第53話 神殿森林での邂逅
ランバルト子爵領で1日過ごしたディールとユウネ。
“白銀の剣”のあった武器屋の後は、恒例の食材追加。
宿に戻り、ストレージバックの中身を数枚の金貨だけにして、ユウネと一緒に食材を選び、買う。
買い出した食材や食糧がストレージバックの容量限界までになったところで、宿に戻り、ユウネの右手薬指に光るアーカイブリングへ移す作業を行う。
と言っても、ストレージバックから全部出して、それをアーカイブリングへ全部入れるだけ。
作業は一瞬で終わる。
そんなこんなで食材屋や屋台などを一通り巡り、様々な食材と食糧を収めるディールとユウネであった。
「アーカイブリングの限界容量のだいたい7割。その殆どが食料って……。」
ラーグ公爵国内の“土の神殿”へ向かう馬車に揺られながら呆れ顔で言うユウネ。
その言葉に頭を掻くディール。
「備えあればってね。異空間収納アイテムは、同じ異空間収納アイテムか生き物以外を収められるだけでなく、時間停止効果もあるから腐らないし、容量的に余裕があるならそれに越したことは無いだろ?」
「そんな事を言うディールにクイズです。二人で何日分でしょうか?」
ニコニコ笑うユウネ。
ディールは少し唸り…
「5カ月……、いや、半年分?」
「ぶぶーー! 正解は、1年分です!」
「うげ!?」
今回立ち寄ったランバルト子爵領だけでなく、前回の温泉郷ヒルーガ、それにサスマン市と、立ち寄る度に食材買い出しループを行っていた。
生まれ故郷を追われた経験。
魔窟での彷徨った経験。
この二つの経験が、ディールの心に深く影を落としている。
“生き延びるためには何が必要か?”
単純な強さも必要だが、それよりも大切なのは“安全の確保”と“食べ物”である。
それを心身に刻み、自身の行動原則となってしまっているのだ。
例の黄金装備ミノタウロスから手にした金剛天鋼という希少金属がまだ43枚も所有していること、それが1枚金貨100枚で売れるということ。
さらに、それを売った時に得た金がまだ潤沢にあること。
この行動原則と手元にある資金によって、 “食べ物”の確保に走ってしまうのであった。
買わずにはいられない。
確保しないと落ち着かない。
ディールの心の闇は、深い。
その結果、何とディールとユウネが飲み食いするに、1年分もの食材と食糧が詰まることとなったのだ。
最も、1年分というのはユウネの大体の見立てであるため実際の消費量とかにより差異が生じる。
だが、それでもとてつもない量が収められているのには間違いない。
「私も止めなかったし、ディールと一緒にお買い物に行けるのは、その、嬉しいし楽しかったから……。」
顔を赤らめるユウネ。
ディールも照れながら頬を掻く。
「でも、でも! いくらなんでも多すぎだと思うの! お金も沢山あるかもだけど、いつ何があるか分からないんだし、余分なお買い物は控えよう! 節約と節制、私たちにはこれが足りないのかもしれないの!」
ユウネも反省している。
国境町メイスで、ディールとの初デート。
そこで味わった、タルトと紅茶。
あれからユウネはすっかりケーキと紅茶の虜だ。
だが、庶民でなく貴族が口にするような美味しいケーキや紅茶は普通の店にはない。
それを理解しているディールは、何も言わず、ユウネのために良い宿を取り、宿の従業員に美味しいケーキや紅茶をわざわざ用意させたのであった。
嬉しい。だけど!!
いくらお金や高額取引の換金素材がたっぷりあるとしても、このペースでは早々に破綻する。
ディールもユウネも慎ましい生活を送っていた反面、突然、見た事もない大金を得てしまったが故の暴走でもあった。
晴れてディールと恋人同士となったユウネは危惧する。
もし、この人と夫婦となり生活を共にすることとなれば……今の金銭感覚ではダメだ。
今のうちに正し、抑えるべきところは抑えないと!
