第71話 グレバディス教国を目指して
翌日、フォーミッド中心部の聖騎士団詰所。
そこにグレバディス教国へのキャラバンが組まれ出発を待つばかりだった。
「よし、これで全部だね。」
「ああ、ありがとうユウネ。お疲れ様。」
全員、目を見開いて驚いてた。
ディールとユウネに用意された、カボス町からフォーミッドまでの3商人合同のキャラバン隊の報酬。
金貨21枚分の食材と食糧が、8個のストレージボックスに収められて届けられたのだ。
その量、2人分にしてざっと2年と半年分。
それを取り出し、目の前に積まれる大量の食材と食糧と、水に飲み物。
一瞬で、ユウネの右手薬指に光るアーカイブリングに収められたのだ。
この大量の食糧を、一体どうやって持っていく?
その疑問は、今回の旅の同行者には “バレる” と思った。
そこで商人達が帰った後、同行者たちの目の前で毎回2人で行っている“作業” を見せた。
時間にして、わずか5分。
口を大きく開けるアデルと、聖騎士団。
そして。
「まさか……ユウネさんの指輪、アーカイブリングとは。」
「知ったら欲しいと騒ぐ貴族もいるでしょうが……全部、食材なんて、異常ですよ。」
驚愕する男と女。
彼らは今回、ゴードンのグレバディス教国への移送の “護衛 兼 総統名代” として、総統マリィからの命令で同行するのだ。
その隣で、チッと舌打ちするのが、ナル。
「何よ、ユウネ。見せつけちゃって!」
「そういうつもりはありません!」
ナルの物言いに、負けじと返すユウネ。
にらみ合う二人。
「ああ、怒っているナルさんも素敵だな。」
「筋金入りですね、リュゲル団長。」
「私はもう団長じゃないよ、シオン団長。」
「私も、もう団長じゃないですよ。」
2名の同行者。
その名を聞いた時、全員驚愕した。
一人。
灰色の長髪をツンツンと立てた端整な顔立ち。
がっちりとした身体に黄金色のプレートアーマーに、同じく黄金に輝く魔剣を携える若者。
ディールとユウネ、そしてナルとアデルの生まれ故郷ガルランド公爵国の公爵令息。
先の戦争後に十二将第4席となった “深海蛇の剣王” リュゲル・フォン・ガルランド。
そしてもう一人。
長い銀髪をゆるりとサイドヘアで束ねる。
スラッとした身体に軽装鎧とロングスカート。
背中には、細いが異様に長い剣刃の魔剣を携える女性。
“世界最強” の1人、先代十二将主席“シエラ・マーキュリー”を姉に持つ若き天才。
同じく先の戦争後に十二将第2席となった “風姫” シオン・マーキュリー。
新制十二将の二人が、同行するというのだ。
“戦時中に何を!?”
エリスはマリィに物申したが、一枚の報告書によって、その考えを改めた。
『ソエリス帝国の【風の神子】が、教皇の祝福を授かるためグレバディス教国目指し、先日出立した。』
『同行者は4名の十傑衆。3位ミロク、6位ウルフェル、8位アクセラート、9位パメラ』
互いの指導者であった“先代総統” マルゼンと、“先代皇帝” オフェリアの死。
その葬儀により、しばし停戦状態で睨み合いを続ける連合軍と帝国軍。
その折に入った、ソエリス帝国の情報。
この戦時中に、何を悠長なことを?
それよりも、帝国軍で重要な戦力である十傑衆を4人も、【風の神子】アメリアを含めると5人もの十傑衆を送り出すという暴挙。
“何かを企てている”
そう考えるのが自然であった。
そしてこの報告ともう一つ、フォーミッドの聖騎士経由で舞い込んだ連絡。
こちらの方が問題であった。
『滞在している【水の神子】アデル・スカイハート、一刻も早く帰還されたし』
“いい加減帰って来させろ”
というものだった。
ただ、アデルもすでに目的を完了し、兄の送致も総統マリィの協力によって順調に手続きが出来た。
このためフォーミッドに滞在する理由もなく、さっさとグレバディス教国へ戻ることとしたのだ。
だが、帝国の動き。
大戦力である【剣聖】ゴードンの症状。
この情報は敵国である帝国だけでなく、四大公爵国含め諸国に伏せている。
その証拠にゴードンはまだ “十二将第5席” のままだ。
目が覚めないとなると、内部の戦意にも対外的にも問題が生じる。
そのため、仮にグレバディス教国で帝国の要人共と鉢合わせになっても良いように、十二将2名が当てられたのであった。
十二将2人は、当初この命令に難色を示した。
東方大要塞に滞在中での十二将への昇格に加えて、フォーミッド中心部への帰還命令。
戦時中であるため、どれほどの重大な任務が与えられるかと思いきや、まさかの護衛とは!
