第73話 恋敵と友達と
グレバディス教国を目指すディールとユウネ達の一行。
初日のキラーエイプ達の襲撃以来は激しい魔物の襲撃は無く、旅は順調そのものであった。
拓けた森のような中を進み、6日目。
その日のキャンプ地に到着した。
「では、本日も鍛錬をしましょう、ナルさん!」
到着してテントを張るや否や、太陽のような笑顔でナルを誘うリュゲル。
少し戸惑いながら「は、はい……」と答えるナルであった。
初日の夜から2人で鍛錬を行うリュゲルとナル。
リュゲルは一目惚れしたナルにストレートの感情を隠しもせず接している。
対してナルは、そんなリュゲルに“ディールの事を想っている” と理解されつつも、こうして笑顔で鍛錬に誘ってくること、ディールの恋人ユウネに負けない強さを手にするために、まるでリュゲルを“利用” しているかのような自分自身に、相当な負い目を感じていた。
だが、相手は昇進したばかりとは言え、連合軍十二将の一人。
その剣技は、同じ【剣王】の加護を持っているとは思えない程に完成され、一縷の隙すらもない。
打ち合って初めて分かる、リュゲルの力量。
ナルと共に鍛錬できて笑顔のリュゲルに、ますます後ろめたい気持ちになるナルであった。
そして、後ろめたい気持ちはリュゲルだけでない。
恋敵である、ユウネだ。
強くなり、ディールを奪い返す! と啖呵を切った相手。
そんなユウネが『リュゲルさんと鍛錬するようなら私が夕食を作りますね』と申し出てくれたのだ。
元々料理上手で料理が好きなユウネは、材料さえあれば何人分作ろうとも苦では無かった。
“パーティー分け” と考えると、ディールとユウネの2人。
グレバディス教国最高位神官 “四天王” アデルを中心とする、聖騎士団。
ディールとアデルの兄ゴードンを守る治癒士3人と、その護衛であるリュゲルとシオンの十二将2人。
実は、ナルは1人なのだ。
それを理解しているのかしていないのか、ユウネはディールだけでなくナルの分の食事も作るようになった。
もともと、その食事はディールとユウネの2人分だけではなく、 “火の龍神” こと【紅灼龍ホムラ】も同伴する。
毎回毎回、わずかな実体可能時間をユウネの料理を味わうために費やす可愛らしい少女。
このためユウネは、今更3人分作ろうとも4人分作ろうとも変わらないのであった。
だが、その食事にありつくナルの立場からすると、非常に微妙なのだ。
元々料理が苦手なナルにとって、誰かが食事を作ってくれるのは喜ばしいことなのだが、その相手が恋敵のユウネとなると……。
悶々とするナルである。
「ナルさん! ボーッとしていると危ないですよ!!」
ハッ、とするナル。
目の前に、リュゲルの剣閃が走る。
思わず目を閉じ、手に握る木刀を前に突き出す。
『カァァァンッ』
弾き飛ばされる、ナルの木刀。
「あ……。」
「ナルさん、先ほどまで良い動きでしたが……。お疲れですか?」
そう言い、弾き飛ばされた木刀を拾いナルに手渡すリュゲル。
「あ、ありがとうございます。リュゲルさん。」
「食事までまだ時間がありますね。少し、休憩しましょう。」
そう言い、近くの平らな岩にナルを座らせるリュゲル。
その隣に座り、置いてあったストレージバックから水を取り出してナルに手渡す。
「すみません、リュゲルさん。」
「いえいえ。馬車旅も6日目。疲れも出てきましょう。」
笑顔のリュゲル。
心が、ちくり、とする。
私は、この笑顔を、利用している。
私の事を、真っ直ぐ、好きだと言ってくれる男性。
それも、自分が恋するディールの、憧れの兄ゴードンと同じ連合軍十二将。
しかも、生まれ故郷ガルランド公爵国の公爵令息、つまり次期国王だ。
もし自分が、夢見る乙女なら、その気持ちを手放しで歓迎したのかもしれない。
