エレナの褒賞
黒鱗の襲撃からしばらくして、屋敷の騒ぎもようやく落ち着いてきた。
捕らえた男たちは屋敷の兵たちによって一か所に集められ、怪我人の手当ても始まっている。壊された門や塀の確認に走る者もいて、完全に元通りとはいかないものの、慌ただしさは少しずつ収まりつつあった。
そんな中、エレナはセドリックの部屋へ呼ばれていた。
「失礼いたします」
扉を開けて中へ入ると、執務机の向こうにセドリックが座っていた。その横には、いつもの執事も控えている。
エレナは部屋の中央まで進み、姿勢を正した。
その顔は妙に明るかった。
「セドリック様にこうしてお呼びいただくのは初めてです。嬉しいです」
「……そうか」
「はい。当主の方から褒賞をいただくのは、騎士なら一度は憧れるものですから」
エレナは素直に嬉しそうだった。
セドリックはそんな彼女をしばらく見つめる。
今朝は一人で黒鱗の先行部隊を壊滅させ、そのまま敵陣へ突っ込み、幹部四人をまとめて倒した。
屋敷を囲んでいた賊たちまで降伏させた原因も、ほとんど彼女にある。
それだけのことをしておきながら、本人は良い働きをしたので褒められると思っているらしい。
セドリックには、どうしてそんな程度の認識でいられるのか分からなかった。
だが、その戸惑いを顔には出さなかった。
「最初は、今回の件もアルトの功績だと思っていた」
「アルト様のですか?」
「ああ。だが本人に聞いたら、自分はほとんど何もしていないと言っていてな」
セドリックは机の上で指を組んだ。
「戦ったのはお前だそうじゃないか。しかも、アルトが何か指示する前に屋敷から飛び出したと聞いた」
エレナの表情が少しだけ固まった。
それには気づかず、セドリックは続ける。
「大勢の賊に屋敷を囲まれた状況で、一人で敵陣へ向かうとはな。随分勇敢だ」
「いやあ……」
エレナは照れたように頬をかいた。
「そのあたりは、あまり覚えていないので」
「……覚えていない?」
セドリックの眉が動いた。
「どういうことだ?」
「あ」
口に出してから、エレナはようやく気づいた。
薬を飲んでいることは秘密だった。
しかも、あの状態になった原因まで話していいとはアルトから聞いていない。
「い、いえ!」
慌てて両手を振る。
「覚えていないというのは言いすぎました。もちろん、だいたいは覚えています」
「だいたい?」
「はい。少し……その、楽しくなってしまって。無我夢中だったというか」
セドリックが黙った。
エレナも黙った。
「楽しくなった?」
やがて、セドリックが驚いたように聞き返した。
「あれほど厳しい戦いを、楽しいと?」
「……」
エレナの額に汗が浮かんだ。
違う。
そう言えばよかった。
だが、戦っている最中に楽しかったというのは、完全な嘘でもなかった。
ルーナと行動するようになってから、戦いの話をしているうちに、つい自分も楽しいと言ってしまったことがある。
ここで否定すると、今度はさっきの発言がおかしくなる。
エレナは少しだけ迷ったあと、覚悟を決めた。
「はい!」
勢いよく答える。
「楽しいです! 戦闘、大好きです!」
部屋が静かになった。
セドリックはじっとエレナを見ている。
その横で、執事も何も言わない。
エレナは姿勢を正したまま、笑顔を保っていた。
「……そうか」
ようやくセドリックが口を開いた。
「真に武を志す者というのは、そういうものなのかもしれんな」
「はい!」
もはや引けなかった。
セドリックは納得したように一度頷く。
「そういえば、戦っている間、かなり大きな声を上げていたとも聞いた」
エレナの笑顔が固まった。
「奇声だった、と」
「……」
「何か理由があるのか?」
エレナは必死に考えた。
だが、薬のことを言わずに説明できる理由など思いつかない。
結局、さっきと同じ方向へ進むしかなかった。
「楽しくなると……出るんです」
「何が?」
「奇声が」
セドリックがまた黙った。
エレナは自分でも何を言っているのか分からなくなっていたが、ここまで来た以上、堂々としているしかない。
「戦っていると楽しくなってしまって、つい奇声を上げてしまいます!」
「……そうなのか」
「はい!」
力強く答える。
セドリックはしばらく考え込んでいた。
やがて、小さく息を吐く。
「分かった。少々驚いたが、とにかく今回は助かった」
その言葉に、エレナの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「お前が出てくれなければ、屋敷にもかなりの被害が出ていただろう。褒賞については父上が戻ってから正式に話すことになるが、俺からも礼を言っておく」
「はい!」
エレナは嬉しそうに頭を下げた。
「これからもアルト様の騎士として頑張ります!」
「ああ。期待している」
「失礼いたします!」
来たときよりもさらに機嫌よく、エレナは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
廊下を歩いていく足音が遠ざかるまで、セドリックは黙っていた。
やがて、横に立っている執事へ顔を向ける。
「……アルトは、とんでもない荒武者を抱えているのだな」
執事は静かに頷いた。
「そのようでございます」




