忘却の少女Ⅹ
「さて、そもそもだ。そこの幽霊ちゃんの症状をおいらはしっかりと知っているわけじゃねぇ。古今東西、似たような話、伝承、言い伝えなんざごまんとある。なら、どういう類の話か確認しないとな」
川村さんはそう前置きを置いて、サラに向き直って正面から見つめる。
サラはそんな視線に怯えるように少しだけ体を震わせたが、隣にいた私がそっとその手を握って落ち着かせる。
「ふむ.........いや、すまねぇな。しかし、こうやってちゃんと見ても幽霊ちゃんが何なのかさっぱりだ。いくつか聞いてもいいか?」
「は、はい」
「名前は?」
「サラ.........です。そう皆さんにつけてもらいました」
「つけてもらったねぇ。なら、元は違うってことか?」
「............いえ、その」
あまりにも川村さんが何でも知っているという雰囲気のままに話が進んでいたので失念していたが、そもそもサラの事情を川村さんは知らないのだった。
そもそもサラが普通じゃないなんてことは、私達でも最初に見た時から、そして触れた時から分かっていた事だ。
それだけの雰囲気を彼女は持っていた。
それでも私たちがこうして普通に連れて行けるのは、そういうものに詳しそうなクセイアと物事をシンプルに考えているゆきの二人に引っ張られているからだろう。
そして、話の流れからクセイアと同類のような話しぶりをする川村さんも、サラの事が普通ではないと分かったから幽霊ちゃんと呼んだのだろう。
そこには、ここに至るまでの過程は何も含まれていない。
だから、川村さんはまだサラが記憶喪失になってしまっているという事を知らないのだ。
「おじいちゃん、サラちゃんね実は記憶喪失になっているみたいなの」
「ほう?記憶喪失?また、そりゃ.........面倒なのに引っかかったのか?」
「面倒?」
川村さんの独り言のように小さい呟きにクセイアが反応する。
「ああ、こういう系で記憶にも作用するタイプは大概面倒なんだ。悪意を持ってそうなったのか、それともそうなる事がそもそも普通じゃないのか、それが分からんからな」
「?それって、何が違うんです?」
「いや、まぁ原因が違うだけで結果は同じなんだけどよ.........サラちゃん、それ以外に何か自分の事で変だなって思うとこはあるかい?」
「............(フルフル)」
首を横に振るサラに川村さんは思案顔になる。
その様子を見て、私は口を出すかどうかを迷う。
心辺りがある。
サラに関するきっと本人は気が付いていない異常な事。
クセイアとゆきも、何か考えているが言葉にはしない。
それが気が付いていてあえて言葉にしていないのか、それとも本当に気が付いていないのか、私には区別できない。
ただこの胸の突っかかりを、サラを得体の知れないナニカだとは思いたくなくて心の中に沈めた違和感を、ここで打ち明けたいという気持ちはあった。
「あ、あの」
「どうした?嬢ちゃん」
やっぱり伝えるべきなのだろう。
迷った、考えた、それでも答えが出ないのなら協力してもらうしかない。
サラの事を知るためには言うほかないし、サラが得体の知れないナニカではなく、ちゃんとしたサラだと証明するためには必要な工程だと思うから。
「実は、サラってなんか体が軽いんです」
「軽い?体重がないって話か?」
「いえ、なんというか、重さはあるのに中身が詰まってないって感じがするというか、存在感が薄いというか............」
サラの状態を改めて言葉にしようとすると非常に難しい。
何せ現実ではまずそんな事が起こるわけない。
今までの人生で類似する出来事にあったことがない。
だから、これをなんと表現して伝えればいいのかが分からなかった。
「存在感が.........いや、しかし......」
川村さんは私の言葉を咀嚼するように何かをぶつぶつと言いながら思考の海に沈んでしまった。
「そう言えば、背負っててもなんだか重さを感じにくいっていうか、人間一人の重さはあったのに背負っていることを忘れそうになったなぁ」
「確かに、最初に倒れたサラの容体を確認しようとした時、本当に生きているのかを疑ったよ。よくよく観察したらちゃんと生きていることを確認できたから安心したんだよね......それがちよの言う『存在感がない』って奴なのかな?」
そこにゆきとクセイアから追加の情報が出た。
なるほど、私と合流する前。サラを拾った時の事を言っているのだろう。
確かにそこで、ゆきとクセイアは直接サラに触れている。
私が連れ込まれたサラに対して感じた違和感はこの二人も感じていたようだった。
「なるほどなぁ」
「おじいちゃん、なにか分かる?」
「そうだな、心辺りぐらいはあるな」
「教えて!」
そうして長い前置きが終わり、川村さんはようやくサラに訪れた出来事に関わるかもしれない話を語り始める。
「それはとある石、いや意思と言い換えてもいいか、そいつの話だ」