“十二将” に昇格させてから任せる仕事なのか?
ただの名ばかりの任務では?
そのような疑念もあったが……。
一変して、リュゲルは意中のナルが一緒であることに歓喜し、この任務を手のひら返しで了承した。
そして、シオンも……。
「ああ、シオンさん。大変お待たせしました。これで全部です。」
「あ、ひゃ、ひゃいっ!!!」
ディールが笑顔で伝えると、顔を真っ赤にして答えるのだ。
そのシオンの表情に顔を顰めるユウネとナル。
シオンは、しぶしぶ訪れたこの場で、ディールを見るや否や、心臓が飛び跳ねた。
まさかの一目惚れ。
それは、かつて姉シエラが言っていたことと重なる。
“何を馬鹿な”
“主席が何をふざけているのか”
町の鍛冶職人アゼイドと出会ってから、姉はより変になった。
“一目惚れした” と言い、毎日毎日、暇を見つけては工房へ足を運んだ。
自宅に帰ってくるなり、今日のアゼイド君はこうだった、ああだった……と。
姉の事は尊敬している。
だが、好きな人のことばかり話す姉は、正直うんざりだった。
“自分は、こうはならないぞ”
そう誓ったはずだったのに!!
一瞬で、心を奪われた18歳のシオンであった。
(また……ライバル出現。)
(しかも相手は十二将。これは強敵よ、ユウネ。)
ひそひそと話し合うユウネとナル。
仲が悪いのだか、良いのだか。
ユウネとナルにも変化があった。
再会したあの日。
ナルが部屋を飛び出してユウネが追いかけた。
しばらくテレジの部屋で待っていたところ、二人がディールを呼んでいるという連絡があり、店へ行ったら…。
テーブルに料理と大量の酒を用意し、飲んだくれているユウネとナルが映った。
“何やっているんだ?”
そして語られる、愛の言葉。
ユウネは分かっている。
何度も何度も、心を通わせ、唇を交わした。
だが、ナル。
大声で、盛大に『ディール、生まれた時から好きです!』 と突然の告白。
唖然とするディール、そして、周囲の客。
まさか、可憐な店員ナルが、あの男に夢中!?
しかも隣にいる可憐で胸の大きい少女と恋人同士みたいだぞ!?
周囲から殺意と怨嗟を一身に受けるディールであった。
そして間の悪いことに、その場にリュゲルが居合わせた。
一瞬、硬直したリュゲル。
だが、すぐ笑顔になってディールと握手した。
『貴方がナルさんの想い人ですね! 私と貴方はライバルです! 正々堂々、よろしくお願いします、友よ!!』
ライバルと友達宣言を受けた。
頭に『???』が浮かんだのは、言うまでも無い。
グレバディス教国への、2週間の旅路。
ディールとユウネの2人。
アデルと、グレバディス教国の聖騎士団8名。
ナル、リュゲル、シオンの3人。
そして、ゴードンと、ゴードンの容体管理の治癒士が3名。
計18人でのキャラバン隊となった。
リュゲルとシオン、そして治癒士が乗る馬車には、未だ目を覚まさないゴードン。
目を覚まさないゴードンに会い、分かっていたとは言え、愕然となったディール。
心のどこかで、“嘘” だと思っていた。
性質の悪い冗談だと、信じていた。
それが、姉アデルと共に訪れた病室。
補給ポーションを点滴され、ベッドにぐったりと横たわる、青白い顔の兄ゴードン
あの屈強な兄が、死んだように眠っているのであった。
打ちひしがれるディールに喝を入れたのは、ゴードンの妻テレジ。
『夫を頼んだよ、義弟よ!』
その言葉が、全てを物語っていた。
そうだよ、兄さんは、オレが守る!!
