黒鱗の会合
町の南側にある古い屋敷の地下に、十人ほどの男たちが集まっていた。
窓のない広い部屋には大きな円卓が置かれ、その一番奥に一人の男が座っている。
名をヴァルド。
この町を中心に薬を売りさばいている犯罪組織、《黒鱗》の頭領だった。
黒鱗が扱っているのは、アルシア教会が流している薬とは違う。
飲めば魔力が増すところまでは似ているが、その代わりに強い中毒性があった。一度使えばまた欲しくなり、何度も飲めば薬なしではまともにいられなくなる。
それでも売れる。
強くなりたい者はいくらでもいるからだ。
そして、一度薬に手を出した者の多くは、そのうち薬を買う金にも困るようになる。盗みを働く者もいれば、黒鱗の仕事を引き受ける者もいた。
そうやって黒鱗は人を増やし、少しずつ勢力を広げてきた。
当然、同じように魔力を増やす薬を扱っているアルシア教とは昔から仲が悪い。
ヴァルドは円卓を囲む男たちを見回した。
その中でも、彼の正面に座っている四人は他とは扱いが違う。
玄武、白虎、朱雀、清龍。
本名ではない。黒鱗の中で大きな縄張りを任されている四人の幹部が使っている呼び名だった。
「ここ数日で、うちの売り場がいくつ潰された?」
ヴァルドが尋ねると、円卓の端に座っていた部下がすぐに答えた。
「確認できているだけで五か所です。捕まった連中も、ほとんど警察に引き渡されています」
「五つか」
ヴァルドは椅子の背にもたれた。
小さな売り場を一つ二つ潰される程度なら、これまでにもあった。だが今回は違う。短期間で、続けざまに狙われている。
「教会の連中が動いてやがるのは分かってる。問題は、あいつらだけじゃねえってことだ」
そう言って、ヴァルドは卓上へ一枚の紙を放った。
「領主の三男が教会と組んでる。アルト・ヴァレンだ」
四人の幹部の視線が紙へ集まる。
最初に反応したのは白虎だった。
「三男?」
「ああ」
ヴァルドは頷いた。
「そいつが女騎士を連れて、うちの連中を片っ端から捕まえてるらしい。居場所を割り出してる女もいるそうだ」
今度は玄武が低い声で尋ねた。
「領主の息子が、わざわざ俺たちの縄張りを荒らしていると?」
「そういうことだ」
ヴァルドは四人を順番に見た。
「このまま好きにやらせるわけにもいかねえ。お前らなら、どうする?」
その言葉が終わるより早く、清龍が椅子を蹴るように立ち上がった。
「何を弱気になってやがる!」
拳が円卓へ叩きつけられ、大きな音が地下室に響いた。周囲にいた部下たちが一斉に口を閉じる。
清龍はヴァルドではなく、卓上に置かれたアルトの情報を睨みつけていた。
「五つも潰されて、それで相談か? 俺たちは一度なめられたら終わりなんだぞ」
「それで?」
ヴァルドが先を促す。
「決まってるだろ。アルトとかいうガキを殺す」
清龍は吐き捨てるように言った。
「領主の息子だろうが何だろうが関係ねえ。俺たちの場所に手を出したらどうなるか教えてやればいい」
清龍が座り直すと、今度は玄武が腕を組んだまま口を開いた。
「俺もそれでいい。ここで引けば、下の連中まで騒ぎ始める。領主の息子だから手を出せないと思われる方が面倒だ」
その隣で白虎も頷く。
「俺も同感だ。一人殺せば十分だろ。次からは教会も少しは考えて動く」
三人の意見が揃ったところで、円卓の反対側から小さな笑い声が聞こえた。
朱雀だった。
椅子に深く腰掛けたまま、三人を見て口元を歪めている。
「ぬるいな」
その言葉に、清龍がすぐに顔を向けた。
「あ?」
「聞こえなかったのか。ぬるいと言ったんだ」
「何がだ」
清龍が睨みつけても、朱雀はまるで気にした様子を見せない。
