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一刻花 ~弘化江戸火話~  作者: 五十鈴 りく
【弐】弔い花火

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弔い花火〈三〉

 それからというもの、恒は料理も洗濯も掃除も手を抜かなかったが、どうにか隙間を縫って線香花火作りに励んだ。

 どちらかといえば火薬に触りたくない七五三太が、掃除や洗濯を進んで手伝ってくれたのもありがたい。


 楽しく線香を()っていると、たまにしか口を利かない百蔵がぼそりと言った。


「お恒、お前さんが年頃の娘だってことを時々忘れちまいそうになる。そんなことをしているうちにすぐばばあになっちまうぞ」

「ばばあ?」

「嫁に行き遅れるってことだ」


 百蔵のような昔気質の人にとっては見ていて気持ちのいい女子(おなご)ではないのだろう。

 それでも、恒は己の在り方を恥ずかしいとは思っていない。


「行き遅れるというか、行かないです」


 きっぱりと言うと、百蔵はのっそりと首を傾げた。百蔵が次の言葉を捻り出す前に重ねて言う。


「あたしには花火があれば、それで十分ですから」


 それを聞いていたらしき銀治が一度顔を上げ、また下げた。あまり関心もないのだろう。

 百蔵は、やれやれといった様子で首を振った。そして、それ以上何も言わなかった。




 そんな恒の作った線香花火が店先で売られるようになったのは、まだ夏には早い穀雨(こくう)の頃だった。


 桜も散って葉桜の青が見え始めているが、そこにはまだ夏の力強さがない。優しい春の名残を感じさせる。

 夜空にも夏の艶がない。未だに柔らかな闇だが、それでも線香花火は綺麗に目を楽しませてくれることだろう。


 もともと、線香花火を買い求めるのは女客が多い。若い娘にも人気だし、子供たちのために買う母親もいる。特に江戸っ子の男はせっかちで、ちまちまとした小さな火を楽しむでもないのかもしれない。


 まだ少し、花火という気分になるには早い時季だとは思う。飛ぶように売れるとまではいかない。

 それでも、たくさん売れてくれないと次が作れない。恒は毎日、線香花火がたくさん売れますようにと願っていた。


 たくさん売りたいがために店番もした。

 特に愛想のいい半平は客あしらいが上手かった。


「姉さんは別嬪だし線香が似合うぜ。一緒にしっぽりと楽しみてぇや」

「あら、ありがとう。じゃあまた買いに来るよ」


 照れもなく女客に世辞を言う。昨今の職人は堅物ばかりではないようだ。

 それとも、半平が特別なのだろうか。銀治はこうではない。

 そんな半平と一緒に店番をしながら、恒は尋ねてみたくなった。


「半平さんはどうして花火師になろうと思ったんですか?」


 ここへ来てまだ二年だという。職人歴二年目の二十歳。

 ふと、半平は急に真面目な顔になった。


「それは――」

「あい」

「花火師は女子に人気だから」


 思わず首を傾げたくなる答えが返ってきた。なんだろうか、これは。


「女子に限らず、江戸っ子は花火が好きです」


 どうしたわけか、わかっていないのは恒の方だと言わんばかりに首を振る。


「そうじゃあねぇ。火の粉が降ってもなんのその、夜空に火の花をぱっと咲かせる花火師って粋だろ? 腕のいい花火師は女子が放っておかねぇからな」

女子衆(おなごし)に騒がれたいのなら、役者になればよかったんじゃありません?」


 つい冷ややかに言ってしまう。それでも半平はへらりと笑った。


「そりゃ、なれるならなったさ」


 どこまで本気なのだろう。

 七五三太も半平も、恒から見ればとても恵まれた立場なのに、この体たらくだ。

 代わってやりたい。間違いなく、恒の方が真剣に花火師を目指している。


「若みてぇな(つら)があれば役者になれたかもしれねぇが、若はそういうの大嫌ぇだからよ。それなのに、若は女子に大人気だ。若が出ていきゃ女子はきゃあきゃあ言うしな。俺もああなりてぇんだよ」

「ちょっとわかりません。でも、何かに打ち込む姿が女子にはよく見えるんじゃあないですか?」


 銀治は適当に仕事をする人ではない。持て囃されたいという感じもしない。

 その点は半平とはかなり違うようだ。


「だから、花火だ。俺は花火に打ち込む」

「――聞かなきゃよかった」


 思わずつぶやいてしまったが、半平は次に入ってきた小町娘に気を取られて聞いていなかった。


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