弔い花火〈五〉
できることならば、恒が受けてあげたい。
松吉の女房のための花火を作ってあげたい。
けれど、今の恒に許されているのは線香花火を作ることだけだ。打ち上げ花火には携われない。
それでも、何かがしたかった。
あれからも銀治は黙々と仕事をしていた。松吉のことを気にしているのかどうかもわからない。
まったく気にしていないということもないのかもしれないが、口には出さなかった。
治兵衛に言っても、銀治が受けないと判じたことを覆したりはしないのだろう。治兵衛は誰よりも息子に信を置いている。
――少し頭が冷えると、恒なりに銀治の立場になって物を考えてみようと思った。
松吉はきっと食べることさえ控えて銭を溜めた。その金を燃やすなと銀治は言った。
その言い分も正しくはあるのだ。一両あれば松吉は十分に精のつくものを食べて、もう少しましな着物を着られるのだから。
銀治は松吉のためを思って断ったのかもしれない。だとしても、それだけで心は救われない。
恒は店の表を掃きながら唸った。
そうしていると、金が貯まった以上は通い詰めることにしたらしい松吉がまた姿を現した。
「あっ」
恒が声を上げたら、松吉は戸惑ったふうに目をさまよわせた。また追い返されると覚悟してきたのだと思われる。
けれど、恒は松吉を追い払うほど偉くなった覚えはない。
「こんにちは。松吉さん、でしたよね?」
「ああ、この前の。お前さん、そういやああんまり見ねぇ顔だね」
にこやかに声をかけたからか、松吉は幾分ほっとしたようだった。
「あい。ここへ来てまだひと月も経っていません。あたしは恒って言います」
「そうか。そんなに新参者かい。それで若さんにあんなにはっきり物を言って、てぇしたもんだな」
笑っているけれど、どこか寂しそうだった。松吉は女房を亡くして、もう心から笑うことなどないのだろう。
そう思うと胸がツキリと痛んだ。
「若の言い方があんまりにもぞんけないから、つい」
少々は自分の言い方もよくなかったとは思っているので肩をすぼめた。すると、松吉は困ったような顔をしていた。
「若さんは謎めいたお人だからねぇ」
「謎ですか?」
銀治は無口で硬派でほとんど笑わなくて、でも曲がったことは嫌いな人。
恒は、特に銀治を謎だと感じたことはないけれど。
それでも松吉は言う。
「まだ年若ぇのに、なんでも見透かすような不可思議なお人だよ」
「そうでしょうか?」
それがわからないのは、やはり恒がまだ新参者だからだろうか。
「親方ならそれもわかります。親子ですし、ちょっとくらいは似たところもあるんでしょう」
ただ、治兵衛だったら悲しみの中にいる松吉にあんな素っ気ないことは言わなかっただろう。銀治は冷たい。
思い出したら腹が立ってきた。
銀治なりに松吉を思ってのことだとしても、もう少し言い方があるだろうに。
そうした思いが顔に出ていたのか、松吉は恒に穏やかな目を向けていた。
「俺はどうしても金屋の花火がいいんだ。あいつと暮らしたこの本所の花火屋だから」
「――あたしからも若にお願いしてみましょうか? あっ、若より親方の方がいいかもしれません」
何か力になりたかったからこれを言った。
それでも、松吉は緩くかぶりを振る。
「お恒さんがここに居づらくなったら困るから、それはいいんだ。俺が通って、若さんにうんと言ってもらうしかねぇと思ってる」
言うだろうか。
一度突っぱねた以上、銀治は受けないような気がした。
――そうして、やはり思った通りだった。
「あんたもしつこいな。駄目だと言っただろ」
今日もまた顔を見せた途端、銀治にすげなく断られたのだった。
❖
恒は線香花火を縒りながら考えた。
大好きな花火作りをしてる一日で最も満たされた時なのに、心が晴れない。
松吉の女房の弔い花火を上げるにはどうしたらいいのだろう。
銀治はどうしたら納得してくれるのだ。
金のことなら、当人がそのように使いたいのだからどう使おうと勝手ではないのか。
金なら使ってもまた貯められる。むしろぱっと気前よく使ってこそ江戸っ子らしく粋でいい。
作業を終えて片づけ、工場を出る。
干してある打ち上げ花火用の掛け星を眺めつつ、はぁ、とため息をついていると、それに気づいた鉄助が声をかけてきた。
「お恒、どうしたんだ?」
振り向くと、鉄助の真面目そうな顔がある。面倒見のいい人だ。
鉄助に松吉のことを相談してみてはどうだろうかと思ったけれど、銀治は頑固だからやはり聞く耳を持たないかもしれない。
「鉄助さんはどうして花火師になったんですか?」
七五三太も半平の答えも恒が満足するものではなかった。訊かない方がいいと思うのに、一番職人らしい風体の鉄助を見ていると気になってしまう。
鉄助は急にそれを尋ねられると思わなかったらしく、少し動きを止めてから苦笑した。
「昔見た花火が綺麗で忘れられなくてな。落ち込んでいたのを忘れるくらい、空に上がった花火に励まされた。いつか俺もそんな花火を上げてみてぇと思ったんだ」
それを聞いた途端、曇っていた心に日が差したような気分だった。
その気持ちが痛いほどによくわかる。
「鉄助さんっ。それを聞けて、あたし、すごく嬉しいですっ」
「お、おう」
勢いに任せて言ったせいか、鉄助が半歩下がったけれど。
真っ当な志の花火師がいてくれてよかった。
恒がうるさくしたせいで気が散ったのか、銀治が工場から出てきた。そして、こちらには目もくれず、さっさと行ってしまった。
機嫌が良さそうではない。
――この間のことを謝るべきなのだろう。
言い方はよくないが、銀治なりに考えがあってのことなのだ。
そして、あの責め立て方は的外れだった。人の気持ちがわからない、恵まれている、そんなふうに言うのは恒の妬みでしかなかったから。
銀治とはあれからあまり口を利いていないが、いつでも特に口数が多いわけではないので、これが怒らせたせいなのかはよくわからない。
どうしようかと考えているうちに鉄助しかいなくなっていた。百蔵も帰ったらしい。
「鉄助さん、若ってどういうお人ですか?」
自分ではわからないから、鉄助に訊いてみた。
すると、鉄助はどう答えたものかと苦笑していた。
「考えすぎるくらい、いろんなことを考えているお人かな」
「えっ?」
「若は自分の考えを口にはしねぇが、たくさんの思いを抱え込んでいる気がするな」
言ってくれないと、その思いとやらを知るのに長く時が要る。
知り合ったばかりの恒が銀治を知るにはまだまだ時が足りないのだ。
そのうちに何か見えてくるだろうか。
――もっと話をしようと思った。銀治が嫌でなければ。
そして、また松吉が現れた。
打ち上げ花火を諦めるつもりはないのだろう。
女房の弔いになる花火が、松吉にはどうしても必要なのだ。
それなのに、恒には線香花火しかない。力になってあげたいけれど。
そこでふとあることを思いついた。何もしないよりはいいだろうかと。
「松吉さん、あの、もう少し遅い時分に来てもらえますか? 店じまいの後がいいです」
「店じまいの後?」
首を傾げられても仕方がない。それでも恒は笑顔を向けた。
「あい。待ってます」
松吉は狐につままれたような顔をしたけれど、また来ると言ってくれた。
そして――。




