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第52話 ランバルト子爵領

「ディール様、ユウネ様、ホムラ様! 見えて参りました。あそこが今回の中継点となるランバルト子爵領でございます!」


レリック侯爵の馬車の業者が大声で伝える。


「これはまた……武骨な感じだな。」


馬車の正面窓から顔を出してディールが呟く。

見えるランバルト子爵領は、ゴツゴツとした煉瓦と岩壁で築き上げた城塞に囲まれているからだ。


「その通りです。ここが、連合軍本部フォーミッドの最南端でもありますので。」


ガルランド公爵国ランバルト子爵領。

武芸に秀で、多くの連合軍幹部を輩出しているガルランド公爵国きっての武家貴族。

その爵領は、見る者を圧倒する巨大な壁に覆われていた。


ランバルト子爵領は、四大公爵国に跨る巨大な連合軍本部フォーミッドの最南端の防衛拠点としての役割もある。

武家貴族であるランバルト子爵の代々がそういう性格なのか、その役割を全うするかのように壁はどこまでも続いていた。


御者はディールに続けて伝える。


「予定としては、1日こちらで滞在する予定です。馬の飼い葉の補給と休息に充てますので、ディール様達は宿でごゆるりとお休みいただき、よろしければ明日の朝の時間に出立したいと考えます。」

「ああ、それで構わない。世話になるがよろしく頼む。」


このランバルト子爵領から“土の神殿”まで、順調でも7日は掛かる。

費やした物資の補充だけでなく、安心できる場所でしっかりと馬を休ませたいのだ。


「そうか、明日には出立、か。」


少し残念そうに言うディール。

ハハハ、と笑う御者。


「お気持ちは分かりますよ。何たってここはランバルト子爵領。剣を握る者なら憧れる、かの【白夜の英雄】マイスター様の御生家ですからね!」


それを聞いたユウネが「白夜の英雄??」と尋ねる。


「ああ。連合軍の英雄マイスターの二つ名だ。“沈む事の無い太陽”って意味で、どんな苦境だろうと、どんな戦況だろうとひっくり返して連合軍に勝利をもたらしてきた本物の英雄。オレの兄さんも憧れる人なんだ!」


子供のように嬉しそうに語るディール。

そんなディールにうっすら笑ってホムラ(一部具現化)が答える。


『珍しい! ディールがそんなにはしゃいで言うなんて、よほどの大人物なのね!』

「よほど、なんて失礼だぞホムラ! 本物の英雄だ!」


目を輝かして語るディール。

若干引き気味で『う、うん、悪かった…』と言うホムラであった。


「そんな立派な方がお生まれになった場所なのね。ディールが興奮する気持ちも分かるよ。」


そう言い、ディールに寄り添って肩に頭を乗せるユウネ。

顔を赤くして「あ、ああ……」と呟くディール。


『またイチャイチャしやがって!! ユウネ! 暑苦しいからベタベタするな!』

「えー、これくらいは良いでしょ? ホムラさん。」

『私の前じゃ禁止だとあれほど!』


この道中、何かが吹っ切れたユウネ。

“この人は、私の恋人です”と言わんばかり、事あるごとにディールにべったりするのであった。

馬車内ではだいたいこんな感じ。

ホムラの前なら、フレンチキスくらいは平気となった。


野宿時も、テントは別だが眠りにつくまでディールのテントで寛ぐユウネ。

(これは御者の手前でもあったので、さすがに“事”にまでは発展していなかった)


