エレナの魔力暴走
翌朝、僕は隣から聞こえた妙な声で目を覚ました。
「う、うう……あああああっ!」
何事かと思って目を開けた直後、ベッドが大きく揺れた。
エレナが身体を起こし、そのまま勢いよく腕を振り回そうとしている。目は開いているが、僕を見ている様子はない。昨日までとは比べものにならないほど強い魔力が全身から漏れ出していた。
「エレナ」
呼びかけても返事はなかった。
エレナがベッドから飛び出そうとしたので、僕は身体を起こし、その腕を掴んで押さえ込む。かなり力が強くなっていたが、それでもまだ僕の方が上だった。
「うああっ!」
「危ないよ」
無理やり腕を振りほどこうとするエレナを、そのままベッドへ押し戻す。
一緒に寝て正解だった。
これが別の部屋だったら、異変に気づいた頃には何か壊れていたかもしれない。少なくとも、今のところベッドも机も無事だった。
それに、昨日の薬で魔力が増えているとはいえ、まだ僕でも十分に抑えられる。
「ほら、エレナ。冷静になって。深呼吸だよ」
「ううっ……!」
「ゆっくりでいいから」
声をかけながら腕を押さえていると、今度はエレナの周囲に魔力が集まった。
まずいと思った瞬間、僕の顔の横を炎が走る。
片手で魔力をぶつけて逸らすと、炎は壁へ届く前に消えた。
続いて小さな風の塊が飛んできたので、それも受け止める。エレナは自分が何をしているのか分かっていないらしく、拘束から逃れようとするたびに魔力まで周囲へ漏れ出していた。
「エレナ。大丈夫だよ。落ち着いて」
できるだけ普段と変わらない声で呼びかける。
けれど、エレナは僕の声が聞こえていないようだった。
「うあああっ!」
また炎が生まれたので消す。
今度は足元で風が弾けた。ベッドが軋んだため、そちらも慌てて抑える。
さて、どうしたものか。
このまま力ずくで押さえていれば、そのうち治まるのかもしれない。ただ、いつまで続くのか分からないし、エレナもかなり苦しそうだった。
そこで、昔にも似たようなことがあったのを思い出した。
リゼットだ。
あの赤髪の魔女も、若い頃はよく魔力を暴走させていた。
本人の魔力があまりにも大きすぎて、感情が乱れただけで周囲が燃えることがあった。そのたびに抑え込むのは、なぜか僕の役目だった。
今思えば、ずいぶん危ないことをしていた気がする。火傷をしたことも一度や二度ではないし、吹き飛ばされて腕を痛めたこともあった。
それでも、最後はいつも同じように落ち着いていた。
試してみるか。
僕はエレナを押さえていた腕から、少しずつ力を抜いた。
途端にエレナが身体を起こす。
「エレナ」
目の前で炎が膨らんだ。
今までなら消していたが、今度は何もしなかった。
炎がまともに胸へぶつかる。
熱と衝撃に身体が押された。寝間着の胸元が焦げ、肌にも鋭い熱が走ったが、それほど強い魔法ではない。
「アルト……様……」
エレナの目が、わずかに僕へ向いた。
僕はそのまま動かなかった。
「大丈夫だよ。僕はここにいるから」
まだエレナの周囲では魔力が揺れている。
「安心して」
エレナが僕の顔を見た。
それから自分の手を見て、もう一度、僕の焦げた寝間着へ視線を戻す。
身体から漏れていた魔力が急に弱まった。
「……私、何を」
声もいつものものに戻っていた。
僕はしばらく様子を見てから、周囲を確認した。
壁は無事。机も椅子も無事。窓も割れていない。少しベッドが軋んだ気はするが、これくらいなら問題ないだろう。
「よし! 部屋は守った」
「え?」
エレナは呆然とした顔で僕を見る。
「何も壊れてないよ」
「そんなことより、大丈夫ですか?」
エレナが慌てて僕の胸元を見る。
「炎魔法、まともに受けましたよね?」
「うん。でも大丈夫。大した威力じゃなかったから」
焦げた服を少し引っ張ってみる。皮膚は赤くなっているが、ひどい火傷にはなっていなかった。
エレナはそれを確かめると、はっきりと息を吐いた。
「よかったです……」
ようやく肩から力が抜ける。
しかし、安心したのも束の間だった。
「っ……!」
エレナが突然顔をしかめた。
「どうしたの?」
「痛っ……いた、痛いです!」
身体を丸めるようにして、そのままベッドへ倒れ込む。
今度は魔力の暴走ではないらしい。全身を押さえながら、エレナは苦しそうに身をよじった。
「痛い、痛いです、アルト様……!」
「ああ、そっちも来たんだ」
「そっちもって何ですか……!」
昨日読んだ説明書にも書いてあった。身体の魔力が急激に増えるため、量によっては痛みが出る。
八粒なら、やはり何も起きないということはなかったらしい。
「痛み止めの紅茶を入れるから、ちょっと待っててね」
「早くしてください……!」
「うん」
暴走は止まったし、部屋も無事だった。薬もしっかり効いている。
僕はベッドの上で丸くなっているエレナを残し、上機嫌で紅茶を入れるために起き上がった。




