3 コーンウオールの風
ぞくっ。
とウイルの背筋に悪寒が走って、ウイルは思わず両手で自分の腕を抱えるようなしぐさをした。
「寒いですか? 気温は22.3度ありますが」
イオが不思議そうな顔で聞く。イオの体のセンサーはちょうどいい温度と湿度を感じている。
「いや……なんだろうな? 風邪かな?」
「体温は平熱です」
イオはその目に搭載された赤外線センサーでウイルの額を見るが、特に熱はなさそうだ。ウイルのいつもの平熱の範囲に収まっている。
「喉がイガイガします?」
「まるでお医者さんだな、イオ」
ウイルが笑う。
ネットを通じて知識を吸収しているイオは、ウイルの健康管理にも一役買ってくれている。確かにかかりつけの医者のようだ。
イオはウイルの役に立てることが嬉しくて仕方ないらしい。
ウイルもイオもデジタル世界には存在していないが、実体としての2人は今E国の都市に小さな部屋を借りて住んでいる。
ウイルはイオとセットでJBチームと業務委託契約を結んでおり、この結果一応JBたちと同様にE国の市民権を得ている。ただそれは一般的には見ることも検索することもできず、幽霊のような存在ともいえた。
ジェフから依頼された時だけ必要な情報を収集するのが日常業務で、たまにソーニャと協力して様々な軍事勢力の軍事行動を妨害したりしている。
はっきり言えばそれ以外は暇で、ウイルはイオと一緒に旅をしたり映画を見に行ったりショッピングを楽しんだりしていた。
あのアクション映画みたいに逃げ回った日々が嘘だったみたいに、穏やかな日常を送っている。
こうした日々が送れるようになったのもエレンがイオのためにマスクを作ってくれたのも大きい。
人型ロボットは珍しくなくなったとはいえ、やはり銀色のイオは街中では目立つ。
そこで人間の顔のように見える変装用のマスク(E国情報機関ではよく使われるものらしい)をイオのために作ってくれたのだ。
これを付けてフードをかぶったり帽子をかぶったりすると一応人間の子どもみたいに見えるので、イオはその格好で観光旅行やショッピングには出てゆく。
普段はマスクをとってしまうのは、ひとつにはウイルがデザインしてくれた銀色の頭部が気に入っているのと、マスクを付けていると表面のセンサーの感度が鈍ってしまうからだ。
「風を感じたいのです」
とイオは言う。
そういう感覚をロボットが持つ——ということを技術者でもあるエレンは面白がった。
そのエレンの休暇に合わせて今日、ウイルとイオはエレンのお勧めの観光地に来ている。もちろんエレンも一緒だ。
3人で歩いているとまるで家族のように見える。
「そろそろ現れる時間よ」
エレンの声で、イオは急いで胴付き長靴をはく。
イオのボディは一応錆びない金属で作られているし防水性能もあるのだが、用心のためだ。
時刻は夕方。
夕日に染まる海の中に、潮が引いた時にだけ現れる石畳の道が見えてきた。石畳の道は海に浮かぶ小島の城へと続いている。
監視カメラのない道。
だから、イオも初めてその目で見る風景。
「マスク、取ってもいい?」
イオがウイルに聞く。
風を感じたいのだ。
「いいよ。人も少ないしね」
イオはさっとマスクを取って、胴付き長靴のポケットに入れる。
ウイルはイオと手をつないでやった。
「エレンさんも」
イオがもう片方の手をエレンの方に伸ばす。
エレンはにっこり笑ってその手をつないだ。
「へへへ」
イオが嬉しそうに足を跳ねてぱしゃぱしゃと水しぶきを飛ばす。
ウイルとエレンは裾をまくり上げてサンダルばきだが、しぶきがズボンの裾を濡らす。
潮風が優しく3人の頬を撫でていった。
「こうしてると子ども連れの夫婦みたいね」
エレンがそう言うとイオは嬉しそうにエレンを見上げた。それからちょっと期待を込めてウイルの顔を見る。
ウイルも内心ではそうだったらいいかも……と思ったのだが、気恥ずかしくて黙ったまま、黒々と前方にそびえ立つ城のシルエットの方ばかりを見ていた。




