短冊
三百年ぶりに封印が解けた。
墓の中で眠っていたキョンシー、鈴鈴はゆっくりと目を開く。
額に貼られていたお札は、長い年月と雨風でぼろぼろになっていた。
「やっと……」
鈴鈴は土を押しのけて地上へ這い出る。
目の前には七夕祭りの灯りが広がっていた。
色とりどりの提灯。
浴衣姿の人々。
そして――。
「あ」
鈴鈴は思わず息を呑んだ。
人混みの向こうを歩く青年。
すらりとした体格。
整った顔立ち。
夜店の灯りに照らされた横顔がやけに眩しい。
「いた……」
鈴鈴は胸を押さえる。
「私の彼氏」
もちろん初対面である。
だがそんなことはどうでもよかった。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
人混みを飛び越えながら追いかける。
青年もこちらに気付いた。
一瞬驚いたような顔をしたあと、懐から紙を取り出す。
「ごめんね」
ぺたり。
額に紙が貼られた。
鈴鈴はその場で固まった。
青年は人混みの中へ消えていく。
見失った。
鈴鈴は絶望した。
復活して十分も経っていないのに。
初恋が終わった。
そんな気分だった。
しばらくして、一人の青年が通りかかった。
丸眼鏡。
肩掛け鞄。
いかにも研究者然とした風貌。
「あれ?」
紙を見て首を傾げる。
「それ七夕の短冊じゃない?」
鈴鈴は目だけ動かした。
青年は紙を読み上げる。
『좋은 인연을 만나게 해 주세요.』
「うん、短冊だね」
「どう見ても短冊だね」
鈴鈴は固まっていたのではなかった。
勝手に固まったつもりになっていただけだった。
恥ずかしさで。
顔が熱い。
いや、キョンシーなので実際は冷たいのだが。
「ありがとう!」
鈴鈴は勢いよく跳ね上がった。
「彼氏を追いかける!」
しかし青年の目が輝いた。
「待って」
「君、本物?」
懐からお札を取り出す。
ぺたり。
今度こそ本当に動けなくなった。
「――!」
「本物だあああ!」
青年は歓喜した。
「本物のキョンシーだ!」
「すごい!」
「生で見るの初めて!」
鈴鈴は涙目になった。
青年は名乗る。
張文遠。
道士見習い。
そして重度のキョンシーオタクだった。
鈴鈴は額のお札を見る。
一文字だけ簡体字になっている。
術式が甘い。
効力も不完全らしい。
「おい」
文遠が顔を寄せる。
「なに?」
「お前には危害を加えない」
「だから外せ」
「代わりに願い事を一つ叶えてやる」
文遠は腕を組んだ。
真剣に悩む。
一分ほど悩む。
そして結論を出した。
「じゃあ」
「月光美少女戦士になって」
「は?」
数十分後。
鈴鈴は着替えさせられていた。
背中には文遠特製のお札。
貼られるたびに身体が勝手に動く。
「月の名において――」
右腕が伸びる。
「やめろ!」
「お仕置きです――」
左腕が上がる。
「やめろぉ!」
ぱしゃ。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
文遠は夢中で写真を撮る。
「君、本当にかわいいなあ」
「家宝にするからね」
「燃やすぞ」
鈴鈴は本気でそう思った。
だが約束は約束だった。
最後に文遠はスマホを見せる。
「さっきの彼なら駅前だよ」
「東口」
鈴鈴の目が輝いた。
「恩に着る!」
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
駅前で青年を見つけた。
逃がさない。
壁際まで追い詰める。
鈴鈴は勝ち誇った。
「観念せよ!」
「もう騙されんぞ!」
青年は少し笑った。
そして懐から紙を取り出す。
鈴鈴も笑う。
「そのお札は偽物!」
「七夕の短冊だということは見抜いておるわ!」
青年は肩をすくめた。
「ふふっ」
「これは本物」
「あの後、手に入れたからね」
ぺたり。
鈴鈴は停止した。
完全停止だった。
夜更け。
青年は鈴鈴を抱えて墓まで運ぶ。
棺へ寝かせる。
月明かりが静かに差し込んでいた。
「おやすみ」
青年は微笑む。
「可愛いキョンシーちゃん」
そして頬へ軽くキスをした。
鈴鈴の目がわずかに見開く。
だが動けない。
追いかけることも。
抱きつくことも。
文句を言うことも。
できない。
それでも。
胸の奥が少しだけ温かかった。
「……」
長い吐息が漏れる。
まあ。
今日はこれでいいか。
そんな気分だった。
翌朝。
墓石の前には新しい短冊が結ばれていた。
『愿我们还能再见』
風に揺れる短冊を残し、
恋するキョンシー鈴鈴は幸せそうに眠っていた。




