薬嫌いのミシェル
ミシェルは僕を一度見ただけで、すぐに祭壇へ視線を戻した。
「帰っていただけますか。参拝の邪魔ですので」
ずいぶんはっきり言う人だ。
こういう相手を見ると、昔から少しからかいたくなってしまう。あまり良くない癖なのは分かっているのだが、どうにも直らない。
僕は帰る代わりに、そのままミシェルの横まで歩いていった。
「じゃあ、僕にはお祈りする権利はないの?」
ミシェルが再びこちらを見る。
「祈る権利は誰にでもあります」
「なら、ここにいてもいいよね」
「ですが、それは真摯に神へ祈る方の話です」
きっぱりと言ってから、ミシェルは僕の後ろにいる神父へ一度目を向けた。
「あなた方のように、薬を目当てに教会へ来る方に祈る資格があるとは思いません」
「なるほど」
「分かっていただけましたか?」
少し満足そうに尋ねてくる。
「友達少ないタイプだね」
「……はあ?」
初めてミシェルの表情が大きく動いた。
眉間に皺を寄せ、信じられないものを見るような顔で僕を睨んでいる。
「いきなり何を言っているんですか?」
「いや、僕は好きだよ。そういうの。いいと思う」
「何がですか?」
「邪魔してごめんね。それじゃあ」
「ちょっと待ちなさい!」
呼び止める声を背中に受けながら、僕は礼拝堂の入口へ向かった。
外からは剣同士がぶつかる音と、近衛兵たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
エレナのところへ行こう。
僕が礼拝堂を出ていくと、後ろからミシェルの声が聞こえた。
「何なんですか、あの人……ありえません」
神父はしばらく僕が出ていった入口を眺めていたが、やがてミシェルへ顔を向けた。
「あなたがそこまで怒るとは珍しいですね」
「当たり前です」
ミシェルは明らかに機嫌を悪くしたまま答える。
「あんな失礼な方、見たことがありませんから」
祈りを再開しようと祭壇へ向き直ったものの、先ほどまでの静かな表情にはなかなか戻れなかった。
◇
翌朝。
朝の礼拝が終わった礼拝堂で、ミシェルは神父に詰め寄っていた。
「あのアルトとかいう方、教会に泊まっていながら朝の礼拝にも来ないなんて、ふざけているんですか?」
「アルト殿は客人ですので、礼拝への参加を強制するわけにはいきませんよ」
「ですが、昨日は偉そうに『僕に神へ祈る資格はないのか』などと言っていたんですよ。それなのに本人は朝の礼拝にも来ないなんて」
昨日のことを思い出したのか、ミシェルの眉間にまた皺が寄る。
「これだから、薬目当てで教会へ来る方は嫌いなんです」
「あの、すみません」
横から声をかけられ、ミシェルが振り返った。
エレナは申し訳なさそうに頭を下げる。
「アルト様がご迷惑をおかけして、すみません。護衛の私からも言っておきます」
「アルト様?」
ミシェルは少し考えてから、目を見開いた。
「もしかして、あなたがあのアルトという方の護衛をしているエレナさんなの?」
「はい。そうです」
「あなたが? 朝も一番に礼拝堂へ来て掃除をされていたから、てっきり教会の見習いの方かと思っていたわ」
「いえ。私は薬の審査を受けるために来ました」
「あなたも薬を?」
「はい」
ミシェルは意外そうにエレナを見つめた。
「驚いたわ。薬を目当てに来る方にも、こんなしっかりした方がいるのね」
「いえ、私はそんなにしっかりしていません」
エレナは少し困ったように笑った。
「ただ、うちはもともとアルシア教の信徒なんです。礼拝の仕方も父から教わっていますから」
「そうだったの」
「それに、私がここまで強くなれたのも教会のおかげです。だから、できることくらいはしたいと思って」
そう言ったエレナは、素直に嬉しそうな顔をしていた。
ミシェルは何も言わず、その顔を見る。
彼女自身は、教会が薬を販売することに賛成していない。
人を強くするためとはいえ、薬に頼らせることが教会の役目だとは思えなかった。昨日アルトにあれほど冷たく当たったのも、それが理由だった。
けれど、自分が嫌っている薬によって助けられたと、目の前のエレナは心から喜んでいる。
その笑顔を見ていると、今ここで薬について何かを言う気にはなれなかった。
「……そう」
ミシェルは少しだけ表情を和らげた。
「よかったわ」
「はい!」
エレナは嬉しそうに頷いた。




