第72話 努力と結果
「ちょっと、どういう事か説明しなさい。」
グレバディス教国を目指す一行の初日の夜。
魔物が嫌う匂いを発するメガの木に囲まれた広場のキャンプ地。
全員での夕食を終えたディールとユウネ、そして満腹で満足するように横たわる実体中のホムラの前に、仁王立ちのナルが大声で言う。
「脈略がなくてさっぱり分からないんだが、何を説明したらいいんだ?」
怪訝顔のディール。
その言葉に額に青筋を立てる、ナル。
「ディールとユウネ、その異常な強さをよ!」
昼間に遭った、300匹を超えるキラーエイプの襲撃。
中には危険度S相当の進化種、グレーターエイプすら居たのだ。
それをあっさりと蹴散らしたディールとユウネ。
たった2人で。
同行しているメンバーは、十二将のリュゲルやシオン、“四天王” アデルに、その護衛である屈強なグレバディス教の聖騎士団、それに【翼獅子の剣王】という英雄クラスの【加護】を持ち、高い実力を有する自分。
この面々が手を貸すどころか、呆然と眺めるだけで終わった。
森から姿を現したキラーエイプが、次の瞬間、切り刻まれたり、爆発したり。
光の礫が額を穿ったり、紅い飛ぶ斬撃で真っ二つになったり。
信じられない光景だった。
「私も聞きたいな。ディールさんとユウネさんの実力は、私やシオンさんを遥かに越える。十二将レベル、いや、もしかすると主席ユフィナ様や末席エリス様に匹敵する強さだ。」
ナルの隣にやってきた、リュゲル。
そして顔を真っ赤にして震えるシオン。
「わ、わ、わ、私も聞きたいっ、です……。ディディ、ディールさんが、何でそんなにお強いのか……。」
そんなシオンに顔を引きつかせるリュゲル。
確かに自分も隣にいるナルに心底惚れている。
毎日毎日、足繁くテレジの店に通い、働くナルに会いに行った。
だが、ここまで “ポンコツ” にはなっていないぞ!
シオンという女性は、良く知る。
自分と同い年で、ほぼ同時期に連合軍入りした “天才”
彼女の姉は、かの【天衣無縫】のシエラ・マーキュリー。
言わずと知れた“世界最強” の一角。
“天才の妹も、天才”
【風陣天嵐】という絶大な風属性の【加護】を授かり、姉同様、あれよあれよと連合軍の幹部となった。
姉に似た、知性と実力を兼ねそろえた才色兼備。
だが、自由奔放な最強の姉と違い、質実剛健という言葉が似合う堅物女性。
姉のシエラ同様、軍の仲間や男性から人気が高いシオン。
美しく、力強い佇まい。
そんなシオンを評し “風姫” という通り名が付いた。
もちろん、彼女に恋慕の情を抱く者も多くいた。
しかし、その誘いや想いを全て断ち切っていたシオン。
目指すは最強の姉。
姉のようになりたい。
姉の隣に並びたい。
その心に恋だの愛だのに構う余裕など有ろうはずもない。
むしろ、“世界最強” と呼ばれる姉があんな性格で、しかも一介の鍛冶職人に心奪われていた姿は、筆舌し難い苦痛でもあった。
“人を想うこと、愛することなど、無駄なことですよ”
かつて、最強の姉のように誰かを想っているのか? と尋ねたリュゲル。
その言葉をバッサリと否定したシオン。
姉のように、なりたい。
姉のように、なりたくない。
尊敬と、軽蔑。
そんな背反する感情を、偉大な姉に抱いていたのだ。
しかし、数カ月前の連合軍と帝国軍の衝突の後、“何か” が壊れたような、姉。
そして、想い人との駆け落ち。
逃げたのだ。
あの偉大な姉は、逃げたのだ!
恋など、愛など、人を弱くする!!
私は絶対、あんな情けない姉のようには、ならない!!
そう誓ったはずのシオン。
そんな彼女に訪れた、運命の出会い。
あれだけ否定してきた、恋慕の情。
目が離せない。
心がずっと、騒ぎ立てる。
出会ってから、一時も忘れることが出来ない。
生まれて初めて “恋をする” という未知の体験が、シオンを狂わす。
その結果、“ポンコツ” になったのだ。
「何でって言われても……地獄のような鍛錬?」
「そうね。地獄のような鍛錬よね。」
顔を見合わせて確認しあう、ディールとユウネ。
ディールの腕には、ずっとユウネがしがみついている。
仲睦まじい恋人同士。
その二人に「ケッ」と悪態をつくナル。
対照的に、ディールしか見えておらず頬を真っ赤に染めるシオン。
「地獄のような鍛錬……それを言うなら、私やシオンも連合軍で血反吐を吐くような、砂を噛むような鍛錬を繰り返してきたのですが。」
連合軍の鍛錬も、甘くない。
昇格するにはその鍛錬や試験を乗り越えられなければならないシステムだ。
徹底的なシステマチックの鍛錬メニューは、確実に、順調に、連合軍全体の資質向上に繋がっていた。
もちろん、あまりの厳しさに脱落する者さえもいる。
まさに “地獄” と言っても差支えの無いものだ。
「ちなみに、どんな鍛錬だったのですか?」
リュゲルの言葉に、俯くディールとユウネ。
震えている。
それも、ガクガク、ブルブル、と目に見えての震えだ。
「お、思い出したくもねぇ……。」
「お師匠様、笑顔なのに、何であそこまで出来たの、かしら……。」
涙目で震える二人。
“お師匠様” と呼ばれる存在がいるのか。
「私に、その“お師匠様” をご紹介いただけませんか?」
「「やめろ!!」」
ナルのために、この二人の領域まで強くなりたい!