ホムラのフラストレーションも溜まる一方である。


そして、そんなユウネに戸惑いを隠せないディールであった。

だが、ディール自身もユウネと恋人らしい事をしたい年頃であるし、照れはするが拒絶まではしない。

ユウネのすることを、素直に受け入れるのであった。


『あああー! はよ実体化の封印が解けないかなー! そっこーブッ刺してやるのに!!』


実体化の封印を施した、まだ見ぬ【紫電龍ライデン】(スイテン曰く“根暗で引きこもり”)に呪詛を紡ぎ、ホムラは苛立ちを募らせるのであった。



「ようこそランバルト子爵領へ。通行許可書を拝見する。」


ランバルト子爵領の門。

門番兵が一人ひとり、入場の確認を細かに行っている。

質実剛健のランバルト子爵の様子が伺える。


「私たちはレリック侯爵の者です。この先のラーグ公爵国との国境を越え、“土の神殿” 経由でフォーミッドへ入る予定です。」


御者の一人がレリック侯爵の通行証を開いて説明する。

頷く門番。


「ふむ。御者2人に馬車馬が3頭。乗車はハンター2人に、積み荷と。“土の神殿” への目的はなんだ?」

「巡礼です。ご乗車のハンター様は敬虔なグレバディス教徒でもあらせられます。」


方便である。

だが、そう言えば角が立たない。


「なるほど。だが規則のため、乗車しているお二人もハンター証の掲示を。」


そう言い、門番は馬車内に顔を出してディールとユウネに尋ねる。


「はいよ。」

「ど、どうぞ!」


ディールとユウネは、銀色に輝くハンター証を見せた。

それを見て、目を開く門番。


「び、Bランク!? この若さで!?」

「ああ。まだ新人だけどラーカル支部で実力を認められてね。疑うなら、ラーカル支部のガライオン支部長の書状も預かっているが?」


憮然と答えるディールに、目を丸々とさせる門番。


「ね、念のため見せてもらえないだろうか……」

「ああ、いいぞ。」


ディールはストレージバックから、ハンターギルドのラーカル支部長ガライオンが“困ったら出せ”と言って渡してくれた紹介状を手渡した。


それを広げ、さらに驚愕する門番達。


「ほ、ほ、本物だ。」

「“大盾”ガライオン様が、お認めになったハンター……」


さすが支部長にして“S”ランクハンターである、ガライオンである。

その武勇はランバルト子爵領にも響いていたのだ。


「大変失礼した。旅の御無事を祈ります。どうぞ、お通りください。」


ガライオンの紹介状をディールに戻し、笑顔で伝える門番。

その言葉に合わせ、子爵領の内部へ進む馬車。


御者の二人がひそひそ会話する。


「あの“大盾”からも認められているって……。ディール様とユウネ様ってどんだけ凄いんだよ。」

「これが『黒獣王』を倒したハンターか……。オレ、この仕事に就けて本当に感激しているよ……。」


知らず知らず、御者二人の心までバッチリ掴む、ディールとユウネであった。



――――



ランバルト子爵領の中。

中でもそれなりに評判の良い宿を取り、寛ぐディールとユウネ。


「……」


ソワソワして落ち着かないディール。

こんなディールは、初めてだ!


「町中、見たいんでしょ?」


にこやかに伝えるユウネ。


「あ、あぁ、でも……」


街並みも、武骨な石畳みと煉瓦で覆われた武人の町。

ユウネが好むようなケーキや紅茶の店は無い。


一応、貴族が泊まる宿もあるが、それこそ“貴族専用”であった。

いくらレリック伯爵の賓客扱いのディールとユウネだとしても、正真正銘の貴族が同伴しなければ宿泊は叶わないのだ。


うふふ、と笑うユウネ。


「私は平気だよ。その、ディールと、一緒なら。」


顔を赤らめて伝えるユウネ。

その言葉にボン! と赤くなるディール。


「そ、そうか……。じゃあ、一緒に行くか?」

「もちろん!」


ユウネはディールに飛びつき、頬に軽くキスをする。

そしてディールの腕にしがみつく。


―こぉらー!! イチャイチャ禁止だとあれ程言っているのに! この乳おん…―

「何か言ったかな? ホムラさぁん?」


“あれほど胸の事は禁句だと言ったのに”