「アルト一人を殺して、それで終わり?」
朱雀は卓上に置かれた紙を指先で弾いた。
「向こうから俺たちの縄張りに手を出してきたんだ。そんな程度で済ませたら、それこそなめられるだろ」
「じゃあ、どうするつもりだ」
清龍が尋ねる。
朱雀は少しだけ笑った。
「ヴァレン家を潰す」
部屋が静かになった。
それまで賛成していた玄武と白虎も、今度はすぐには何も言わない。
朱雀はそんな三人の反応を見ながら、そのまま話を続けた。
「今、ガレス・ヴァレンと当主は屋敷を留守にしている。残っている長男のセドリックには、大した戦闘能力がないそうだ」
朱雀は卓上へ身を乗り出した。
「なら簡単だ。人を集めて屋敷を襲う。火をつけて、逃げ場をなくす」
そこまで聞いたところで、清龍の表情から怒りが消えた。代わりに、口元へ笑みが浮かぶ。
「セドリックとアルトを殺すのか」
「それだけじゃない」
朱雀はゆっくりと首を振った。
「どうせやるなら徹底的にやる。屋敷ごと燃やして、ヴァレン家に関わる連中をまとめて血祭りにあげる」
物騒な内容とは裏腹に、朱雀の声は落ち着いていた。
「一度くらい、こちらがどういう連中なのか教えてやった方がいい」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、その沈黙を破ったのはヴァルドだった。
「くくっ……」
低い笑い声が漏れ、それが次第に大きくなっていく。
「お前、狂ってやがるな」
言われた朱雀は何も答えず、薄く笑っている。
ヴァルドはそんな朱雀を見て、さらに口元を吊り上げた。
「だが、面白えな」
その一言に、清龍も楽しそうに笑った。
「俺は賛成だ。どうせ殺すなら、そのくらいやった方が話が早い」
すると玄武が片手を上げて、二人を制した。
「待て。やること自体には反対しないが、屋敷を襲うなら人数がいる」
玄武はヴァルドへ目を向ける。
「領主本人たちが留守でも、兵までいないわけじゃないだろう」
「当然だ」
答えたのは朱雀だった。
「だから半端な人数では行かない。使える連中を集める。薬も出せばいい」
白虎はその話を聞きながらしばらく考え、やがて頷いた。
「それだけ集められるなら問題ないな。俺も屋敷を潰す方でいい」
四人の意見がほぼ固まったところで、ヴァルドが改めて幹部たちを見回した。
「つまり、お前ら全員行く気か?」
「俺は行く」
清龍が即座に答えた。
「ここまでなめられて黙っていられるか」
続いて玄武が頷く。
「やるなら確実に潰す。そのために俺も出る」
「俺も異論はない」
白虎も短く答えた。
最後にヴァルドの視線が朱雀へ向かう。
朱雀は椅子に座ったまま肩をすくめた。
「俺が言い出したんだ。当然行くさ」
四人全員の答えを聞き、ヴァルドは満足そうに椅子から立ち上がった。
「決まりだな」
その言葉に、それまで壁際に控えていた男たちも姿勢を正した。
「動ける奴を集めろ。武器も薬も好きなだけ出せ。今夜のうちに準備を終わらせる」
白虎がヴァルドを見る。
「今夜襲うのか?」
「いや」
ヴァルドは首を振った。
「せっかく大勢で押しかけるんだ。慌ててしくじる必要はねえ。屋敷の様子をもう一度調べろ。当主とガレスが戻らねえことも確認しておけ」
そして、卓上に置かれていたアルトの情報へ目を落とす。
「確認が取れたら、ヴァレン家を襲う」
もう反対する者はいなかった。
清龍は真っ先に立ち上がり、その後を玄武と白虎が続く。朱雀も少し遅れて席を立った。
ヴァルドが部屋にいる男たちへ向けて手を振る。
「話は終わりだ。全員、準備にかかれ」
その声を合図に、集まっていた男たちが一斉に動き出した。