決意を新たに刻み、グレバディス教国を目指す。
――――
『ねぇねぇ、何か目の前から大量の魔物がやってくるけど、そういうもんなの?』
最初のキャンプ地を目前とした夕暮れ時。
馬車の幌の上から上半身をニョキッと下げて告げるホムラ。
その姿にナルはビクッとする。
「ナルちゃん。気持ちはわかるけど、慣れてね?」
呆れるように伝えるアデル。
震えるナル。
「アデルちゃん……分かっているけど、これ、本当、心臓に悪い。」
「分かる……。」
『あーはいはい。それで、どうするのー? あと15分くらいでかち合うけど?』
「それはどんな魔物だ?」
憮然として告げるホムラに尋ねるディール。
その隣にいるユウネがディールの袖を引っ張って代わりに答えた。
「何か、お猿さんみたいな形。数は、320匹くらいかな。」
『なんで言っちゃうの!? ユウネ!』
ムスッとするホムラ。
「え、だって私も探知出来ていましたし……。」
そう言ってちょっと唇を尖らすユウネ。
「まぁまぁ」と微笑みながらユウネの頭を撫でるディール。
「ありがとうユウネ。迎え撃つか。」
しかし、青ざめるアデル。
「ちょっと待って。それって、キラーエイプの集団じゃない?」
「キラーエイプ?」
頭を撫でられて顔を赤らめるユウネを睨みながらナルが尋ねる。
「凶悪な猿の魔物よ。群れることは稀にあるけど……300匹以上の群れって、異常よ。ちなみに危険度はB。個体でね。あと、人間の雌が大好物。」
ゾッとするナル。
単体で危険度Bは、相当な魔物である。
それが300匹以上の群れ。
「さすがに不味いわね。何とかやり過ごさなければ。」
「え、姉さん。迎え撃てばいいだろ?」
ディールの言葉にギョッとするアデル。
「迎え討つって、300匹以上のキラーエイプ相手に!? いくらこの馬車に私や十二将2人が同乗していても、さすがに300匹は……。」
「オレとユウネに任せてくれ。問題ない。」
そう言い、立ち上がるディールとユウネ。
「馬車を止めてください!」
叫ぶディール。
そのディールを制止するアデル。
「ちょっと待ちなさい! キラーエイプは素早いうえ毒まで持っているのよ! 私の魔法で馬車ごと姿を暗ませれば、難なく避けられる! 無用な戦いは避けるべき!」
「でも、危険な魔物なんだろ? 間引けるなら、間引いた方が?」
そのディールの言葉に「確かに……」と呟く、しかし。
「でもダメ! 危険すぎる!」
『あー、お二人さん。もう間もなくかち合うよー。そろそろ覚悟決めてー。』
呆れるホムラ。
そしてホムラは姿を消す。
つまり、ディールに “やっちまえ” という意思表示だ。
「まあ姉さん。オレとユウネの実力よくわからないだろ? そこで見ていてよ。」
そう言い、止まる馬車から降りるディールとユウネ。
「待ってディール! 私も!」
「ナルちゃん! 危険だわ!!」
ナルを制するアデル。
「ディールさん、この先からキラーエイプが?」
異常を察知し、馬車から降りるリュゲルが尋ねる。
「ああ。ユウネとホムラの探知だから間違いない。問題は無いが、そうだな。リュゲルさんは馬車とナルを守ってくれ。」
“ナルを守れ”
これほど、この男に効果的な言葉はない。
「了解した! ……ただ、危なそうならすぐにこちらに回る。無理はしないでくれよ、ディールさん。」
「ありがとう。」
そんな男二人に、意を決して声を掛けるシオン。
「ディ、ディ、ディールしゃん! わ、私も戦いますっ!!」
噛み噛みで顔も真っ赤なシオンが叫ぶ。
ムスッとするユウネ。
「シオンさんも馬車の護衛を頼む。手を煩わせないようにするから、安心してくれ。」
そのディールの言葉にポ~~と顔を赤らめるシオン。
思わず、ディールの腕にしがみ付きシオンを睨むユウネ。
「わかりました!」
シオンは背中の細長い剣を抜き、連合軍式の敬礼をする。
あまりの気合いの入りっぷりに少し引く、ディールとユウネであった。
「さて、ここは森の中だし、あまり暴れるとやばいかな?」
「そうね。一応、あちこちに弱めの “地爆星” を設置してみたけど、効くかなぁ。」
「仕事早いな、ユウネ。」
のほほん、と会話をするディールとユウネを見て、呆然とするアデル。
「まぁ、何言っても無駄かもなぁ。」
弟の性格をよく知る姉は、一応の防壁として、馬車全体に豪水魔法の防壁 “剛水障壁” を展開させた。