頭を抱えて項垂れるディールに、剣なのにガタガタ震えるようなホムラ。

余談だが、ホムラの巨乳に対する憎悪の原因は、碧海龍スイテンである。

ホムラの実体が、少女というか、胸が少し控えめなのも影響しているのだろう。


「さあ、行きましょう!」


ユウネに促され、ディールと剣帯に収まるホムラはランバルト子爵領の町へと繰り出すのであった。



――――



ランバルト子爵領の街並み。


武骨な町づくりであるが、店舗や料理店などが整然と並んでおり、それなりに活気がある。

待ちゆく人も、騎士や兵、それにハンターなど戦闘を生業としている者が大半であった。

その殆どが、男。


異常なほど可憐な女性、ユウネと腕を組んで歩く端正な男、ディール。

二人は否が応でも目立ったのだ。


「ちっ、あいつ……あんな良い女を侍らして。」

「見せつけやがって。むかつく……」

「半端ないイケメンだからか? あんな美少女を!」


そんな呪詛が、あちこちから聞こえる。


「な、なぁユウネ。せめて手を繋いで歩かないか? 周りの視線が怖い…」

「ディールは、私と腕を組んで歩くの、嫌?」


目を潤ませて上目遣いで尋ねるユウネ。


「いや。このままで行こう。」

「ありがとう、ディール!」


顔を真っ赤にさせて同意するディールと、嬉しそうに破顔するユウネ。

周りの男たちは、目から血涙が出しながら憤慨するのであった。


ふと、ディールは一つの店の前で立ち止まる。

その店のウィンドウをジッと見る。


「どうしたの、ディール? あ、ここ武器屋ね。」

―私が居るのに、何か気になる武器でもあるのー?―


女性二人からの声。

ディールは「ああ……」と気の無い返事をしていたが、急に


「ユウネ! この店、入っていいか!?」


と尋ねる。


「え、ええ。もちろん……」


少したじろくユウネ。

武器屋に一体何の用事だろう?



「いらっしゃーい。」


店員の若い女がぶっきらぼうに告げる。


「少し、見てもいいか?」


ディールは店員に尋ねる。

店員の目線は、ディールの腕にしがみつくユウネに向けられる。


「はぁ~。うちは熱々カップルに売るような小洒落た物は売っていないんだけどねえ。ま、折角だらか見ていってよ。」


その物言いにムッとするユウネ。

だが、ディールの腕に回す手を、ディールが優しく握り返したため、気持ちが落ち着いた。


「悪いな。ちょっと見るだけだ。」


そう言い、ディールは外のウィンドウから見えた一本の剣を眺める。



“白銀の剣”だった。



「お! お客さん、熱々カップルの割にはお目が高いね!」


店員の女が茶化すように言う。

そこに掲示された値段は……


「これ、一本で金貨250枚!?」


ユウネは唖然とする。

スラリと伸びた白銀が輝く、美しい剣。

さぞ高いのだろうな、くらいに思っていた。


しかし、金貨250枚とは。

普通の町なら豪邸が建つ値段である。


「当然だろ?」


面倒臭そうにしていた店員の女は立ち上がり、ディールとユウネの傍に来る。


「これ、フォーミッド中心部に工房を構える天才鍛冶師、アゼイド・セイスの作品だぜ? それも“鍛冶の鍛錬用”と言って打った白銀の剣だ。金貨250枚が妥当ってもんだろ。」

「鍛錬で作った剣が、金貨250枚!?」


驚愕するユウネ。

ディールも口にはしないが、目を見開いて驚く。


「あはははは! 納得できないって? あんたら、アゼイド師の事は知っているのかい!?」


笑いながら伝える店主。


「……そう言えば、サスマン市のギルド職員の人が、言っていたような。」


ユウネの呟き。

それでディールも思い出す。

金剛天鋼を売った時、1枚で金貨100枚の価値が付いた時に確か『アゼイド師ならこの値段で買う』と言われた。


だが、それだけだ。


知らない事に気付いた店主は、鼻でフンと息をする。


「知らないみたいだね。彼氏、すっごい剣持っているくせにね。」


ディールの剣帯にあるホムラを見て言う店主。

ディールもカチンと来る。


「この魔剣は特別製でね。それよりも、そんなに凄い人物かよ? アゼイドって。」


その物言いに、目を丸くして店主は言う。


「マジで知らないんだな! とんだ低ランクハンターなんだな。ハンターや連合軍の兵なら知っておくべきだね。最高の鍛冶師、アゼイド師のことを!」

「低ランクで悪かったな。この程度で。」


店主の物言いに頭にきたディールは、チラリと銀のハンター証を見せる。

驚愕する店主。


「Bランクだったのかい! これは失礼しました! さすが色男の旦那、強そうだ!」


急に手のひらを返し遜る店主の女。

嫌悪感丸出しで睨む、ディールとユウネ。

たじろく店主。


「ア、アゼイド師って、フォーミッドでも並ぶ者の居ないっていう鍛冶職人さ。かの十二将主席シエラ・マーキュリー様の魔剣を作り上げた名匠でさ、 強力すぎる能力のせいで普通の魔剣だと耐え切れずすぐぶっ壊れるっていうのを解決した、凄腕の鍛冶職人のことだよ! しかも、超イケメン! あたしら武器を扱う者の中で一番人気なんだよ。」


