売人のアジト
ルーナに案内されて大通りを外れ、細い路地をいくつか抜けた先に、その建物はあった。
町の端にある古びた倉庫で、表から見る限り人の出入りはない。窓もほとんど閉め切られており、知らなければ使われていない建物にしか見えなかった。
僕は壁際まで近づくと、少しだけ開いている窓から中を覗いた。
広い倉庫の中には、十人ほどの男がいる。机を囲んで酒を飲んでいる者もいれば、木箱の中身を確認している者もいた。壁には剣や斧が立てかけられているし、見たところ全員かなり柄が悪い。
神父から聞いていた売人で間違いなさそうだった。
「十人くらいいるね」
僕が二人のところへ戻ると、エレナが倉庫を見上げた。
「どういう作戦で行きますか?」
まだ身体の痛みは残っているらしいが、ここまで歩いてくるうちに随分動けるようにはなっている。
すると、ルーナが不思議そうに首を傾げた。
「正面突破でしょう」
そう言って右手を前へ出す。
魔力が集まり、光の中から大きな武器が姿を現した。
長い刃の周囲に細かな刃が連なっている。持ち手の近くには魔力を動力へ変えるための術式まで組み込まれていた。
見覚えがある。
「それ、ノアの発明だよね?」
「ご存じなのですか?」
「まあね」
前世でノアが作った兵器の一つだった。
刃を高速で回転させ、そのまま敵の武器や鎧ごと切断する。本人はかなり自信を持っていたが、最大の問題は重さだった。まともに振り回せる人間がほとんどおらず、兵器としては使い物にならなかったはずだ。
ただ、木を切るには便利だったので、改良されたものが林業で使われるようになった記憶がある。
それをルーナは片手で持っていた。
「では、行きますよ」
魔力を流すと、鋸の刃が勢いよく回転を始める。
低い駆動音を響かせながら回る刃を見て、僕は一応確認しておくことにした。
「ルーナ。売人は無力化して、警察に引き渡すんだよね?」
「はい」
ルーナは笑顔で頷いた。
「ですが、捕縛の途中で偶然怪我をさせてしまう程度は仕方ありません」
エレナが鋸とルーナを交互に見た。
「その武器で無力化するのは無理じゃないですか? 絶対に大怪我しますよ?」
「異端者は滅殺です」
笑顔のまま、言っていることだけが変わった。
その直後、ルーナが地面を蹴った。
「え?」
エレナが声を上げたときには、すでにルーナは倉庫の扉の前にいる。
そのまま蹴りを叩き込んだ。
大きな音とともに扉が内側へ吹き飛ぶ。
「何だ!」
中にいた男たちが一斉に立ち上がった。
「てめえら、何者――」
怒鳴りながら剣に手を伸ばした男が、途中で黙った。
壊れた扉の向こうに立つルーナが、回転する鋸を構えていたからだ。
「セラフィナ様の教えに背く異端者ども。覚悟なさい」
ルーナが倉庫へ入っていく。
「お、おい!」
「待て! 何だ、その武器!」
「こっち来るな!」
ついさっきまで威勢のよかった男たちが、一斉に逃げ始めた。
ルーナが追いかけるたびに机がひっくり返り、椅子が飛ぶ。男の一人が木箱を盾にすると、鋸がその木箱を簡単に切り裂いた。
僕の隣で、エレナがその光景を呆然と眺めていた。
「……どっちが悪者なんでしょうか」
「このままだと売人の方が危ないね。急いで無力化しよう」
「はい。でも、どうすればいいんですか?」
「前に渡した水魔法の本は読んだ?」
「読みましたけど……私には使えませんでしたよ」
「今なら使えるはずだよ」
薬を飲む前とは、身体にある魔力の量がまるで違う。今朝から何度も魔力を暴走させているくらいなのだから、以前は足りなかった魔法でも使える可能性は高い。
ちょうど、ルーナから逃げてきた男が一人、こちらへ向かってくる。
「あの人の周りに水の塊を作って。頭まで包んで、息ができないようにすれば動けなくなるから」
「分かりました」
エレナはすぐに両手を前へ出した。
一瞬だけ目を閉じ、魔力を集中させる。
次の瞬間、何もなかった空間に大量の水が生まれた。
「なっ――」
逃げてきた男の身体を、水の塊が一気に包み込む。
男は慌てて手足を動かしたが、水の中ではうまく動けない。声を出そうとしても泡が漏れるだけで、しばらくすると抵抗も弱くなった。
「できました!」
エレナが目を大きく見開いた。
自分の手を見て、それから水に捕らえられた男を見る。
「アルト様、できました! 私、ちゃんとした魔法を使えたの初めてです!」
「うん。ちゃんとできてるよ」
僕も予想していたとはいえ、ここまできれいに発動するとは思わなかった。
エレナは嬉しそうに水の塊を見ている。
すると倉庫の奥から、ルーナの声が飛んできた。
「まずいです! 早く攻撃しないと全員無力化されてしまいます!」
ルーナが慌てて別の男を追いかけている。
エレナの表情から喜びが消えた。
「本性を現しましたね、あの人」
「一人ずつだとルーナの被害者が出そうだね。残り全員まとめてやろう」
「全員ですか?」
エレナが振り返った。
まだ九人いる。
「うん。早く」
「そんな簡単に……」
言いながらも、エレナは再び両手を構えた。
今度はさっきより長く魔力を集中させる。
倉庫の中へ散っていった男たちを見回し、大きく息を吸った。
「いきます!」
放たれた魔力が一気に広がった。
男たちの周囲に、次々と水が生まれる。
「なんだ、これ!」
「息が――」
「助け――」
ほとんど同時に九つの水塊ができあがった。
逃げようとしていた男も、剣を構えていた男も、その場から一歩も動けなくなる。
「おお」
思っていた以上だった。
魔力が増えたとはいえ、一度に九人を捕らえるとなれば相当な量を使う。それでも魔法は崩れず、全員をきちんと包み込んでいた。
ルーナは鋸を構えたまま立ち止まり、周囲を見回した。
もう動ける売人はいない。
「……やりますね」
あからさまにつまらなそうだった。
「では、そろそろ解除してあげて」
「はい」
エレナが魔力を止めると、倉庫を満たしていた水が一斉に床へ落ちた。
解放された男たちは激しく咳き込みながら、その場へ倒れ込む。立ち上がろうとする者もいたが、まともに身体へ力が入らないらしい。
僕は全員に拘束魔法をかけていった。
両手と両足を魔力の縄で縛り、念のため武器も遠ざける。
これなら警察が来るまで逃げられることはないだろう。
「これで終わりだね」
僕はエレナの方を振り返った。
返事がない。
「エレナ?」
「……はい」
顔色がかなり悪かった。
「大丈夫?」
「気持ち悪いです……」
言い終わるより先に、エレナの身体から力が抜けた。
慌てて受け止める。
今朝よりは自分で立てていたとはいえ、九人分の魔法を一気に使ったのだから無理もない。身体の中に残っていた魔力も、ほとんど使い切ったはずだ。
「よし。今日のノルマは完了だね」
「これで……完了なんですか……」
「うん」
エレナを抱きかかえたまま答える。
こういう状況を作らないと、自分の意思だけで魔力を完全に使い切るのは意外と難しい。その点では、次々に売人の居場所を見つけてくれるルーナが一緒なのはかなり助かる。
そのルーナは、倒れている男たちの前でまだ鋸を持っていた。
「ルーナ。もう捕まってるから、それ止めてね」
「分かっています」
返事をしながらも、回転する刃はなかなか止まらなかった。