「おおっ! これが“四天王” の魔法…!」
「凄まじい、ですわね。」
驚愕するリュゲルとシオン。
何故か誇らしげの聖騎士団であった。
―さぁ、来たよ!―
ホムラの声。
ディールはホムラを構える。
『キキィッ!』
『キィ!』
森の奥から、20匹は超えるキラーエイプが襲い掛かってきた。
猿とは思えないほど、真っ赤な身体。
異様に長い爪と牙を持つ。
毒は、牙にある。
咬まれたらどんな屈強な戦士も、アウトだ。
「まずい! 来た!」
馬車の入口で、水の魔法の詠唱を紡ぐアデル。
そのアデルを守るナルが、剣を構える。
が。
『スピッ』
乾いた、剣線の音。
同時に、躰をバラバラにして落ちる、キラーエイプ達。
「…………は??」
アデルとナル、十二将の二人、そして聖騎士団。
全員、口をポカーンと開けて驚愕する。
何が起きたか、分からなかった。
『ズドドドドドドンッ』
続いて、左右から聞こえる爆発音。
森の中からあがる、土煙。
「え??」
一体、何が起きているか理解不能。
だが、キラーエイプの襲撃は止まらない。
「数が多い!」
「リュゲルさん! 私たちも出ましょう!!」
リュゲルとシオンがそれぞれ、対峙しようと出た、が。
『スピンッ』
『ドンッ』
目の前のディールとユウネが、難なく、キラーエイプの数を減らしていく。
二人はその持ち前の探知力で予めどこから魔物が現れるか察知し、姿を見せた時にはもう対処が終わっているのだ。
姿を現しては、駆逐されていく猿たち。
異様な光景。
キラーエイプ300匹の群れなど、普通巻き込まれたら蹂躙され、命など幾つあっても足りない。
そこで、認識阻害の魔法や防壁魔法の展開でやり過ごすのがセオリーだ。
だが、目の前の異様な恋人達は、姿を見せるキラーエイプの命を粛々と刈り取っていく。
唖然とする、リュゲルとシオン。
こんな戦い方があるのか?
この強さは一体?
十二将である自分達を、遥かに超えている。
ズン、ズン、ズン、
大地を揺らすような地響きを立て、そこに現れたのは体長10mを超える猿の化け物。
「嘘だろ!? グレーターエイプ!」
それは猿の魔物の最強種。
巨体と高い知能を有するグレーターエイプであった。
グレーターエイプは大木をなぎ倒し、それを掴み振り回す。
「でっかい、お猿さん!」
呑気な驚嘆の声をあげるユウネ。
「こいつは、オレが何とかする。」
ディールはホムラを片手に、グレーターエイプに対峙する。
その姿を見て騒ぐ面々。
「無謀だ! 一旦下がれ!」
「やめなさい、ディール!!」
グレーターエイプは、危険度Sの凶悪な魔物。
その巨体に知識、人間よりも悠久の時間を生きる、人類の敵。
グレーターエイプは多くの同胞を屠られ、怒りに我を忘れている。
すでに逃げ道無し。
その巨大な腕に捕まれた、大木を勢いよくディールに向かって振り下ろす。
「遅せえよ。」
大木ごと、腕を切り裂くディール。
『グギャアアアアア!!!』
叫ぶグレーターエイプ。
一瞬で飛翔し、グレーターエイプの顔先まで飛び立つディール。
「悪いな。」
そう呟き、ホムラを鞘に納めたまま、地面に降り立つ。
「え??」
「な、なんだ??」
ただ、ディールは飛んで、降りただけに見えた。
だが、グレーターエイプは微動だにしない。
次の瞬間。
『ズバッ』
その巨体が頭の先から胴、下半身と、真っ二つに斬れた。
見えない、抜刀。
見えない、斬撃。
見えない、納刀。
辛うじて見えたのは、同じくガンテツの修行を超えたユウネだけだった。
「お疲れ様、ディール。」
「ああ。ユウネもお疲れ。」
笑顔でディールに抱き着くユウネ。
それを笑顔で受け止める、ディール。
その隣から半透明のホムラが現れて『またそれか! いい加減にせい!』と制止する。
その姿を見て、呆然とする面々。
「ねぇ、強すぎない? ディールも、ユウネも……。」
ナルが呟く。
「ちょっと、これは、異常だわ。」
アデルも、目を点にして言う。
「確実に、私より強い……。ディールさん。」
リュゲルも呆然と言う。
その隣で、震えるシオン。
顔は真っ赤だ。
「シオンさん?」
「しゅ、しゅ、しゅごい……。」
目がハート。
完全にディールの虜だった。
「……私も、ナルさんをああやって守れる男になりたい。」
そんなシオンはさておき。
決意を新たにする、リュゲルであった。




