!」
声が響いた。
アーサーは目の前の剣を見たあと、刀を下ろした。
「いやー、お強い」
そう言って笑う。
「僕も訓練が足りませんね」
「ありがとうございました」
エレナが剣を収めて頭を下げた。
次の瞬間、見ていた近衛兵たちから歓声が上がった。
「勝った!」
「エレナさん、おめでとう!」
何人もの近衛兵がエレナのところへ集まっていく。
この一週間ずっと訓練に付き合っていたこともあって、完全に自分たちの仲間が勝ったような騒ぎだった。
「ありがとうございます!」
エレナも嬉しそうだった。
次々と声をかけてくる近衛兵たちに、満面の笑みで答えている。
その様子を見ていたミシェルも、安心したように笑っていた。
僕はその隣へ行った。
「ミシェル」
「何ですか?」
「今晩、付き合ってよ」
ミシェルがこちらを見る。
「付き合うわけないでしょう」
「どうして?」
「どうしても何もありません」
即答だった。
「エレナの祝勝会がしたいんだ」
「……祝勝会?」
「うん。せっかく勝ったんだから」
ミシェルはしばらく僕の顔を見つめた。
「本当ですか?」
「本当だよ」
「私のことを口説く気では?」
「祝勝会だって」
それを聞いても、まだ少し疑っているようだった。
けれど、近衛兵たちに囲まれて嬉しそうにしているエレナを見ると、ミシェルの表情も緩んだ。
「……祝勝会でしたら行きます」




