花火師の娘〈五〉
抜け殻になっているうちに父の葬儀は終わった。
周りの大人たちがすべて進めてくれたのだ。恒は何もせず、ただ近所の八百屋で厄介になっているだけだった。
なんにもしなかった。本当に、ただ畳を眺めて時を過ごしただけだった。
父の葬儀が終わった後、伯父が恒のもとへやってきた。この時、伯父は見知らぬ人を連れていた。
父と同じくらいの年頃だが、身綺麗な男だ。すっきりとした風貌で若い頃は男ぶりがよかったのだろうと思わせる。しかし、知らない顔だとぼんやり思った。
その男は、こちらに憐れむような目を向けている。
「お恒、こちらは深川に店を構える〈仲屋〉さんだ」
伯父は恒を気遣う素振りも見せず、出し抜けにそう言った。
別段驚きはしないけれど、父へ悔やみのひとつくらいはあってほしかった。
「お前を引き取ってくださるそうだ。うちは――とてもそんなゆとりはない」
祖母はこの訃報を聞いてどうしているのだろう。恒を案じてくれているはずだが、とても伯父夫婦に意見などできないのはわかっている。
自分には行き場がない。そんな娘を、この仲屋は拾ってくれると言うのか。
疑心暗鬼になっていると、仲屋はしゃがみ込んで柔らかな声音を出した。
「おとっつぁんのことは残念だったね。あたしも若い頃は勝造さんと腕を競い合ったんだよ」
悲しみで生気の抜けた体に、僅かながらに活力が蘇った。やっと声らしきものが出る。
「な、仲屋さんは花火屋なんですか?」
「ああ、そうだよ。こんなことにはなったけれど、お恒ちゃんにとって花火は慣れ親しんだものだろう」
花火。
それが父を奪った。
そして、自分と父とを繋ぐ唯一のものでもある。
父の声、父の指使い、眼差し、すべてがそこに繋がる。
そして――。
「お恒ちゃん、俺も仲屋さんにご厄介になることになったんだよ」
勇吉が恒の横に屈み込み、泣き笑いのような顔を向けながら言った。
誰も知らないところにいるよりは頼りになる勇吉が一緒だと聞いて本当に嬉しかった。伯父たちと暮らすよりもきっとその方がいい。
家が焼けたせいで少しの手荷物しかなかったが、あのまま家にいて体ごと焼かれるよりはずっとよかったのだろう。
体が無事ならこれからもまだ生きていけるのだから。
「これからお世話になります」
涙を拭いて頭を下げると、仲屋吉兵衛はゆっくりとうなずいた。
❖
仲屋は深川にある。
両国橋には花火を見に行っても、深川まで足を延ばしたことがなかった。
戸惑いは多かったけれど、迎え入れてくれた仲屋の内儀がとても綺麗な人で思わず見惚れた。
四十路目前だと思われるが、とても色が白い。
「よく来てくれたね。つらかっただろう? でも、今日からここがお恒ちゃんの家だからね」
そんな優しい言葉をくれた。
そして、この仲屋には国吉という一人息子がいた。
「国吉、お恒ちゃんが着いたよ」
内儀が中へ呼びかける。出てきた国吉は、恒よりも三つほど年嵩だった。
母親に似た整った顔立ちをしていたが、こちらを見るなり表情を険しくした。
「ああ」
それだけ言って奥へ引っ込む。これには吉兵衛が慌てていた。
「愛想のない子ですまないね。打ち解けるのにしばらくかかるかもしれないが、許してやっておくれ」
「いえ、お世話になるのはこちらですから」
「お恒ちゃんは大人だねぇ」
と、吉兵衛に褒められたが、寄る辺のない子供が不満など言えたものではない。
それでも部屋が与えられ、女中が世話を焼いてくれたことに驚いた。むしろこちらが女中のようなことをするのだと思っていたのだ。
それを尋ねてみたところ、吉兵衛は優しく笑った。
「お恒ちゃんは勝造さんの忘れ形見だから、いずれうちの国吉の嫁にと考えているんだよ。女中になんてしないよ」
「あ、あたしが?」
仲屋は、父の辰屋よりもずっと大きい。内儀など務まるだろうか。
それでも、自分を助けてくれた吉兵衛たちに恩返しをしたいと思った。
「お恒ちゃんっ」
恒から遅れること二日、勇吉が仲屋の暖簾を潜った。
慣れ親しんだ勇吉の顔を見た途端に涙が溢れそうになった。胸が騒いで苦しくなる。
「勇吉さん、またこうしてお会いできて嬉しい、です」
少し畏まった言葉になったのは、いずれはこの仲屋の嫁にすると言われたせいかもしれない。
それに相応しくなくてはならない。けれど、未だに国吉のことが好きにはなれなかった。国吉は恒を嫁になんてほしくないと思っているのが見て取れる。
勇吉のように朗らかに、優しく接してくれたらよかったのに。
「つれぇことがあったら俺に言いなよ。お恒ちゃんはいつでも気張りすぎる性質だからなぁ」
そんなふうに言ってくれる。ちゃんと恒のことを見ていてくれる。
素直に嬉しいと思った。大きな悲しみの後でも、小さな花が咲いたように。
――夫婦になるのが勇吉だったらよかったのに。
ぽつりとそんなことを考えた。
その時になって初めて、それを考える自分は今までの自分とはどこか違うのだと思った。もうそれほど子供ではなかったのかもしれない。




