弔い花火〈四〉
それから数日。
線香花火は時々売れた。そのうちに線香花火以外も触らせてくれないだろうかと密かに願っているのだが、特に百蔵は恒が工場をうろつくとあまりいい顔をしなかった。
とはいえ、おもちゃ花火でも作れている今は楽しい。贅沢を言うのはもう少し後にしよう。
線香花火、もっともっと売れないかなと思いながら店番をしていると、痩せた男が入ってきた。
恒に言われたくはないとしても、本当に倹しい暮らしをしていると思われる。
半白の髪は解れ、それが悲しげに見える。鼠茶の着物には継ぎが当たっているが、それも自分でやったのか粗い縫い目だった。
肌もかさついていて、三十路か四十路か、年がよくわからない。
「いらっしゃいませ」
線香花火を買ってくれないかな、と恒はしつこく考えながら男を見た。
そうしたら、男は店をぐるりと見回してから覚悟を決めたように顔をこちらへ向けた。
「花火を上げてもらいてぇ」
「えっ」
とっさに声を上げてしまったのは、男がそれを言い出すとは思わなかったからだ。
花火を打ち上げるには相当な金子がいる。この男は見るからに貧しかった。
それでも男は続けて言った。
「一両あれば足りるはずだ。前に来た時にそう言われた」
「ええと、少し待ってください」
治兵衛か銀治を呼んで相手をしてもらおうと思った。
板敷きから立ち上がって奥へ急ぐが、あの男の切羽詰まったような感じが気になって仕方なかった。
先に出くわしたのが銀治だったので、とにかくその客のことを告げた。
「あの、花火を上げてほしいっていうお客さんが来てます」
すると、銀治は眉を顰めてから恒を通り越して店に向かった。
そして、痩せた男の顔を見るなり銀治は男の名を呼ぶ。
「松吉さん、あんたか」
「若さん、ご無沙汰しておりやす。約束の一両、貯めてきやした」
松吉は震えていた。気が昂っているようだ。
そんなにも自分が金主として花火を上げたかったのかと驚く。
しかし、それに対して銀治は冷淡だった。
にこりともせずに言い放つ。
「約束なんざしちゃいねぇよ。軽く見積もってもそれくらいはかかるって話をしただけだ」
「で、でも、金があれば上げてもらえるんでござんしょう?」
松吉の目が血走っていた。何か事情がありそうなのに、銀治はそれを尋ねない。
「あんたにとってその金は大金だ。その金を燃やすようなことをすんじゃねぇよ」
花火師が何を言い出すのだ。その儚い美を人々の目に焼きつけるのが花火師の技なのに。
それでも松吉は諦めずに食らいつく。
「それで構いやせん。そのために稼いだんですから。女房の弔いに、どうしても花火を上げてやりてぇんです」
「――それはあんたの思い違いだ。死人はそんなこと望んじゃいねぇよ」
松吉の土気色の顔にさっと朱が差す。
どうしてこう冷たいことを言うのだろう。
死んだ人間には何も届かないとばかりに突き放す。この悲しみを前に、何かしてやりたいと思うのが人情ではないのか。
堪らなくなって、恒は気づけば銀治の袖を引いていた。
「若、言いすぎじゃありませんか」
この時は恒の顔も強張っていただろう。
松吉の気持ちが痛いほどわかるからだ。
亡くした人に想いを届けたい。空へ高く上がる花火ならば、極楽浄土からでも見ていてくれると思いたいから。
けれど、銀治は妙に痛々しいものを見るような目をして恒の手を振り払った。
「金の問題じゃねぇ。とにかく駄目だ。出直してきな」
出直せと言う。
では、通いつめればいいのか。嫌ならもう来るなと言えばいいのに。
そうしたら松吉は別の花火屋を選ぶはずだ。
大体、銀治は何が気に入らないのだろう。
松吉は頭を下げ、静かに出ていった。その途端に、どうしようもない怒りが沸々と湧いた。
「どうしてあんな追い払い方をするんです? 女房の弔いにって言ってたじゃないですか。亡くなったお人のために花火を上げたいって切り詰めて、やっと願いを叶えられるようになったのに、なんですげなく追い返すようなことができるんです?」
仲屋にいた時はどんな怒りにも抑えが利いたのに、今はそれができなかった。
松吉に自分を重ねたせいだろうか。それとも、優しいところもあると思っていた銀治の、あのあしらい方にがっかりしたからだろうか。
それでも、銀治は多くを語らない。
「――弔いの花火なんざ上げちゃいけねぇんだよ」
苦々しくそれだけを吐き捨てる。
けれど、そんな言葉では納得できなかった。
「若は、そんな女々しいことを考えたりしないんでしょうね」
死んだ者のことを考え、後ろばかり向いている。そんな松吉の心はわからないのだ。
銀治は強い人だから。
「若は悩むことってあります? 若は恵まれたお人ですから、きっと人よりも悩みが少ないんでしょうね」
どうしてこんなことを言っているのだろう。
八つ当たりだと思った。
銀治が恵まれているとしても、それを恒がどうこう言うべきではない。これはただ、自分が銀治を羨んでいるだけだ。
花火屋の後継ぎとして生まれ、今も花火師として学べている。恒は銀治のようになりたかった。
涙を堪えていたのに気づかれたのか、銀治は何も言い返さなかった。さっと顔を背けて行ってしまった。
その後に残ったのは、重たいような喉のつかえだけだった。




