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一刻花 ~弘化江戸火話~  作者: 五十鈴 りく
【参】想いを文に

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想いを文に〈一〉

 恒は金屋の工場で皆が見守る中、作業を続けていた。

 線香花火ではない。打ち上げ花火だ。

 三寸玉。打ち上げ花火の初手とも言える〈菊〉を作っていた。

 何故こうなったかというと――。




「三寸玉まで作ったことがあるって言ったな?」


 銀治が、何気なく恒が言ったことを覚えていたからだ。


「あい。おとっつぁんは四寸玉も作っていましたけど。いつかもっと大きい花火を作るつもりだって言ってましたね」


 嘘だとは言われなかった。銀治はただ、ほぅ、とつぶやいた。

 そうして、恒の顔をじっと見た。銀治が見てくるから、こちらも銀治の顔を見るしかなかった。


 目を逸らしたら負けと言われたわけではないが、そんな気分になる。

 治兵衛はもっと四角張った男らしい顔をしているから、銀治はきっと母親似なのだろう。

 母親はすでに亡くなっているのだと思って尋ねたことはない。


 男は顔ではなく心意気が大事だと思う。

 しかし、この綺麗な顔に心意気があればどうだろう。持て囃されるのも当然か。


 もし、勇吉のことがある前だったら、銀治のような人とこうして向かい合っていたら少しくらいはときめいたかもしれないが、生憎ともうそんな甘い夢は見られなかった。


 そんなことを考えていたせいで、銀治が言った言葉をすぐに呑み込めなかった。


「じゃあ、片側だけでいいから組み立ててみろ」

「へっ?」


 ぽかん、と口を開けて間抜け面をさらしてしまったが、銀治はやや皮肉な笑みを浮かべてみせた。


「口先だけじゃねぇのを見せてみろって言ってんだよ」

「あ、あい」




 ――と、まあこういう流れだった。

 治兵衛は銀治が言い出したことをさらりと受け入れ、少しもうるさいことを言わなかった。むしろ面白がっている。


「ああ、見てぇな。やってみな」


 それだけである。

 むしろ一番渋い顔をしたのは百蔵だ。


「失火で所払いだ。あの玉屋だってお目こぼしにはならなかったんだからなぁ」


 そう言って、亀のような皺首を竦めた。

 それでも、治兵衛は止めなかった。恒の仕事ぶりを本当に見てみたいと思ってくれているのなら嬉しい。


「お恒、嫌なら断ってもいいぜ」


 逃げ道を用意してくれたつもりか、治兵衛はそんなことをつぶやく。

 けれど、こんな好機を断るわけがない。前のめりになりながら答えた。


「いえ、やらせてください」


 天で花開く打ち上げ花火を作るにあたり、どうすれば美しく見えるのかといえば、それは〈星〉がとても大事になってくる。

 綺麗にそろった玉になった〈星〉を使わなければ、空で開いた時にみっともないことになる。歯抜けだらけの花火、歪みきった花火、そろって消えないばらついた花火――花火師として、そんな花火を上げたいわけがない。


 だから〈星〉の選別が何より重要なのだ。

 まず、椀のような形の玉皮を台の上にふたつ並べ、細かい〈星〉が百個以上も入った盥の中を真剣に眺めた。

 そこからなるべく同じ大きさで斑なく丸いものを選んで玉皮の中に敷き詰める。この敷き詰めた星が親星と呼ばれ、大きな光の輪になるのだ。


 そこに白い間断紙(はさみがみ)を重ねる。

 作業する恒の手元を、七五三太以外がじっくりと見ていた。それも気にならない。楽しくて、嬉しくて、そこに皆がいるのも忘れているくらいだった。

 今の自分は花火とだけ対話している。そして、それを通して亡き父と――。


『おとっつぁん、この白い薄紙は何に使うの?』

『間断紙って言ってな、火薬がずれたり擦れたりするのを防ぐために入れるもんだ』

『へぇ。薄い紙だけど大事なものなのね』

『花火玉に込めるのに要らねぇもんなんざねぇからな』


 この指と目が、父の教えのひとつひとつを昨日のことのように覚えている。


 そして、玉皮を空で割るために必要な〈割薬(わりやく)〉を込める。

 これは同じ火薬でも星のように固まっておらず砂のようなものなので、少しずつ加減を見て入れていく。菊はこの工程を繰り返すのだが、小さな花火だと繰り返す回数も少なくてすぐに終わる。真ん中に間断紙で包んだ火薬の芯星(しんぼし)を込めた。