素敵な王子様の、純真無垢な寵愛。
世の女性達が耳にしたら、怒り狂うのではないか。
だけど、応えられない。
もし、その気持ちに応えたら、嘘になる。
こんな真っ直ぐな人に、邪な、偽物の気持ちで応えてしまうのは、侮辱も甚だしい。
全く向き合えていない自分に、その資格は、無い。
ふいに、ユウネを思い出すナル。
彼女は、相変わらずディールと仲睦まじい。
その姿を見ては、心がかき乱され、頭に血が上る。
だけど、あの日。
ディールと再会でき、ユウネと出会ったあの日。
ユウネは、飛び出す自分を追って、真っ直ぐに向き合ったのだ。
ディールの幼馴染で、恋敵である、自分と。
彼女は言った。
“怖い” と。
“ディールを失うのが、怖い”
“ディール無しでは、生きられない”
涙ながらに語る、彼女の想い。
そして、覚悟。
自分は、生まれた時からずっとディールと一緒だった。
ディールの兄であるゴードンが連合軍へ赴いたその日から、一つ屋根の下で暮らした。
そして成人を迎え強靭な【加護】を得て、同じく強靭な【加護】を得るだろうと信じられた“神童”ディールと一緒に、旅をすることを、当然のことと思っていた。
だが、ディールが授かった【加護】は、無かった。
【加護無し】
この世界で、落ちこぼれの烙印だ。
そして、世界唯一の信仰グレバディス教の教義の一つ“【加護無し】は災いを齎す”と宣う司祭の言葉によって、ディールは村人たちから命を狙われ、その果てに轟々と激しく流れる大河へと身を落とした。
そこまでだ。
そこまでしか、ディールの事を、知らない。
付き合いは、恋敵より長い。
だが、再会したディールの姿、装い、空気。
どれも、自分が知るものとは、一線を画していた。
行方不明になって10ヵ月程。
一体、ディールに何があったのか?
その纏う装いに空気、そして腰に下げる魔剣“ホムラ”
何もかもが、想像を超えていた。
そして共にいた、恋敵
一昨日のキラーエイプの群れを駆逐した姿を見て、ユウネ自身も、想像を超える力を有していると理解した。
私の知らない、10カ月。
それは、共に過ごした15年間を遥かに越えるものだと理解した。
そして、先日のユウネと向き合った日。
いや、ユウネが自分と向き合った日、だ。
私の知らない、10カ月。
だけど、濃密な、ディールとユウネの、二人の時間。
すでに、自分が知るディールでは無かった。
見せつけられた、ユウネの覚悟。
そして、自分への、誠意。
“一生、この女には、敵わない”
「ナルさん!? 大丈夫ですか?」
真っ直ぐ、ナルの顔を見つめるリュゲルの叫び。
知らず知らず、思考の渦に飲み込まれ、呆然としていたナル。
その瞳からは、涙。
「え……。何、これ? だ、だ、大丈夫です! すみませんっ!!」
慌てて袖で涙を拭うナル。
不安そうな、リュゲル。
「……今日はここまでにしますか。」
そう言い、リュゲルは立ちあがる
「も、申し訳ありません、リュゲルさん……。私は大丈夫です!」
「嘘ですね。……大丈夫ではありません。ユウネさんの美味しい食事を摂り、早くお休みください。」
リュゲルは、ナルに見向きもせず、キャンプ場へ歩いて行った。
……失望されたのかも。
心が、ズタズタに、かき乱される。
リュゲルの後ろ姿に、心が締め付けられる。
涙が溢れる、ナル。
「……っ、なんで?」
おかしい。
何で、涙が出るの?
私が、好きなのは、ディールだ。
彼は、私が好きだと言うだけで、私は、その気持ちを、利用している。
最低な、女。
涙など流す資格は、無い。
その後ろ姿を憂いる資格は、無い。
ましてや。
今、駆けだして。
その背中に。
抱き着く資格なんて。
無い。
無い、はずなのに!!
