想いを文に〈三〉
角太郎と呼ばれた色男の方が上背があるので、銀治の肩を抱いて絡む。銀治は鬱陶しそうな顔をしたものの振り払いはしなかった。
「帰ってたのか」
「久しぶりだってのに、相変わらず素っ気ねぇなぁ」
二人が一緒にいると、余計に女子の目が釘づけになる。恒はこの場から消えたように目を向けられなくなってほっとしたくらいだ。
「素っ気ねぇも何も、俺はお前に用がねぇからな」
「ったくよぅ、それが幼馴染にかける言葉か」
なんてことを言いながらも、角太郎は傷ついたふうではなかった。いつも互いにこんな軽口を叩いているのだろう。
「どうせお前はまた遊び歩いてたんだろ? いい加減に腰を据えたらどうだ?」
遊び人に見えるが、実際にそうらしい。
ただ、着物の仕立てはよく、身綺麗だ。どこかの放蕩若旦那というところだろう。
角太郎は銀治の背中をばしばしと叩いた。
「遊び歩いてねぇさ。働いて、合間にちっとばかし気散じに遊ぶだけだ」
「どうだかな」
「この間も、いい絵師がいねぇか探しに行ったんだって。物見遊山の旅じゃねぇし」
「そういうことはお千鶴に言え」
「出かける前に言った。お千鶴はにこにこして見送ってくれたぜ?」
それを言った時の角太郎の顔が軽薄に見えて、いくら銀治の友達でも、この角太郎のことは好きになれそうにないと思った。
それなのに、角太郎は銀治の近くにいた恒に気づいたのだ。
「おぉ? お前さんは新しい女中かい」
恒に向け、にこりと柔らかく微笑んだ。女にはこういう笑みが効くのだと熟知している気がした。
「恒です。女中で、それから花火師見習いです」
「へっ?」
「ですから、女中で花火師見習いをしています」
淡々と返した。なんとなく、銀治は面白がっているように思われた。
「俺は団扇問屋〈皐月屋〉の角太郎ってんだ。お恒ちゃん、本気で言ってんのかい?」
「あい。いずれ一端の花火師になります」
目を白黒させて角太郎は銀治に顔を向けたが、銀治は軽く笑っただけだった。けれど、幼馴染というだけあってそれだけで銀治の言いたいことはわかるらしい。
「へぇ、面白ぇ子だなぁ。ま、火傷しないように気をつけなよ」
おかしなことを言うというのではなく、面白いと。
頭ごなしに無理だと嗤うのではないだけで十分だ。
「ありがとうございます」
ほっとして笑って返したら、角太郎も笑った。勇吉を彷彿とさせる女たらしの笑みだ。
「お恒ちゃんは泣き黒子がいい。あと何年かしたら色っぽくなるだろうから、その頃にまた会いてぇな」
――銀治はよくこの人に耐えられるものだ。
恒も女子ではあるが、ぽっと頬を染めるより寒気がしてしまった。これは勇吉のせいであって角太郎のせいではない。
勇吉も口が上手く、女子を喜ばせるのが上手かった。今は、そんな男が好きだった子供の自分を張り倒してやりたい気持ちでいっぱいである。
「うんうん、きっと美人になるぜ。お恒ちゃんは」
褒められ慣れていない小娘だから、こう言えば喜ぶと思っているらしい。
もういいとばかりに話を切ろうとしたが、その前に銀治が割って入った。
「いい加減にしやがれ。その見境のねぇ癖はいつになったら直りやがる」
銀治はこの幼馴染が貧相な女中にまで手を出しかねないと思ったのだろうか。本当に女子なら誰でもいいのかもしれない。
なんとなく、恒は一歩下がって後を銀治に任せた。
そうしたら、角太郎は垂れた目で何度か瞬いた。
「銀治、お前さん――」
「なんだよ?」
銀治は苛々して見えた。いつまでも絡まれていると稲荷に行けないからだろう。まだ今日中に終わらせてしまいたいことはたくさんあるのだ。
それでも、角太郎はどこか楽しそうに見えた。
「なんか変わったなぁ」
「あぁ?」
余計に機嫌が悪くなってしまったが、角太郎は気にしない。べらべらとしゃべり続ける。
「だってよ、お前さんにそんなこと言われたの初めてだから」
「言わねぇだけで思ってたぞ」
「じゃあなんで今回だけ言うんだね?」
「こいつがまだ餓鬼だからだ」
何か聞き捨てならないことを言われたが、話がややこしくなるので耐えた。
「いいや、もっと小せぇ子にも似たようなことを言ったって止めなかったぜ?」
角太郎はにやにやし始めた。どうやら銀治を揶揄うのが楽しいようだ。
銀治はというと、かなり怒っている。
「覚えてねぇよ、そんなもん。んなことより、お前にはお千鶴がいるんだから、よそ見ばっかりしてんじゃねぇ。今に愛想尽かされるぞ」
「はん。お千鶴は俺にぞっこんだからよ。ま、いずれ所帯を持つわけだし、今はちっとばかし遊んでもいいじゃねぇか」
どうやら、角太郎には千鶴という許嫁がいるらしい。
この角太郎に嫁いだ日には苦労させられるな、と見知らぬ千鶴を勝手に心配してしまった。
「だから、んなことばっかりやってるといくらお千鶴でも嫌気が差すかもしれねぇってんだ。大体、あんな大店の箱入り娘がなんだってこんな馬鹿がいいんだか」
「そりゃあ俺がいい男だからに決まってんだろうがよ。お千鶴は俺が旅に出ると、決まって文を寄越してくるんだ。お帰りを首を長くしてお待ちしていますって」
「じゃあ大事にしてやれよ」
「祝言を挙げたらな。三国一幸せな花嫁にしてやるぜ」
とかなんとか言いつつ、妾を囲いそうな人だ。
銀治と気が合いそうには見えないのに腐れ縁らしい。
説教を垂れられたせいか、角太郎は、あばよ、と軽く手を振ってそそくさと人混みに紛れた。
その時でさえ、恒に流し目をくれた。少しも嬉しくなかった。