 ふたつの半球の玉皮をくっつけて丸い玉にするのだから、同じ作業を二度繰り返してやっとひとつの花火ができるのだ。


 ただし銀治は片側だけでいいと言った。この花火は片側だけでは空に上がらない。

 火薬の詰まった椀型の玉皮が出来上がる。

 もっと触れていたいけれど、これ以上触るところがない。寂しさを抱えつつ手を放した。


「できました」


 ふぅ、と息をついて頬の汗を拭う。

 久しぶりに作ったけれど、おかしなところはないはずだ。

 ちゃんとできているはずだから、もう片側も仕上げていいと言ってくれないものだろうか。それを期待してしまう。


 きっちりと両方の玉皮を合わせてから外側に玉貼りをする時、均等な丸になるよう紙を貼りつけなくては綺麗に咲かない。それも職人の腕の見せどころだ。父の技には及ばないかもしれないが、できることならこの玉を丸く貼り合せたかった。


「若い娘が手も顔も黒くして、なんでそんなに楽しそうにしてんだかなぁ」


 半平にそんなことを言われたが、ちっとも気にならなかった。


「手慣れたもんだな。こいつぁ思った以上だ」

「ありがとうございますっ」


 治兵衛が褒めてくれて、体が浮き上がるほど嬉しかった。

 銀治は黙って花火を見つめていた。

 文句があればすでに言っているだろう。つまり、出来は悪くないということだ。しかし――。


 百蔵は恒の組み立てた花火の玉皮をひょいとつかみ、しばらく眺めていたかと思うと、割薬の入った盥の中へざっとひっくり返してしまった。


「あっ」


 思わず声を上げても、百蔵は玉皮をぱん、と払って台の上に置いただけだった。


「な、何か間違っていましたか?」


 腰を浮かせながら問いかけると、百蔵は口をへの字に曲げて首を振った。


「いいや」

「じゃあ、なんで――」

「なんでって、お前さんは女中で、職人じゃねぇ。女中の作った花火を職人が作ったなんて言って上げたんじゃ、花火屋の名折れだからな」


 つまり、女中が作ったものは恥ずかしくて出せないということらしい。


 何もかも始まったばかりで、とんとん拍子にことが進んでいくわけではない。わかっているけれど、理由がひどいと思った。


「あたしはいい加減に作ったりなんかしません」


 小娘が怒っても、百蔵は痛くも痒くもない。この金屋にとって恒の代わりはいても、百蔵の代わりはいないからだ。


 この石頭、と心の中で毒づいたが、それでも聞こえてしまったのかもしれない。百蔵は亀のような首を竦めた。


「お前さんの手は、花火じゃあなく飯をこさえるためにある」

「どっちも作れますっ」


 やれやれ、といったふうに百蔵は銀治に目をやった。若が酔狂なことを言い出すから、と目が語っている。

 銀治はというと、何故か笑っていた。


「お恒の親父さんは本気で娘を跡取りにするつもりだったらしいな。もしそうなってたら、お前はうちと競い合ってたのかもしれねぇ」

「それは――」


 考えただけで楽しい。

 銀治と競い合って花火を上げて、どっちの番付が上かなんてことを言いながら、次は負けないと張り切る。

 そんな毎日があったらよかった。


 恒がへらっと笑ったせいか、百蔵は相手にするのをやめて自分の仕事に戻った。

 考え方を変えて、今日のことは今日のことと割り切ろう。


 久々に花火を組み立てられて楽しかった。また今度、こんな機会がもらえるように頼んで、百蔵が根負けするくらい続ければいいのだ。

 一念岩をも通す、と言うのだから。


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