その一心であったが、当のディールとユウネから大声で制止されてしまった。
「まー、修行で強くなったのは分かった。で、この “ホムラ” さんって、一体何者なの?」
幸せそうな表情で横に転がるホムラを指さしてナルが言う。
当のホムラは「ふえ~~?」と気の抜けた声。
ディールから紹介された “意思を持つ魔剣” ホムラ。
その紅い鞘、刀身、鍔も柄も全て一体化した紅い美しい魔剣。
その宿す魔力が高いからか?
何と意思を持ち、その姿を半透明の “イメージ” で現し、人ともコミュニケーションが可能という非常識極まりない魔剣である。
極めつけは “実体化”
その魔剣を “人” の姿に変え、一緒に食事を摂る、
こんな事、誰かに話しても滑稽無糖だと言われるのが関の山だろう。
それだけ、非常識な存在だ!
「ああ、ホムラだ。」
「そうね、ホムラさんね。」
ディールとユウネがまたも顔を見合わせて伝える。
額に大きく青筋を立てるナル。
「答えになっていないし、イチャイチャすんな!」
「ああ~。ナルが私の言いたいこと全部言ってくれるから、助かるわ~~。」
「貴女のことです、よ!!」
転がるホムラにも青筋を立てて大声で抗議するナル。
(何なの!? 一体全体、何なの!?)
その正体は “火の龍神” 【紅灼龍ホムラ】
だが、そんな事を言ってしまうと、それこそ大騒ぎだ。
もしくは “神を侮辱するのか!” と逆上するかもしれない。
主に、今そこにいるグレバディス教国の聖騎士たちが。
そこで、“すること成すこと、構わなければ無害な可愛い魔剣” という事でつき通すディールとユウネであった。
もちろんホムラ自身も、自分を “火の龍神” などとは明かさない。
バレたら面倒くさいというのも理解しているし、何よりユウネから “ゴハン抜き!” と言われたら死んでしまう!
長時間の実体化によって味わったユウネの食事の、その美味たるや。
先日味わった貴族御用達のケーキの感動と同レベル。
むしろ、こんな美味しい物を毎日毎日食っていたディールに、怒りすら覚えた。
すでにユウネに胃袋を掴まれたホムラ。
ディールとイチャイチャする事にイラつくし文句も言うが、あまり突っ込んだ事は言わない・言えない身となってしまった。
龍神すら手懐けるユウネの食事。
あのガンテツが絶賛していただけあったのだ。
「まぁまぁ、ナルちゃん。ディールの “事” は知っているでしょ? あまり詮索するものじゃないわよ。それにナルちゃんもハンターなんでしょ? 確かご法度じゃなかった、ハンター同士の詮索は。」
「うぐっ……。」
ナルも連合軍本部フォーミッドを目指す過程で、正式にハンター登録を行った。
そのランクは “E” 上から5番目となる。
だが、新人にしていきなりEランクとなれるのは、余程の【加護】を持ち、実力を兼ね備えている天才だけだ。
ナルは【翼獅子の剣王】という幻獣系+剣王という英雄クラスの強靭な【加護】を持ち、さらにディール達と共に連合軍幹部……現在は十二将に名を連ねる【水の覇王】のオーウェン・ボナパルトが先生となり、その鍛錬をこなしてきたため、一般的な者よりも遥かに実力を兼ね備えているのだ。
それが認められた “ガルランドの幽鬼” ナル・ハンバーであった。
ハンターギルドで新人がいきなりEランクを授かるなど、数年に1度の快挙である。
しかし、目の前のディールとユウネは、新人でいきなり“B” ランクを授かった。
ディールは【加護無し】であるが、恐らく魔剣 “ホムラ” の力だろう。
では、ユウネは?
今日の魔物の襲来で見せつけられた実力。
恐らく【神子】クラス。
もしくは、それ以上の、未知なる【加護】
そうでなければ説明が付かない!
知りたい!
だけど、詮索はご法度!!
頭を抱えるナルであった。
「ナルさん、やはり鍛錬あるのみですよ。良かったら、夕食後の運動ということでこれから一緒に打ち合いませんか?」
笑顔で伝えるリュゲル。
もちろん下心はある。
だが、“強くなりたい” という気持ちは一緒なのだ。
ならば、共に強くなれば良い。
その時間も、貴重な、彼女との触れ合いなのだ。
「わ、私が十二将と……? でも、構いません! リュゲルさん、私と一緒に、鍛錬をお願いします!」
形振り構うものか!
