泰平のあかし〈二〉
「川開きの間、店じまいはいつもより早い。打ち上げの支度もあるしな」
鉄助が暖簾を片づけながら教えてくれた。鍵屋ならばまだしも、金屋は奉公人が少ないから仕方がない。
職人たちが花火を打ち上げる時、恒は留守番だろうか。そんなのは寂しすぎる。
「花火船に乗せてほしいなんて無茶は言いませんけど、せめて花火が見えるところに行きたいです。金屋の花火を見たいですから」
思えば、まだ金屋の打ち上げ花火を見たことがなかった。
皆の丁寧な仕事を知っているからこそ、直に目にしたい。その願いは抑えられなかった。
「まあ、親方がいいって言ってくれたら見に行けばいいんじゃねぇか? 七五三太も打ち上げには加わらねぇし、二人で見ればいいと思うがな」
前のめりの恒に苦笑しつつ、鉄助もそう言ってくれた。
そこへ通りかかった百蔵はやはり気に入らないらしく、ぷいとそっぽを向いて通りすぎた。
今日も玉貼りをしている間、じっと手元を見られていた。
しくじったら厳しいことを言ってやろうとしていたのかもしれないが、恒は気を研ぎ澄ませて作業に没頭していた。そんな隙はなかっただろう。
今の百蔵に何を言っても仕方がない。
認めてもらえるのは何十年も先かもしれないのだ。百蔵は二百歳くらいまでは頑固な気がした。
「親方、金屋の花火を見たいので、七五三太さんと見に行ってもいいですか? 仕事は戻ってからちゃんとしますから」
工場にいた治兵衛に直接頼み込むと、すぐにうんとは言ってくれなかった。それは意地悪ではなくて、優しさだった。
顎を擦って唸り、それからぽつりと零す。
「子供が二人だけで夜歩きは物騒だな」
子供は七五三太だけだと思うのだが、ひとくくりにされた。
恒が物言いたげにしていると、いつの間にか後ろにいた銀治が隠れて笑っていたのが腹立たしい。普段は仏頂面なのに、こんな時だけ笑わなくていい。
「あたし、もう十五です。それから、花火の見物人はたくさんいるんですから、むしろ安心じゃないですか。何かあったら大声出しますから」
「そうかい? まあ、いいだろう。十分気をつけて行くんだ。それから、花火が終わったらすぐに帰るこった」
「あい。ありがとうございます、親方」
許しをもらえて、七五三太と手を取り合って喜んだ。七五三太は花火作りを怖がるけれど、打ち上げられた花火を見るのは好きなようだ。
これで金屋の花火が見られる。
自分の花火玉が上手く仕上がるかという不安よりも、今は喜びが大きかった。
その晩は夏の暑さや蚊のせいではなくて、楽しみで眠れなくなった。これを言ったら、やっぱり子供だと銀治に言われそうだ。




