想いを文に〈二〉
そんなこともありつつ、飯を炊き、床を磨く。これも今の恒の仕事だ。
そして、銀治は毎日決まった頃合いに店を出ていく。
最初はなんだろうと思っていたのだが、ふと思い当たる。銀治は稲荷に参っているのだ。
〈花火屋は何れも稲荷の氏子なり〉
そんな川柳が詠まれるほどだから、銀治が験を担いでいても不思議ではない。
ただ、銀治にそうしたまめまめしさがあるとは思わなかったけれど。
恒の父もよく稲荷に参っていたから懐かしい。
よく考えてみたら、銀治が稲荷に参っていたから、自分はここにいることができるのだ。あの時、夢中で火薬の臭いのする銀治の背中を追いかけてここへ辿り着いたのだから。
あれは稲荷に救われたと言ってもいい。それならお礼参りに行くべきだろうか。
「若、あたしもお稲荷さんへ参ってもいいですか? 随分長いこと手を合わせていないんです」
駄目だと言われるのを承知で言ってみた。
そうしたら、銀治は形のよい眉を跳ね上げた後、少し考えてからうなずいた。
「まあいいだろう。迷子になるなよ」
とても子供扱いされたが、恒はこう見えてもう十五である。
「なりませんっ」
むっとして返すと、銀治はくく、と声を忍ばせて笑った。
ここ最近、銀治がよく笑うようになった。これまで仏頂面ばかり見せていたのは、恒がまだ馴染めていなかったせいらしい。
気を許せば笑みも浮かべるのだと、銀治の笑顔を見るごとに嬉しくなった。少しずつ、恒もこの金屋に馴染み始めている。
恒は仕着せに屋号を染め抜いた前垂れを着けている。銀治も屋号の入った印半纏を着ている。
それだけで、連れ立って歩いていても二人の間柄は見て取れるだろう。
――それにしても、目立つお人だ。
人の目が気になって、思わず少し離れて歩いた。
町人、それも女子がよく銀治を振り返る。目で追う。
姿がいいのは認めるけれど、そればかりではない。
なんとなく、人目を引く華のようなものがあるのだろう。
背筋をしゃんと伸ばし、颯爽と歩いている。
それが、恒が離れすぎると振り返り、立ち止まって待っているのだ。苛立たしげに腕を組んで。
「迷子にはなりませんって」
ため息をつきながら渋々近づくと、また銀治は歩き出す。
「行きたいって言ったのはお前だ。遅れずについてこい」
「あい」
銀治ばかりか恒にまで人の目が向く。ぐさぐさと、串刺しにされた気分だ。
これは銀治と歩けて羨ましいというやつなのだろうか。あまり好ましいものでもなかった。稲荷がとても遠く感じる。
遅れるとまた銀治がうるさいので、仕方なく銀治のすぐ後ろにいた。
奉公人だから勝手に出かけてはいけないと思い、ついていきたいと言ったが、次は一人で行かせてほしい。人の目にさらされているのはあまり気持ちのいいものではなかった。
そんなことを考えていると、向こうからちゃらちゃらとした色男が歩いてきた。
歩くごとに捲れる裏地が鮮やかで小粋だが、恒はどうでもよかった。
垂れ目がちな甘い顔立ちも女子に好かれそうではある。銀治とはまた違った魅力だが、浮ついたところのない銀治はこういう色男が嫌いなような気がした。
だが――。
「おっ、銀治じゃねぇか」
「角太郎か」
意外なことに、二人は知り合いだった。




