弔い花火〈三〉
それからというもの、恒は料理も洗濯も掃除も手を抜かなかったが、どうにか隙間を縫って線香花火作りに励んだ。
どちらかといえば火薬に触りたくない七五三太が、掃除や洗濯を進んで手伝ってくれたのもありがたい。
楽しく線香を縒っていると、たまにしか口を利かない百蔵がぼそりと言った。
「お恒、お前さんが年頃の娘だってことを時々忘れちまいそうになる。そんなことをしているうちにすぐばばあになっちまうぞ」
「ばばあ?」
「嫁に行き遅れるってことだ」
百蔵のような昔気質の人にとっては見ていて気持ちのいい女子ではないのだろう。
それでも、恒は己の在り方を恥ずかしいとは思っていない。
「行き遅れるというか、行かないです」
きっぱりと言うと、百蔵はのっそりと首を傾げた。百蔵が次の言葉を捻り出す前に重ねて言う。
「あたしには花火があれば、それで十分ですから」
それを聞いていたらしき銀治が一度顔を上げ、また下げた。あまり関心もないのだろう。
百蔵は、やれやれといった様子で首を振った。そして、それ以上何も言わなかった。
そんな恒の作った線香花火が店先で売られるようになったのは、まだ夏には早い穀雨の頃だった。
桜も散って葉桜の青が見え始めているが、そこにはまだ夏の力強さがない。優しい春の名残を感じさせる。
夜空にも夏の艶がない。未だに柔らかな闇だが、それでも線香花火は綺麗に目を楽しませてくれることだろう。
もともと、線香花火を買い求めるのは女客が多い。若い娘にも人気だし、子供たちのために買う母親もいる。特に江戸っ子の男はせっかちで、ちまちまとした小さな火を楽しむでもないのかもしれない。
まだ少し、花火という気分になるには早い時季だとは思う。飛ぶように売れるとまではいかない。
それでも、たくさん売れてくれないと次が作れない。恒は毎日、線香花火がたくさん売れますようにと願っていた。
たくさん売りたいがために店番もした。
特に愛想のいい半平は客あしらいが上手かった。
「姉さんは別嬪だし線香が似合うぜ。一緒にしっぽりと楽しみてぇや」
「あら、ありがとう。じゃあまた買いに来るよ」
照れもなく女客に世辞を言う。昨今の職人は堅物ばかりではないようだ。
それとも、半平が特別なのだろうか。銀治はこうではない。
そんな半平と一緒に店番をしながら、恒は尋ねてみたくなった。
「半平さんはどうして花火師になろうと思ったんですか?」
ここへ来てまだ二年だという。職人歴二年目の二十歳。
ふと、半平は急に真面目な顔になった。
「それは――」
「あい」
「花火師は女子に人気だから」
思わず首を傾げたくなる答えが返ってきた。なんだろうか、これは。
「女子に限らず、江戸っ子は花火が好きです」
どうしたわけか、わかっていないのは恒の方だと言わんばかりに首を振る。
「そうじゃあねぇ。火の粉が降ってもなんのその、夜空に火の花をぱっと咲かせる花火師って粋だろ? 腕のいい花火師は女子が放っておかねぇからな」
「女子衆に騒がれたいのなら、役者になればよかったんじゃありません?」
つい冷ややかに言ってしまう。それでも半平はへらりと笑った。
「そりゃ、なれるならなったさ」
どこまで本気なのだろう。
七五三太も半平も、恒から見ればとても恵まれた立場なのに、この体たらくだ。
代わってやりたい。間違いなく、恒の方が真剣に花火師を目指している。
「若みてぇな面があれば役者になれたかもしれねぇが、若はそういうの大嫌ぇだからよ。それなのに、若は女子に大人気だ。若が出ていきゃ女子はきゃあきゃあ言うしな。俺もああなりてぇんだよ」
「ちょっとわかりません。でも、何かに打ち込む姿が女子にはよく見えるんじゃあないですか?」
銀治は適当に仕事をする人ではない。持て囃されたいという感じもしない。
その点は半平とはかなり違うようだ。
「だから、花火だ。俺は花火に打ち込む」
「――聞かなきゃよかった」
思わずつぶやいてしまったが、半平は次に入ってきた小町娘に気を取られて聞いていなかった。