その言葉で、ディールは思い出した。

確か、兄ゴードンがフォーミッドで出会った、もう一人の親友。

それが、確か“アゼイド”という名前の鍛冶職人であったはずだ。


「で、この白銀の剣は、彼が普段、鍛冶の腕を落とさないように鍛錬するために作るものさ。それでも、そんじょそこらの剣よりも遥かに良質で、魔力を込めればそれは強力な魔剣に生まれ変わるってものさ!」


まるで自分の事のように白銀の剣を紹介する女店主。


「通常の白銀の剣なら、金貨40枚が妥当ってもんさ。だけどこのクオリティ。とても鍛錬用とは思えないだろ! 金貨250枚だけど、もし今日即金で買ってくれるなら金貨230枚にまけるが、どうだい!?」

「いや……いい。」


そう言い、ディールはユウネを連れて店の外へ出た。



―何あれー! むかつくー!―


ホムラも憤慨して叫ぶ。


「ホムラさんの言う通りです。よりによって、私のディールをそんな風に言うなんて許せない!」


ディールの腕にしがみ付きながら同じく憤慨するユウネ。

“私のディール”という言葉に、ホムラはまたイラ付き、ディールは照れる。


「でも、どうしたのディール? あの剣を見てから様子がおかしかったけど……」


ユウネが心配そうに尋ねる。

恋人であるユウネに、隠し事は無しだな。


「あの剣……。昔、兄さんがオレに渡してくれたものと同じだったんだ。」


その言葉に驚愕するユウネとホムラ。


「え! そんな凄い剣をディールが持っていたってこと!?」


―凄いじゃない! それをくれるお兄さんも凄いけど!―


だが。


「……あの日、村人に襲われた時に折れたんだ。その後に襲われたミノタウロス野郎との闘いで、完全に砕けたが。」


後悔するように呟くディール。

そこまで価値のある剣だったとは知らなかった。


村人からの襲撃に、我を失い、無理な攻撃を繰り返した自分。

相手の力量も計れず、無理に振るったため砕け散った、大切な剣。


未熟な自分の所為だ。


「兄さんが、オレなら使いこなせると信じて渡してくれたあの剣を、オレは無駄に振るい、粉々にしてしまったんだ。兄さんにも、そのアゼイドさんにも、申し訳ないよ。」


俯くディール。

そんなディールを、思い切り抓るユウネ。


「いっ!?」

「ディール、そんな事言わないで。」


涙を浮かべるユウネ。

そのユウネの言葉にホムラが続く。


―そんな大変な事があったけど、結果的に私に会えたでしょ!―


そうだ。

その後、ホムラに出会えた。


「そして、私と私の村を、ホムラさんと一緒に救ってくれた。」


そうだ。

その後、ユウネに出会えた。


「結果は結果かもしれないけど……。その剣のおかげでディールは命を繋いだのも事実じゃないかな。だったら、無駄に振るって壊したわけじゃないよ。お兄さんから頂いたその剣が、ディールの命を守ったのよ。」


どこか、兄に感じていた後ろめたさ。

自分を信じて渡してくれた、凄腕鍛冶職人の白銀の剣。


それを“壊してしまった”という、後悔。


今、その大きな棘が、小さくなった気がした。


そうだ。

結果はどうあれ、あの剣のおかげで命を紡ぎ、ホムラとユウネに出会ったんだ。


―だからかな? 私のことも大切にしてくれるのも。もう剣を折りたくない! って気持ちが凄く感じるから―


照れくさそうに言うホムラ。

意識的に、無意識に、そのように扱っていたのだろう。


そうだ。

もう、あの時の絶望感は味わいたくない。

愛剣を失う、あの恐怖を。


そして、同時に。

愛する人を失う、恐怖を。

味わいたく、ない!



ディールは、人目を憚らずユウネを抱きしめる。


「ディ、ディール!?」

「ありがとう、ユウネ。ありがとう、ホムラ。」


顔を真っ赤にして言うユウネに、礼を述べる。

何度救ってもらったか。

ホムラにも、ユウネにも。


命も、心も。


「ありがとう。」


何度紡いでも、足りない。

この恩を、愛を、一生掛けて返していきたい。



改めて、決意するディールであった。


そして、会って必ずお礼を伝えよう。

兄ゴードンと、未だ見ぬ凄腕鍛冶職人。

兄の親友、アゼイドに。

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