表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スナップ360  作者: 丸鶴
PR
11/17

短冊

 三百年ぶりに封印が解けた。

 墓の中で眠っていたキョンシー、鈴鈴はゆっくりと目を開く。

 額に貼られていたお札は、長い年月と雨風でぼろぼろになっていた。

「やっと……」

 鈴鈴は土を押しのけて地上へ這い出る。

 目の前には七夕祭りの灯りが広がっていた。

 色とりどりの提灯。

 浴衣姿の人々。

 そして――。

「あ」

 鈴鈴は思わず息を呑んだ。

 人混みの向こうを歩く青年。

 すらりとした体格。

 整った顔立ち。

 夜店の灯りに照らされた横顔がやけに眩しい。

「いた……」

 鈴鈴は胸を押さえる。

「私の彼氏」

 もちろん初対面である。

 だがそんなことはどうでもよかった。

 ぴょん。

 ぴょん。

 ぴょん。

 人混みを飛び越えながら追いかける。

 青年もこちらに気付いた。

 一瞬驚いたような顔をしたあと、懐から紙を取り出す。

「ごめんね」

 ぺたり。

 額に紙が貼られた。

 鈴鈴はその場で固まった。

 青年は人混みの中へ消えていく。

 見失った。

 鈴鈴は絶望した。

 復活して十分も経っていないのに。

 初恋が終わった。

 そんな気分だった。

 しばらくして、一人の青年が通りかかった。

 丸眼鏡。

 肩掛け鞄。

 いかにも研究者然とした風貌。

「あれ?」

 紙を見て首を傾げる。

「それ七夕の短冊じゃない?」

 鈴鈴は目だけ動かした。

 青年は紙を読み上げる。


『좋은 인연을 만나게 해 주세요.』


「うん、短冊だね」

「どう見ても短冊だね」

 鈴鈴は固まっていたのではなかった。

 勝手に固まったつもりになっていただけだった。

 恥ずかしさで。

 顔が熱い。

 いや、キョンシーなので実際は冷たいのだが。

「ありがとう!」

 鈴鈴は勢いよく跳ね上がった。

「彼氏を追いかける!」

 しかし青年の目が輝いた。

「待って」

「君、本物?」

 懐からお札を取り出す。

 ぺたり。

 今度こそ本当に動けなくなった。

「――!」

「本物だあああ!」

 青年は歓喜した。

「本物のキョンシーだ!」

「すごい!」

「生で見るの初めて!」

 鈴鈴は涙目になった。

 青年は名乗る。

 張文遠。

 道士見習い。

 そして重度のキョンシーオタクだった。

 鈴鈴は額のお札を見る。

 一文字だけ簡体字になっている。

 術式が甘い。

 効力も不完全らしい。

「おい」

 文遠が顔を寄せる。

「なに?」

「お前には危害を加えない」

「だから外せ」

「代わりに願い事を一つ叶えてやる」

 文遠は腕を組んだ。

 真剣に悩む。

 一分ほど悩む。

 そして結論を出した。

「じゃあ」

「月光美少女戦士になって」

「は?」

 数十分後。

 鈴鈴は着替えさせられていた。

 背中には文遠特製のお札。

 貼られるたびに身体が勝手に動く。

「月の名において――」

 右腕が伸びる。

「やめろ!」

「お仕置きです――」

 左腕が上がる。

「やめろぉ!」

 ぱしゃ。

 ぱしゃ。

 ぱしゃ。

 文遠は夢中で写真を撮る。

「君、本当にかわいいなあ」

「家宝にするからね」

「燃やすぞ」

 鈴鈴は本気でそう思った。

 だが約束は約束だった。

 最後に文遠はスマホを見せる。

「さっきの彼なら駅前だよ」

「東口」

 鈴鈴の目が輝いた。

「恩に着る!」

 ぴょん。

 ぴょん。

 ぴょん。

 駅前で青年を見つけた。

 逃がさない。

 壁際まで追い詰める。

 鈴鈴は勝ち誇った。

「観念せよ!」

「もう騙されんぞ!」

 青年は少し笑った。

 そして懐から紙を取り出す。

 鈴鈴も笑う。

「そのお札は偽物!」

「七夕の短冊だということは見抜いておるわ!」

 青年は肩をすくめた。

「ふふっ」

「これは本物」

「あの後、手に入れたからね」

 ぺたり。

 鈴鈴は停止した。

 完全停止だった。

 夜更け。

 青年は鈴鈴を抱えて墓まで運ぶ。

 棺へ寝かせる。

 月明かりが静かに差し込んでいた。

「おやすみ」

 青年は微笑む。

「可愛いキョンシーちゃん」

 そして頬へ軽くキスをした。

 鈴鈴の目がわずかに見開く。

 だが動けない。

 追いかけることも。

 抱きつくことも。

 文句を言うことも。

 できない。

 それでも。

 胸の奥が少しだけ温かかった。

「……」

 長い吐息が漏れる。

 まあ。

 今日はこれでいいか。

 そんな気分だった。


 翌朝。

 墓石の前には新しい短冊が結ばれていた。


『愿我们还能再见』


 風に揺れる短冊を残し、

 恋するキョンシー鈴鈴は幸せそうに眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