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スナップ360  作者: 丸鶴
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提灯

 学会のプログラムをスマートフォンで開き、かおるは小さく息をついた。

 午後は興味のある発表が続く。

 それなのに九份へ行く。

「いいんですか、本当に。」

「録画はしてあるから。」

 中村は眼鏡を指で押し上げる。

「あと、九份は今日しか撮れない。」

 撮る。

 その一言が中村先輩らしかった。

 駅を降りると、先輩はもう眼鏡の録画ランプを確かめ、胸元の小型カメラを軽く叩き、スマートフォンをジンバルへ載せていた。

「GoProも回しておくか。」

 独り言のように呟く。

 誰に見せるでもない、いつもの準備。

 かおるはその横で、手持ち無沙汰にバッグの肩紐を握った。

 石段を上る。

 先輩は景色を撮り、人波を撮り、猫を撮り、雨に濡れた提灯を撮る。

 ときどき。

「岡田ちゃん、そのまま。」

 と言う。

 振り返る。

 カシャ。

「ありがとう。」

 また歩く。

 自分が撮られたのか、背景を撮られたのか分からない。

 少しだけ肩を落とした。

 ランタン広場は人でいっぱいだった。

 赤、黄、青。

 色紙が夕暮れに揺れている。

「ここ、むっちゃ映える。」

 中村が言う。

 かおるの胸が少しだけ跳ねた。

「岡田ちゃん、かわいいから助かる。」

「……え?」

「人物いるとスケール分かるし。」

 そのままカメラを構える。

「そこ。」

 カシャ。

「いい。」

 カシャ。

「その笑顔。」

 カシャ。

 褒められている。

 撮られている。

 見られている。

 そう思うたび、頬が熱くなった。

 願い事を書く。

 筆先が震える。

 何を書いたかは、先輩には見せなかった。

「秘密?」

「……はい。」

「了解。」

 本当に、それで終わりだった。

 少しくらい気にしてくれてもいいのに。

 そう思った途端、そんな自分が子どもっぽく思えて苦笑する。

 係員からランタンを受け取る。

 紙越しに炎の熱が伝わる。

「岡田ちゃん、そのまま。」

 またシャッター音。

 炎越しにレンズがこちらを向く。

 もう何枚撮られたのか分からない。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

「いいね。」

 中村は液晶を一度だけ見て頷く。

「今日、一番。」

 その一言だけで胸がいっぱいになる。

 合図と同時に手を放す。

 ランタンはゆっくり空へ昇っていった。

「わあ……。」

 夜空いっぱいに灯が浮かぶ。

 その光よりも。

 隣で夢中になってシャッターを切る横顔の方が、ずっと眩しく見えた。

「岡田ちゃん。」

「はい。」

「ちょっとこっち。」

 言われるまま立つ。

 ランタンを見上げる。

 またシャッター音。

 レンズの向こうにいるのは、自分。

 きっと今も見てくれている。

 そんな気がして、思わず笑った。

 帰りの電車で、中村から写真が送られてきた。

 開く。

「……え。」

 そこにいたのは、自分だった。

 ランタンの灯を映した瞳。

 柔らかく笑う横顔。

 風に揺れる髪まで、映画の一場面みたいにきれいだった。

 指で一枚ずつ送る。

 どれもかわいい。

 どれも、自分じゃないみたいだった。

『私って、こんなふうに写るんですね。』

 送ると、すぐ返事が来た。

『AI選別。』

 その一言だけ。

 思わず吹き出す。

「もう。」

 画面を胸へ抱く。

 AIでも。

 カメラでも。

 理由なんて、どうでもよかった。

 今日一日、あんなにたくさんレンズを向けられたのは、自分だけだった。

 窓ガラスに映る頬は、ランタンの灯を残したみたいに、まだ少し赤かった。


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