エレナとルーナ
それから数日、僕たちは町に残っていた売人を次々と捕まえていった。
ルーナが居場所を見つけ、僕とエレナが一緒についていく。最初の倉庫でやったようにエレナが水魔法でまとめて動きを止め、僕が拘束することが多かった。
もちろん、毎回きれいに終わるわけではない。
薬を飲んでいるエレナは相変わらずふらふらしていたし、突然魔力が暴走することもあった。それでも最初の頃に比べれば随分ましになっている。少なくとも、一日中ベッドから動けなくなるようなことはなくなった。
それに、毎日のように一緒に行動しているうちに、僕たちはルーナともかなり親しくなっていた。
売人を警察へ引き渡したあと、そのまま三人で酒場へ行くことも増えている。
今日もそのつもりだったのだが、最後の売人を捕まえたところで屋敷から使いが来た。急ぎ戻ってほしいとのことだったので、僕だけ先に二人と別れることになった。
エレナとルーナは予定を変えず、そのまま二人でいつもの酒場へ向かった。
◇
「すみません。あと、この料理を一つと、お酒を二杯お願いします」
注文を終えたエレナは、店員が持ってきた料理を二人の間へ並べた。
少しずれていた皿を直し、ルーナの前へ酒を置く。それから空になっていた水差しに気づくと、近くを通った店員に声をかけて新しいものを頼んだ。
向かいに座っていたルーナは、その様子をしばらく眺めていた。
「エレナさんは、本当に気が利きますね」
「そうですか?」
「はい。今もそうですし、一緒に行動しているときもです。道が分からなくなれば地図を見てくださいますし、休憩するときにはいつの間にか飲み物を買ってきてくださっています」
言われたエレナは少し恥ずかしそうに笑った。
「私はアルト様の護衛ですから。それくらいはしないと。それに、三人の中では私が一番弱いですし」
ルーナが目を瞬いた。
「……え?」
「どうしました?」
「いえ。私はてっきり、アルトさんや私よりもエレナさんの方が強いと思っていたのですが」
今度はエレナが不思議そうな顔をした。
「変な冗談はやめてください。私、弱い騎士として有名だったんですよ」
「冗談ではありません」
「本当ですよ。真面目さだけは取り柄だったのでお屋敷に雇っていただけましたけど、役立たずだと陰で言われることも多かったです」
エレナはそう言って酒を一口飲んだ。
自慢できる話ではないので少し恥ずかしそうではあったが、特に隠そうとしている様子もない。
ルーナはますます分からないという顔になった。
「ですが、私はエレナさんほどの魔力を持っている方をほとんど見たことがありませんよ」
「魔力ですか?」
「はい。この前の水魔法もそうです。あれは相手との魔力差がかなりないと、あんなふうに一方的には拘束できません。それを九人同時に使っていたではありませんか」
「ああ、それなら……」
エレナは納得したように頷いた。
「お薬がいいのかもしれません」
「お薬?」
「アルト様が教会から上級品を買ってくださったんです。あれを飲み始めてから、明らかに魔力が増えましたから」
そう言うと、エレナの表情が少し明るくなった。
「本当にアルト様には感謝しかありません。ものすごく高い薬らしいんです。一粒の値段を聞いたときは、私も飛び上がりそうになりました」
「上級品ですからね。普通に買えるものではありませんし」
「それを毎日八粒も使うんですよ」
ルーナの手が止まった。
「八粒?」
「はい」
「上級品を、一日に八粒ですか?」
思わず大きくなった声に、近くの客がこちらを見る。
エレナはますます不思議そうな顔をした。
「どうしました?」
「どうしたも何も、規定量の八倍ではありませんか!」
ルーナは身を乗り出した。
「それ、激痛ではないのですか? というより、人間が耐えられる量なのですか?」
「痛いですよ」
エレナはあっさり答えた。
「基本的には、ずっと鋸で身体を切り裂かれているような痛みがあります。それと、身体中の穴という穴から大きな玉を無理やりひねり出されているような感じもします」
ルーナの顔からさっと血の気が引いた。
「聞いているだけで痛いのですが」
「でも、だいぶ慣れました」
「慣れるものなのですか、それは」
「たぶん」
エレナは少し考えてから頷いた。
「ただ、まだ魔力暴走は起こしてしまうので、そこはアルト様にご迷惑をおかけしています。毎回抑えていただいているので」
本人は申し訳なさそうに笑っているが、ルーナの表情は戻らない。
「本当に大丈夫なのですか?」
「はい」
エレナは今度はすぐに答えた。
「私、昔からすごく我慢強いって皆さんに褒めていただけるんです。数少ない自慢の一つなんですよ」
少し嬉しそうに言うエレナを、ルーナがじっと見つめた。
やがて、その表情が変わった。
「……そういうことでしたか」
「何がですか?」
「信仰ですね」
「え?」
「エレナさんは神を強く信じていらっしゃる。だからこそ、それほどの苦痛にも耐えられるのですね」
「いえ、そこまでは……」
エレナが困ったように眉を下げた。
「私も一応アルシア教の信者ですし、礼拝には欠かさず行っていますけど、ルーナさんほど熱心ではありませんよ」
「いいえ。そんなことはありません」
ルーナはきっぱりと言った。
「私は感動しています」
「感動?」
「生まれて初めて、私より信仰の強い方に出会いました」
「そんな大げさな……」
「大げさではありません」
ルーナは席から身体を乗り出すと、テーブルの上にあったエレナの手を両手で握った。
突然のことに、エレナが目を丸くする。
「エレナさん」
「はい?」
「私たち、親友になりましょう」
「親友ですか?」
「はい。いえ、なるべきです」
あまりにも真剣な顔で言われ、エレナはしばらく返事ができなかった。
それでも、握られた自分の手とルーナの顔を交互に見るうちに、戸惑っていた表情が少しずつ緩んでいく。
「……はい」
エレナは嬉しそうに笑った。
「嬉しいです」
「では、決まりですね」
ルーナは満足そうに頷き、握ったエレナの手をなかなか離さなかった。




