ミシェルとの出会い
数日後、僕とエレナは荷物を持って教会を訪れていた。
薬を飲み始めてから、すでに三週間が経っている。
この薬は誰でも好きなだけ使い続けられるわけではなく、服用を始めてから一定期間が経つと、上位者による審査を受ける必要がある。そこで薬を使うにふさわしいだけの力があると認められれば、その後も服用を続けられるらしい。
エレナの審査は一週間後だった。
それまでの間、僕たちは教会に泊まり込み、近衛兵たちと一緒に訓練することになっている。
「一週間も泊まるのは初めてですね」
隣を歩くエレナは、荷物を抱えながら少し嬉しそうだった。
以前ここへ来たときに近衛兵たちとは随分仲良くなっていたので、訓練そのものより、また会えることの方を楽しみにしているのかもしれない。
礼拝堂へ入ると、神父がこちらへ歩いてきた。
「お待ちしておりました」
「神父さん、お久しぶり」
「はい。お二人ともお元気そうで何よりです」
神父の隣には、見覚えのない男が立っていた。
三十歳前後だろうか。短く整えた金髪に白い服を着ている。教会の人間にしては珍しい格好だが、立ち姿には妙に隙がなかった。
「横の方は?」
僕が尋ねると、男は一歩前へ出た。
「アーサーと申します。今回、エレナさんの審査を担当いたします」
「よろしくお願いします!」
エレナがすぐに頭を下げる。
アーサーも静かに頭を下げた。
こうして近くで見ると、やはりかなり強そうだった。
「強そうだね」
「はい。それなりには」
アーサーは特に謙遜する様子もなく答えた。
自分でそれなりに強いと言えるなら、本当にそれなり以上には強いのだろう。
「それで、審査って何をやるの?」
僕が神父へ尋ねると、神父は穏やかな表情で答えた。
「私の管轄では、公平さを重んじております。審査方法は非常に単純で、上位者と勝負をしていただきます」
「勝てばいいの?」
「もちろん、それが一番分かりやすいですね。ただ、必ず勝利する必要はありません。相手に十分な力があると認めさせることができれば、それでも合格となります」
なるほど。
確かに分かりやすい。
細かな基準をいくつも決めるより、実際に強い人間と戦わせた方が判断もしやすいのだろう。
「頑張ります!」
エレナが気合いを入れるように両手を握った。
そのとき、礼拝堂の外から大きな声が聞こえてきた。
「エレナ! 来てるんだろ!」
「暇ならこっち来いよ! 一戦やろうぜ!」
何人かいるらしく、続けて別の声も聞こえる。
エレナはすぐに入口の方を振り返った。
「皆さん!」
顔が一気に明るくなる。
神父が苦笑しながら外へ目を向けた。
「エレナさんが来ると聞いて、朝から楽しみにしていたようですよ」
「本当ですか?」
「ええ。訓練場で待っているはずです」
それを聞いたエレナは、僕の方を見た。
「アルト様、行ってきてもいいでしょうか?」
「いいよ」
「ありがとうございます!」
許可を聞くなり、エレナは荷物を近くの椅子へ置いた。
「皆さん、ありがとうございます! 今行きます!」
外へ向かって返事をすると、そのまま早足で礼拝堂を出ていった。
少しして、外から楽しそうな声が聞こえてくる。
以前ここへ来たときも思ったが、ずいぶん気に入られたらしい。
神父もその様子を微笑ましそうに眺めていた。
アーサーもエレナの後を追うように外へ向かう。
僕は二人を見送ってから、神父へ顔を向けた。
「そういえば、世代交代するらしいね」
僕が尋ねると、神父は少し驚いたように目を開いた。
「ご存じでしたか」
「うん。少し聞いてね」
「はい。そうなのです」
神父は素直に頷いた。
「私も長くこの町を任されてきましたから、そろそろ若い方へ譲ってもよい頃かと思いまして」
「後を継ぐ人に、ご挨拶させてもらってもいいかな?」
せっかく一週間ここにいるのだ。
メディアから頼まれた件もあるし、一度くらい本人と話しておいた方がいい。
ところが、神父は困ったように笑った。
「私もそうしたいのですが……」
「何か問題でもあるの?」
そう尋ねると、神父の視線が僕の後ろへ向いた。
つられて振り返る。
礼拝堂の奥に、一人の女性がいた。
長い黒髪を背中まで伸ばした若い女性で、祭壇の前に膝をついている。
周囲の会話などまったく耳に入っていないようだった。
背筋を伸ばし、ただまっすぐ祭壇の神像を見つめている。
「彼女?」
「はい。ミシェルといいます」
神父が小声で答えた。
見たところ、今は祈りの途中らしい。
ただ、いつまで待てばいいのかも分からない。
僕はそのまま礼拝堂の奥へ歩いていった。
「ミシェルさん」
声をかける。
ミシェルはゆっくりとこちらを向いた。
一瞬だけ僕を見る。
その目は、道端に落ちているゴミでも見つけたように冷たかった。
「帰っていただけますか。参拝の邪魔ですので」