「ナ、ナ、ナルさんっ!?」
驚愕の声を挙げる、リュゲル。
その背中に、抱き着くのは、ナル。
何で?
何で、私は、リュゲルさんに、抱き着いたの??
何で???
「ごめんなさいっ!!!」
即座に離れるナル。
振り向くリュゲルの顔は、真っ赤だ。
「い、いや。いえ。……その、よろしければ。」
リュゲルは、手を広げる。
“もし必要なら、抱き着いても構いません”
そういう意だ。
ナルも真っ赤になる。
「大丈夫ですっ! 大変失礼しました!」
ナルはリュゲルの顔を見れず、そのまま走ってキャンプ場へ向かった。
「……やってしまった、かな?」
女性の扱いがいまいち分からないリュゲル。
『男たるもの、惚れた女に全力投球』
その、父の教え。
思うがまま、常に全力。
不器用なところまで、偉大な父、ガルランド公爵国国王レオン・フォン・ガルランドにそっくりなリュゲルであった。
――――
「ユウネ、ちょっと、いい?」
夕食後の、ゆったりとした時間。
ディールのすぐ横にピタッとくっ付くユウネに、仁王立ちのナルが尋ねる。
「どうかしました、ナルさん?」
「……話があるの。」
警戒し、焦るディール。
また喧嘩!?
だが、ユウネは笑顔のままスクッと立ちあがりナルに応える。
「わかりました。2人でお話し?」
「う、うん。」
何故か、たじろくナル。
怪訝顔なディール。
「ディール、たぶん長くなるから先に休んでいてね。あと、ホムラさんはさっさと魔剣に戻ってください。いいですね?」
闇の深淵を想起するユウネの殺気。
ディールの隣で実体化して横たわるホムラは「ヒィッ!」と声を、あげ、『ガラン』と音を立てて魔剣に戻った。
「念のため言っておきますが、実体化してディールに手を出したら……分かっていますよね?」
ニッコリと笑うユウネ。
魔剣状態なのに、まるデガタガタと震えるようなホムラが声をあげる。
―あ、当たり前じゃない! もう今日は実体化しない! と言うか出来ない! ディールもユウネも安心して寝てね! 私がバッチリ探知しておくから! だから、そんな怖い顔マジでやめてユウネー!―
「あら? 私、別に怒ってはいませんが?」
笑顔のユウネ。
ガタガタ震えるディールとナル。
恐らく、実体化であれば号泣しているだろうホムラであった。
--――
「それで、話しって何ですか? ナルさん。」
ユウネとナルは、キャンプ場から少し離れた木々の根元に腰を掛ける。
誰も居ない、静寂な夜。
ナルは俯いたままだったが、しばらくして。
「私は、ディールが、好き。」
と、絞り出すように言った。
恋人であるユウネを前にして、その言葉。
だが、ユウネは笑顔のまま。
一つ頷き、ナルの手を取る。
ビクッとするナル。
思わず、ユウネの顔を見る。
「やっと、私の顔を見てくれましたね。」
笑顔のユウネ。
思わずたじろくナル。
「そ、それが何よ?」
「ナルさん、今の、本心じゃないですね?」
ユウネの言葉に、ドキッと心臓が高鳴る。
「な、何でよ!? ずっと言っているじゃない、私は! ディールが好きで、アンタからディールを奪い返すって!」
「ええ、聞きました。」
柔らかく微笑むユウネ。
その笑みが、嫌味たらしく頭にくるナル。
「何が可笑しいのよ!? この前、私に啖呵切った人とは思えないわね!」
「可笑しいですよ。それこそ、この前、私が向き合った人とは思えないほど。」
またもや、ドキリとするナル。
ユウネは、両手でナルの手を握る。
「ナルさん。……怒らず聞いてくださいね。」
ゴクリ。
唾を飲み込み、ユウネの目を見つめる、ナル。
「本当はもうディールの事、取り返そうなんて考えていないんじゃないですか?」
核心であった。
目を見開き、固まるナル。
「そ、そんな訳ないじゃない! 私がいったいどれほどディールのことを……。」
「知っています。余程の覚悟がなければ、今、この場にナルさんはいませんから。」
ディールが【加護無し】となり、行方不明となったあの日。
ナルは目覚めてから、たった一人で、連合軍本部フォーミッドの中心部までやってきたのだ。
ディールの生存を信じて。
だけど。
「でも、今のナルさん、何か後ろめたいというか、悩んでいるとか、ディールの事よりももっと別の事を考えていませんか?」
「そ、そんな、こと!」
図星だった。
別の事。
それは、リュゲルへの負い目。
そして、目の前のユウネに対する負い目。
私は、最低の女。
“好き” だと言ってくれる、リュゲル。
食事を作ってくれ笑顔で向き合ってくれる、恋敵のユウネ。
どちらも良いように利用し、満足しているような自分。
これを “最低” だと呼ばず、何と呼ぶの?
