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12/15

同じベット

その日の夜、僕の部屋の前まで来たエレナは、扉の中を覗いたまま動かなくなった。


肩には着替えの入った鞄を提げている。明日からではなく今夜からこちらで寝ることになったので、夕食を済ませたあと、自分の部屋から必要なものを持ってきたらしい。


「どうしたの?」


声をかけると、エレナは部屋の中と僕の顔を交互に見た。


「……ここ、アルト様のお部屋ですよね?」


「うん」


「私が寝る部屋は?」


「ここだよ」


エレナの顔から、少しずつ表情が消えていった。


昼間、一緒に暮らそうと言ったときにも随分と警戒されたが、どうやら僕が同じ部屋を使うところまで説明していなかったのがまずかったらしい。


「もしかして、私もここで寝るんですか?」


「そうだよ」


「本当に、私を妾にするつもりではないんですよね?」


「ないよ」


すぐに答えたが、エレナはまだ扉の前から動かなかった。


しばらく考えたあと、鞄を持ち直す。


「アルト様がそういうことをする方ではないとは思っています。でも、せめて別の部屋にしませんか? 空いている物置でも構いませんから」


「それは駄目」


「どうしてですか?」


「近くにいないと、何かあったときに分からないから」


薬を八粒も飲ませる以上、そこは譲れなかった。


説明書には量によって痛みが出ると書いてあったし、致死量には届かないとはいえ、エレナが一度に八粒飲むのは初めてだ。少なくとも今夜くらいは、すぐ気づけるところにいた方がいい。


「それに、メイドたちには暗殺対策って説明しておいたよ」


「暗殺?」


エレナが怪訝そうに眉を寄せる。


「私がアルト様のお部屋で寝ることを、ですか?」


「うん。直属の護衛なら近くにいた方が安全でしょう」


「……メイドさんたち、本当に信じていました?」


「まあ」


僕が笑うと、エレナはがっくりと肩を落とした。


「絶対に信じてないじゃないですか。ここへ来る途中、皆さんに妙に生暖かい目で見られたんですよ」


そういえば、夕方に話したときも何人かは微妙な顔をしていた気がする。


ただ、部屋に置く理由そのものは嘘ではない。


「大丈夫。本当に何もしないから」


「本当ですよね?」


「うん」


エレナはまだ少し疑わしそうだったが、やがて諦めたらしく部屋に入ってきた。鞄を壁際へ置いてから、改めて室内を見回している。


「夕食は食べてきた?」


「はい。済ませてきました」


「じゃあ、薬を飲んでおこうか」


机の上には、昼間に教会から持ち帰った薬が置いてある。


僕は袋を開け、そこから八粒を取り出した。


一粒ずつ並べてみると、それなりの量に見える。説明書では最初は一粒から試すように書いてあったが、エレナなら八粒くらいでちょうどいいだろう。


「八粒ですね」


エレナが確認するように言った。


「うん」


昨日までは違法な薬を買うこと自体に迷っていたはずなのに、飲むと決めてしまえば妙に素直だった。


僕は薬を机に残し、湯を用意する。


「紅茶と一緒でも問題ないみたいだから、淹れるよ」


「ありがとうございます」


寝る前なので、普段この時間に飲んでいる茶葉を選んだ。湯を注ぐと、しばらくして柔らかい香りが部屋に広がる。


カップを渡すと、エレナは両手で受け取った。


一口飲んでから、少し表情を緩める。


「いい香りですね」


「そう? これ、結構気に入ってるんだ。寝る前にもいいかなと思って」


「お茶にもこだわりがあるんですね」


「毎日飲むものだからね」


エレナはもう一口飲み、それから机に置かれた薬へ手を伸ばした。


八粒を何度かに分けて紅茶で流し込んでいく。


全部飲み終わっても、今のところ変わった様子はなかった。


「どう?」


「特には何も」


「じゃあ、寝ようか」


「はい」


エレナは素直に返事をして、壁際へ置いた鞄のところへ向かった。


僕もベッドへ向かう。


そこで、エレナの動きが止まった。


ゆっくりと部屋を見回し、最後にベッドへ視線を戻す。


「……あの、アルト様」


「なに?」


「ベッドが一つしかないんですが」


「うん」


「私の寝具は?」


「ないよ」


エレナがじっと僕を見た。


「まさかとは思いますけど、一緒に寝るつもりですか?」


「そうだよ」


「嫌です」


即答された。


「駄目」


「どうしてですか!」


「さっき言ったでしょう。何かあったら困るから」


「同じ部屋にいれば十分じゃないですか!」


「寝てたら分からないかもしれないよ」


エレナは何か言い返そうとして、口を閉じた。


薬を飲んだ直後ということもあって、その理由自体には納得できるらしい。


それでも同じベッドで寝るのは嫌なのだろう。ベッドと僕を何度も見比べている。


「僕を信じてよ。必要なことだから」


「……」


エレナは黙ったまま僕を見つめた。


さっきまでならすぐに嫌だと言っていたのに、今度は随分長く考えている。


やがて、小さく息を吐いた。


「分かりました」


「よかった。信用してくれたんだね」


「はい」


それからエレナは少し迷い、付け加えた。


「それに、まあ……裏切られたら、そのときは仕方ないかなと思いまして」


「うん?」


何の話だろう。


僕が首を傾げると、エレナはしばらくこちらを見ていたが、結局何も言わなかった。


「いえ。何でもありません」


寝る支度を済ませて灯りを落とす。


ベッドは一人で使うには十分な広さがあるが、二人並ぶとさすがに近い。


エレナは壁際に寄り、僕との間を少しでも空けるように横になった。身体が妙に固く、暗くなってからもなかなか動かない。


「狭くない?」


「大丈夫です」


「そう」


僕も隣に横になる。


あとは夜中にエレナの具合が悪くなったとき、起きられればいい。


そう考えて目を閉じた。


しばらくして、エレナがそっと僕の方を見た。


隣からは規則正しい寝息が聞こえている。


少し前まで張りつめていた肩から、ゆっくりと力が抜けた。


「……本当に何もないんだ」


小さく呟いてから、エレナは暗闇の中で僕の寝顔を見た。


「変な人」


今度はさっきよりも小さな声でそう言い、ようやく目を閉じた。


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