目の前の男性は、私を好いている。
それを利用するみたいで心苦しいが、この際、なんでもよい!
ムカつく巨乳の恋敵から、ディールを奪い返すと啖呵を切ったのだ。
何でもしなければ、いつまでたってもその差は埋まらない!
頭を下げるナルに、顔を赤らめてリュゲルが言う。
「そんなに畏まらないでください。こちらこそ、ナルさんとご一緒できて光栄なのです! 一緒に強くなりましょう!」
手を差し出すリュゲル。
眩しいくらいの笑顔。
同じように顔を赤らめて、その手を握る。
「べ、べ、別にリュゲルさんのためじゃないですからねっ! 私は、私の目的のためです!」
「分かっていますよ。でも光栄です。さぁ、あちらで鍛錬をしましょう!」
そう言い、メガの木林の奥へ向かうリュゲルとナル。
その後ろ姿をニヤニヤしながら見つめるアデル。
「ふ~ん、意外と、脈アリなのかもね。」
「なんのことだ? 姉さん。」
「こっちの話しよ。」
一人、たたずむシオン。
「あ、あ、あ、あのっ! ディールさんっ!」
顔を真っ赤に染めたシオンが意を決して尋ねる。
「はい、何か、シオンさん。」
「わわわわ、私にも、鍛錬を付けてくだしゃいっ!」
噛んだ。
盛大に噛んだ!
だけど、お願いできた自分を褒めて!?
呆れ顔のディールと、睨むユウネ。
「いや……すでに十二将の貴女に鍛錬は必要ないでしょう。それに、オレの “鍛錬” は素振りが主だ。兄にも、オーウェン先生にも、“実践も大切だが、まずは基礎” と言われた。それを今まで怠ったことが無いし、そのおかげで命を拾ったことさえある。」
ホムラを抜いたあの日。
トラウマであったミノタウロス、ならぬ【エビルブル・ジェネラル】と対峙したあの時。
震える身体が、自然に動いた。
それは、続けていた “鍛錬” の賜物。
努力は、結果を結ばない事が多い。
だが、結果は、努力が紡ぐのだ。
努力なくして、結果は付いてこない。
その結果が、ギリギリ命を繋いだのだ。
大きく頷くシオン。
「わかりました! 基礎が大切。【剣聖】ゴードン様と、【水禍】オーウェン様のおっしゃる通りです。私、がんばります!」
そう叫び、リュゲルとナルと同様に森の奥へ走って向かうシオン。
「……一緒に素振りを誘えばよかったかな。」
「絶対、ダメ。」
その後ろ姿を見るディールの呟きに、ユウネがムスッとして制止する。
「さぁて、私も鍛錬しよっと。」
「姉さんも?」
腕を伸ばしながらアデルはディールとユウネに背を向ける。
グレバディス教国の最高位神官 “四天王” であるアデルが、鍛錬?
「姉さんは十分強いんじゃ?」
「ディールとユウネにそれを言われると情けなくなるわ。私にもあるの、姉としても、“四天王” としても、プライドが、ね。」
昼間、垣間見た弟ディールとその恋人ユウネの、凄まじい力。
自分は【神子】であり、“四天王” である。
十二将にも、十傑衆にも引けを取らない実力がある。
そういう自負がある。
それを一笑に付す、二人の実力。
話しに聞いた【金剛龍ガンテツ】の修行の賜物?
違う。
これは、元々この二人に備わっていた実力だ。
それを “土の龍神様” が引き出したに過ぎない。
恰好悪い姉、義姉なんて、御免だ!
アデルも、森へと足を運ぶ。
その後ろに慌てるように付いていく、聖騎士団たち。
気付いたら、この場にはディールとユウネ、ホムラだけとなった。
一応、兄ゴードンが乗る馬車内には治癒士3名が居るが、交代での食事後は容体確認に生体ポーション投与にと大忙しのためこの場には居ない。
実体化した影響か、コクリコクリと居眠りするホムラ。
ふいに目と目を見つめ合わせる、ディールとユウネ。
「えへへ、久々だね。」
「あ、あぁ。」
ソッとキスをする、二人。
“いつ、見られるか?” その緊張感が、二人の気持ちをさらに高める。
一度、唇を離し、もう一度唇を……。
「言っておくけど。起きているからね、私。」
「ひゃあっ!!」
ジト目でディールとユウネを見る、ホムラ。
「酷いです、ホムラさん!」
「人の頭上でチューなんてされれば、さすがに起きるわっ!!」
“強い、強い” と絶賛されても、まだまだ年頃の二人。
そして、毎度毎度邪魔をするホムラ。
そんな2人と1柱に触発され、道中、鍛錬を増やす一同。
“目標”、“憧れ” が近くにいるというだけで、こんなにも変わるものなのか。
後日。
“結果” となって、その力を“揮わなければならない日” が訪れることを、この時は思いもしなかったのだ。




