4 ソーニャ
ソーニャはぼんやりと窓の外を眺めている。
季節はすでに秋に入っていて、小さな中庭の木が色づき始めている。
ソーニャがこんなふうにしているのは珍しい。たいていはパソコンのキーボードに向き合っているか、ひたすらに紙に数字を書いていたりすることが多いのだ。
ソーニャの世界では、数字には色がついている。
今はジェフも出かけてしまっていて、ソーニャは部屋の中で1人だった。それを寂しいとはソーニャは思わない。
自閉症のソーニャにとっては、人とのコミュニケーションは極端にニガテな事柄に入る。
相手の目を見て話すことができない。怖いのである。
戦争で家族を殺されてからというもの、それがひどくなった。
瓦礫の中でひたすらに壊れた壁に数字を書いていたソーニャに、優しく手を触れてくれたのがジェフだった。
「怖ければ私を見なくてもいいよ。でも何も食べなくては死んでしまう。だから少しだけその鉛筆を置いて、代わりに私の手を握ってごらん」
今でも覚えている。
ジェフが瓦礫の中でソーニャに最初にかけた言葉だ。
どうして人の目を見るのが怖いのだと、この人は知っているのだろう。
どうしてわたしなんかに声をかけたのだろう。
ソーニャはその不思議さに、少しだけ壁の数字から目を離してその人の足を見た。
ちらりと見えたその足元は、戦場にはおよそ相応しくないスーツのズボンときれいに磨かれた革靴だった。
その温かな手にソーニャは言葉を返したかったのだけれど、言葉を発することができず、ただ髪を振り乱して頭を振り、「あああ」「ああ」と意味にならない声を上げただけになってしまった。
ああ、この温かな手もわたしを去ってゆく。
こんなんだから。わたしはこんなんだから。
本当は人に傍にいてほしいけれど……わたしはこんなんだから。きっと気持ち悪がってこの手もわたしを離れてゆく。
お父さんが生きていた時は、それでもお父さんはわたしから離れてゆくようなことはなかった。
わたしがこんなんであることをお父さんは受け入れてくれていたから。愛していてくれたから。
そのお父さんは、戦争に殺されてしまった。
もういない。
だから……この手が離れていっても、ソーニャはもう絶望を感じない。感じるほどの絶望は、もう使い尽くしてしまった——。
けれどその手は去ることはなく、ソーニャの肩から鉛筆を持った右手の方にやってきた。
温かなその手に包まれて、ソーニャは鉛筆をぽろりと落とした。
そのまま、手を引かれてあの瓦礫の中からここへ連れてこられたのだ。
なぜそんなことを今思い出したのかな?
あの美しい世界を見たからだろうか。
ソーニャはぼんやりと窓の外を見ている。
イオと見たデジタルの世界は美しかった。色彩にあふれていた。
実際にはあのとき、パソコンのモニター画面の数字を見ていたはずなのに……イオと共にいる時はめくるめくようなイメージの世界がはっきりと見えていた。
そしてそれをイオと共有できている、と信じることができていた。
あれは何だったんだろう? と今ソーニャは考えている。
こんなことを思うのも、このところJBチームの活躍しなければならないような案件がなく、暇だったということもあるのかもしれない。
世界では相変わらず戦争がどこかで続いているが、JBの力でそれを食い止めたり終わらせたりするような状況がないのだ。
イオは情報をくれる。
どうして止めないのか、と聞いてくる。
始まってしまった戦争は簡単には止められないのだ。憎悪が憎悪を、恐怖が恐怖を創り出してゆくからだ——というジェフの説明を、イオは納得していないようだった。
それでもイオ自身が危険だから感情に任せて侵入するな——というジェフの言葉をイオは一応守っている。
時々こっそりミサイルを故障させたりしているらしいのだが。
あの子はまだ純粋すぎる。
それは特にあの子にとっては危険なことだ。ひとつ間違えば、デジタル世界の中で消滅してしまいかねないのだ。
ハッキングソフトが破壊されても実体がここに残っているソーニャとは、存在の形式自体が違うのである。
純粋でなくなることがいいことだとも思えないけど……。
そんなことを思うともなく思っていたソーニャのパソコンのモニターに、ジェフからの連絡が入った。
『マツバラが動き出した』
「ああ! ああああああっ!」
ソーニャが髪を振り乱し、ベッドをバンバンと叩く。