涙が溢れそうになる、ナル。
そうだ、そうよ。
私は、負い目を感じている。
向き合ってもらえている事が、こんなに申し訳なくて、辛いと思ってしまう。
リュゲルにも、ユウネにも。
好きなはずの、ディールにも。
「がっかりです。」
ユウネが漏らす、その言葉。
呆然とするナル。
「初めて貴女にお会いした日は、それはそれは怖かったですよ。この強敵を前に、どうすればディールの心を繋ぎとめておけるのか。ずっと悩み、苦しんでいたのに。」
ユウネの物言いに、何も言えず呆然とするナル。
「貴女の、ディールへの、私の最愛の人への気持ちって、その程度のものだったのですか?」
穏やかな、柔らかな、ユウネ。
その彼女が、今、憤りを隠そうともせずナルに告げる。
そうか。
そうだ。
この女は、ずっと見ていてくれたんだ。
ディールだけじゃない。
私も、ずっと。
涙が溢れる、ナル。
「そこで泣かないでください。貴女のこと、嫌いになってしまいそうです。」
またもや心臓がドキリと高鳴る。
心が、こんなに忌み嫌っているはずの恋敵の『嫌いになってしまいそう』という言葉を拒絶したがっている。
”嫌だ” と、叫びたくなる。
何で?
何で??
この女は、大好きなディールを奪った、憎き恋敵なのに……?
「……ユウ、ネ。」
「思っていること、全部吐き出してください。私は、貴女の恋敵だと自負していますが、それ以上に、貴女の、友達だと思っていますから。」
心臓が、高鳴る。
涙が、止まらない。
友達?
今、この女、この私を、“友達” と言った?
同じ人を好きになり。
喧嘩して。
“奪う” と啖呵きった私のことを。
友達、と?
「う、う、うわあぁぁぁぁぁ!!」
顔も伏せず、手放しに号泣するナル。
そんなナルをギュッと抱きしめるユウネ。
「ユウネェ、ユウネェ……!! ごめん、ごめんなさいっ……。私、私ぃ……!!」
泣きじゃくるナルを抱きしめ、その頭を優しく撫でるユウネ。
「明日は全部、ディールや皆さんに任せましょう。今夜は納得するまで、ずっとお付き合いします。だって貴女は……。」
顔を赤らめ、ユウネははっきり言う。
ずっと、言いたかった言葉を。
「恋敵でもあり、友達でもあり、それに……。私の義姉であり、義妹のような、人です、から。」
号泣する、ナル。
優しく抱きしめ、その目に涙を溜めるユウネ。
ナルは改めて思う。
“一生、ユウネには、敵わない”
だけど、不思議と悔しくない。
むしろ、嬉しくもあり、暖かくもある。
胸につかえていた棘が、抜けた気がした。




