売人の取り締まり
しばらくすると、エレナの呼吸もようやく落ち着いてきた。
ベッドの上で身体を起こすことはできないようだが、さっきまでのように歯を食いしばって痛みに耐えている様子ではない。僕が差し出した紅茶を両手で持ち、少しずつ口に運んでいる。
「どう?」
「まだ身体中が痛いです。でも、さっきよりはずっと楽になりました」
「それならよかった」
カップが空になるのを待って受け取り、テーブルへ戻す。エレナは動こうとして少し顔をしかめると、そのまま諦めて枕へ身体を預けた。
「ちょっと待ってて」
「何をするんですか?」
「マッサージ」
「……マッサージですか?」
不思議そうな顔をされたが、僕はベッドの端へ座り、横になったままのエレナの腕を取った。魔力を一気に使ったあとは身体のあちこちが妙に強張る。張っているところを順番にほぐしていくと、最初は緊張していたエレナの腕から少しずつ力が抜けていった。
「どうかな?」
「すごく気持ちいいです」
「よかった」
昔はリゼットにもよくやっていた。
あいつも魔力を暴走させたあとには身体がまともに動かなくなっていたので、こうしてほぐしてやると随分楽になるらしかった。
一度など、寝台に転がったまま満足そうな顔で、
『これがあるから魔力暴走はやめられないわ』
と言っていたことがある。
迷惑な奴だった。
思い出しながら肩や腕を順番にほぐしていくと、エレナの表情からもかなり力が抜けてきた。先ほどまでは触れられるだけでも痛そうだったが、今では目を閉じて大人しくしている。
「この薬って、こんなに大変なものなんですね」
「大変?」
「はい。急に魔力が暴走したり、あんなに痛くなったり……。もう少し普通に魔力が増えるものだと思っていました」
「まあ、個人差はあるからね」
規定量を遥かに超えて飲めば、そうなることもあるだろう。
ただ、それを今わざわざ言う必要はない気がした。
「エレナはそういうタイプなのかも」
「そういうものなんですか?」
「たぶん」
エレナは少し納得していないようだったが、今はそれ以上考える余裕もないらしく、そのまま目を閉じた。
しばらく続けてから手を離す。
「これならどう?」
エレナはゆっくり身体を起こした。まだ動きはぎこちないが、先ほどまでとはかなり違う。ベッドの端に座り、足を床へ下ろすところまではできた。
「歩ける?」
「ちょっときついですけど……なんとか」
「よかった」
僕は立ち上がると、エレナへ右手を差し出した。
エレナが僕の手と顔を交互に見る。
「えっ」
「念のためだよ。途中で倒れたら困るでしょう」
「あ、はい」
少し迷ってから、エレナは僕の手を取った。
さっきまで暴れ回っていたとは思えないくらい大人しく立ち上がる。頬が少し赤い気もしたが、まだ身体が熱を持っているのだろう。
僕がそのまま歩き出すと、エレナも手をつないだまま隣についてきた。
「アルト様」
「なに?」
「どこへ行くんですか?」
「取り締まり」
エレナが足を止めた。
「……取り締まり?」
「うん」
僕も立ち止まって振り返る。
「教会に無断で、あの薬を売ってる人たちがいるらしいんだ。だから売人を見つけて、片っ端から捕まえる」
「今からですか?」
「今から」
エレナは自分の身体を見下ろした。歩けるようにはなったものの、どう見ても万全ではない。
「私、さっきまで動けなかったんですが」
「だから手をつないでるんだよ」
「そういう問題でしょうか……」
困った顔をしながらも、エレナは手を離さなかった。
少し歩いたところで、今度は別のことが気になったらしい。
「でも、それって正義なんでしょうか?」
「さあ」
「さあ、ですか?」
「教会は国では禁止されてる薬を売ってるし、その人たちは教会に無断で同じ薬を売ってるみたいだからね。どっちが正しいのかは僕にもよく分からない」
エレナはますます複雑そうな顔になった。
「それなら、どうして取り締まるんです?」
「魔力を使うのにちょうどいいから」
「……はい?」
「訓練だけで今日増えた分を全部使うのは大変でしょう。相手がいるなら、その方が早いよ」
エレナはしばらく黙っていた。
やがて僕とつながったままの右手を見て、それから深く息を吐く。
「せめて、そういう話は先にしてください」
「今したよ?」
「薬を飲む前にです」
エレナはまだ少しふらつきながらも、自分から歩き始めた。
「行くんでしょう?」
「うん」
「では行きます。護衛ですから」
そう言って僕の半歩前まで出たところで足元が揺れ、慌てて僕の腕につかまった。
「……やっぱり、もう少しゆっくり歩いてください」
「もちろん」
今度は歩調を合わせ、二人で部屋を出た。




