朝の礼拝
昼頃になってようやく起きた僕が部屋を出ると、教会の中はすでにすっかり昼の空気になっていた。
廊下の窓から中庭を見ると、近衛兵たちは午前の訓練を終えたらしく、何人かが木陰で休んでいる。少し離れたところでは、エレナが箒を手にして掃除をしていた。
随分よく働く。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、正面から見覚えのある女性がやってきた。
ミシェルだった。
僕の姿を見つけた途端、足を止める。
「アルトさん」
「おはよう」
「もう昼です」
「そうだね」
ミシェルの眉間に皺が寄った。
「どうして朝の礼拝に来なかったんですか?」
「どうして行かないといけないの?」
「行かなくていいわけがないでしょう」
昨日よりも明らかに怒っている。
どうやら朝から僕が来なかったことを気にしていたらしい。
「ミシェルは僕に礼拝へ来てほしいんだ」
「当然です。教会に泊まっているんですから」
「そんなに礼拝って楽しいの?」
「私のこと、馬鹿にしていますよね?」
「馬鹿にしてないよ」
むしろ、毎朝きちんと礼拝に出られるのは大したものだと思う。僕にはできそうにない。
「でも、僕がアルシア教を信じる理由がないんだよね」
そう答えると、ミシェルは信じられないものを見るような顔をした。
「……教会の中でよくそんなことを堂々と言えますね」
「聞かれたから答えただけだよ」
僕としては、嘘をついて信徒のふりをする方が失礼な気もする。
それに、アルシア教がどれだけセラフィナを偉大な聖女として扱っていようと、僕には彼女に迷惑をかけられた記憶の方が多い。
もちろん嫌いだったわけではない。
長い付き合いだったし、頼りにもしていた。
ただ、だからといって今さら聖女様として尊敬しろと言われても、どうにも妙な感じがする。
今の聖女であるメディアも、かなりめちゃくちゃだった。
これで信仰心を持てという方が難しい。
「ずいぶん都合がいいんですね」
ミシェルの声で意識を戻すと、彼女は冷たい目で僕を見ていた。
「薬をもらうときだけ教会を頼りにしておいて、神は信じないなんて」
「ああ、僕は使ってないよ」
「え?」
「薬を飲んでるのはエレナだけ」
僕が中庭の方を指すと、ミシェルもそちらを見る。
エレナは僕たちには気づいていないらしく、真面目に箒を動かしていた。
「僕には無理だよ。あんな副作用の強いもの、我慢できないし」
「そんなに副作用が強いんですか?」
「規定の八倍飲んでるからね」
ミシェルの顔が止まった。
「……八倍?」
「うん」
「八倍って、八倍ですか?」
「他に八倍はないと思うけど」
ミシェルはしばらく言葉を失っていた。
「エレナが言うには、全身が裂けるみたいに痛いらしいよ」
「そんな……」
「あれに耐えられる時点で、もう天才の仲間入りはしてると思う」
僕が笑うと、ミシェルの表情が一気に険しくなった。
「ひどいわ」
「何が?」
聞き返したときには、ミシェルはもう僕の横を通り過ぎていた。
そのまま中庭へ出ると、掃除をしているエレナのところまで駆けていく。
さすがに気づいたらしく、エレナが箒を止めた。
「どうかしました?」
「エレナさん」
ミシェルは彼女の両手を取った。
「あなた、アルトさんになんてひどいことをされているの?」
「はい?」
「薬を規定の八倍も飲まされているんでしょう? きっと脅されているのよね」
エレナが何度か瞬きをする。
「いえ、別に脅されてはいませんけど……」
「大丈夫。ここは教会よ。私から神父様にも話します。あなたが望むなら、教会で保護するわ」
「保護?」
ますます分からなくなったらしく、エレナは困った顔で僕を見た。
僕にもどうしてこうなったのかはよく分からない。
「アルト様、何を言ったんですか?」
「薬の量を教えただけだよ」
「それだけでこうなりますか?」
なるらしい。
エレナは少し考えてから、心配そうにしているミシェルへ向き直った。
「あの、ミシェルさん。本当に大丈夫ですよ」
「でも……」
「アルト様には、大変よくしていただいています」
エレナはきっぱりと言った。
「前は駄目な騎士だと馬鹿にされていた私が、領主様から褒章をいただけるようになるなんて、少し前までは考えられませんでした。今でも夢みたいです」
そう話すエレナの顔は、分かりやすいくらい嬉しそうだった。
「もちろん、教会の神父さんがお薬を販売してくださったおかげでもあります。それに、アルト様が全財産の七割を使って買ってくださいましたから」
「全財産の……七割?」
「はい」
エレナは笑顔のまま頷いた。
「私一人のために、そこまでしてくださったんです。感謝してもしきれません」
ミシェルは何も言わなかった。
さっきまで僕を責めていた勢いが完全になくなり、嬉しそうに話すエレナをじっと見つめている。
「……そう」
やがて、それだけ言った。
「はい!」
エレナが嬉しそうに返事をする。
ミシェルはもう一度エレナの顔を見たあと、ゆっくりと手を離した。
そのまま僕の方へ戻ってくる。
まだ何か納得していないような顔ではあるものの、さっきのように怒ってはいなかった。
「じゃあさ」
「何ですか?」
「ミシェルが肩を揉んでくれたら、僕も神に感謝するかもしれない」
「はあ?」
ミシェルが眉を吊り上げる。
だが、彼女が何か言うより先に、エレナが箒を置いてこちらへやってきた。
「アルト様」
「なに?」
「ミシェルさんをからかわないでください」
真面目な顔で怒られた。
「ごめんごめん。僕、一生懸命やってる人が好きでね」
「それとからかうことに何の関係があるんですか?」
エレナはまったく納得していない顔で僕を見ていた。




