7 日本の空気
JBチームがイオのために変装用の殻を作ってくれた。見るからに介護用ロボットのそれだ。
ウイルは車椅子に乗ってイオ共々飛行機に搭乗する。ただし、介護ロボットであるイオは手荷物扱いになる。
人型介護ロボットはかなり普及してきているが、それでもまだ客室に乗せるという対応はどの航空会社もできていない。
介護ロボットに扮したイオは電源を切られて(そのフリをして)車椅子と一緒に貨物室に入ることになる。
飛行機が飛び立ってwi-fiが使えるようになると、貨物室のイオとウイルはスマホを使って文字で会話もできた。
スマホのカメラを使ってイオは窓の外を見ることもできる。
久しぶりの空の旅に、イオははしゃいでいた。
いつか、イオのようなロボットと人間が一緒に座席に座って旅を楽しむことができるような日が来るだろうか。
中部国際空港に降り立つと、イオは再び介護ロボットとしてウイルの車椅子を押した。
「日本の匂い」
とイオが言う。
「秋だというのにまだ蒸し暑いですね。これが日本ですね」
こういう言葉を使うことができるようになったのは、イオの情緒面での成長だとウイルは思う。
以前ならセンサーの感じ方を湿度と温度だけで表現していたものだ。
もちろん介護用ロボットの殻をかぶっているから、そう感じるのではない。イオは汗をかかない。
ヨーロッパとは違う日本特有の気候をイオは「蒸し暑い」と表現したのだ。
そのうち和歌や俳句の情緒もわかるようになるかなぁ——とウイルは少しワクワクしている。
免税店を横目で見て空港線のホームへと向かう。一応手土産としてE国のお菓子を買ってはきたが、はっきり言って日本のお菓子の方が美味しいとウイルは思う。
空港線に乗る頃にはウイルとイオの痕跡はデジタル上からは完全に消えてしまっている。
どこで着替えたのか、イオは介護ロボットの殻を脱いでキャリーバッグに入れていた。顔には情報局特製の人間の子供に見える人工皮膚マスクも着けている。
金山駅でJRに乗り換え、一旦岐阜に向かった。
岐阜産業大学のキャンパスが見たいとイオが言ったからである。
キャンパスの風景はあの頃と変わっていなかった。
学生たちに混じって、かつて朝の散歩をした道を歩く。
「懐かしいかい?」
目を細めているイオにウイルが聞いた。
「はい」
しばらく黙っていてから、イオがぽつりとつぶやく。
「もう、ここにわたしたちの居場所はないんですね」
「ああ」
とウイルもふと感傷的になった。
「古川先生もここにはもういないしね。……寂しいかい、イオ?」
ウイルにとってニュージーランドの実家が故郷であるように、イオにとってはここが故郷なのだ。イオの人生(?)はここから始まった。
——コックスィ ネリディー!——
ウイルの脳裏にあの頃のイオの声がよみがえった。
「いいえ」
イオが顔を上げてウイルを見る。
「ウイルのいるところがわたしの故郷ですから」
2人は岐阜を離れ、名古屋駅に戻って中央線に乗り換え中津川へと向かう。そこに古川先生の家がある。
列車の窓から前方に日本アルプスの山々の峰が見えた。この季節だというのにまだ冠雪は見えない。
中津川駅は小さな駅だ。
駅前のロータリーも小さく、商業施設も多くない。むしろ賑わいはそこから少し離れた旧中山道沿いにある。
古い町並みが並び、名物の栗菓子なんかを売っている。
イオは食べないから食べ物には興味がないが、古い日本の木造建築には興味津々だった。
監視カメラで見るのと近くで見たり触ったりするのとはまた別なのだ。イオは匂いを感じることもできる。
木目の浮き出た柱をそっと撫でて、イオは歴史の長い時間を感じているようだった。
「石が刻む時間とはまた違うんですね。きれいだなぁ」
言葉がどんどん深く豊かになってきている。ヨーロッパの建築は石が多い。
旅はいいものだな——。とウイルは思った。
古川先生の家はここからさらに山の方に上がったところにある。
空き家になった古い民家——というか農家の建物——をリフォームしたもので、借家ではあるが持ち主からは好きにリフォームしてもらっていいと言われているということだった。
駅からは距離があるので、中山道沿いの目印になる場所まで古川先生が車で迎えにきてくれた。
「やあ、イソザキさん、イオ。元気そうだ」
車から降りて、開口一番古川先生はそう言って満面の笑みを浮かべた。