ユウネはズイッとディールの顔に近づく。
「沢山お金を持って、自分達を見失っていた結果だと思うの。食材はもう十分にあります。ディールがどんな料理を食べたいだろうと、そのリクエストに応えられるくらい、種類も豊富! 出来合いの食糧もたんまり。だから、しばらくは買い物禁止で!」
顔を赤くして、ディールは「わ、わ、わかった!」と答えるのであった。
見つめる二人。
距離の近い、顔と顔。
「……分かってもらえたなら、良かった。お金を預かる、その、彼女として、今後の事を考えると、今の状況はダメだと思った、から……。」
目を潤ませ、頬を赤らめてユウネは呟くように伝える。
ディールも、ユウネの目を真っ直ぐ見て、伝える。
「悪かった。オレは、色々と心配性だったのかもしれない。これからはユウネの意見や考えもちゃんと尊重するよ。おかしい、変だな、って思ったら…その、遠慮なく話してほしい。ほら、オレ達……」
ディールは、唾を一つ飲み込み、意を決して言う。
「……恋人、同士だから、な。」
ユウネの顔が真っ赤に染まる。
そして、微笑む。
「ディール……ありがとう。」
「ユウネ……」
二人は、目を徐々に細め、顔を近づけ、
その唇と唇を、
『はいはいはいはいー!!私の存在を忘れている訳じゃないよねぇ!お二人さぁぁあん!?』
剣から半透明の身体を現し、額に青筋を立てる赤髪ツインテール美少女が大声で言う。
その声で、バッ!と離れるディールとユウネ。
『二人で1年分の食糧だぁ!? 私が実体化までたどり着いたら、そんなの一月で食い尽くしてやるから覚悟しておきなさいよ! ユウネ、お肉たっぷりのシチューとお魚の香草焼き、私にも食べさせるのよ!』
ディールとユウネに指を差して叫ぶホムラ。
“封印を解けば実体化できる”
“食事も食べられるし、服も着られる”
スイテンから得た情報で、俄然やる気になったホムラであった。
ホムラがどうしてもやりたい事。
それは、本当に美味しそうなユウネの料理を、本当に美味しそうに食べるディール。
“私も一緒に食べたい!!”
その欲求がホムラを突き動かすのであった。
「あはははは! 分かりました、約束しますね、ホムラさん。」
『約束よ! ディールの3倍は食べるからね、私!』
「……そんなに食える身体付きとは思えないんだが。」
ユウネとホムラのやり取りにちゃちゃを入れるディール。
「ディール、それは失礼よ……」
『まさかぁ……私の胸の事を言っているわけじゃないよねえ?』
「そんな訳ないだろっ!?」
女性二人からの厳しい視線と突っ込み。
ディールは盛大に汗を垂れ流して弁明するしかなかった。
――――
「ディール様、ユウネ様。それにホムラ様。いよいよここから“神殿森林”となります。」
ランバルト子爵領を出発して3日。
行程は順調で、ラーグ公爵国へと足を進めた。
そしていよいよ“土の神殿”への道中で最も難関な場所へと進むのだ。
“神殿森林”
“土の神殿”は、“水の神殿”のような観光地では無い。
“神殿森林”と呼ばれる深い森の中に、荘厳と立つ、まさしく“神殿”であるのだ。
グレバディス教徒の神殿巡礼でも、一番の難所とされる“土の神殿”
何故なら、この“神殿森林”には凶悪な魔物が蔓延っているからだ。
代表的なのは、危険度Cの“フォレストウルフ”
統率力に優れ、群れを成して様々な戦法で旅人を襲う、森の狩人。
続いて危険なのが、危険度Bの“ギガントトロール”
その巨体からは想像できない機敏な動きを見せる、緑色のトロール。
若干ながら知性もあり、狡猾な戦法もとることもある。
さらに、通常のハンターでは太刀打ちできない危険度Aの魔物。
“ワイバーン”
魔物の最強種“竜種”の一つで、空の王者と称されるその魔物。
ギガントトロールのような巨体を持ちながら、悠々自適に空を舞い、群れを成して獲物を狙う凶悪な魔物。
その爪には毒があり、鋸のような歯を持つ口からは、火のブレスも吐く。
飛翔種でもあるため、攻撃も当てづらい。
何より、その異常なまでの移動速度。
加えて、竜種に共通する魔法に対する抵抗力の高さ。
まさに死角なし、である。
そして、そのワイバーンを凌駕する強力な魔物が存在する。
“二つ名持ち”
その名も『金眼鷲』
危険度Aであるが、数少ない希少魔物グリフォン。
そのグリフォンの中でも群を抜いて強靭な“二つ名持ち”が、この森に生息しているのだった。
「本来、ここに訪れるためには、最低Bランク、推奨Aランクハンターのパーティーの同行が必須条件であり、同時に我らラーグ公爵国の守護神である旦那様……レリック侯爵家からの通行証が必要とされる場所であります。そこまでしなければ、我ら御者も死にに行くようなところですから。」
御者の一人が顔を青ざめながら伝える。
「『金眼鷲』は気まぐれで、滅多に遭遇しな上そこまで好戦的では無いと聞くためあまり警戒する必要はありません。問題は、数も多く狡猾なフォレストウルフ、狙った獲物は絶対に逃がさないギガントトロール。そして……」
もう一人の御者も身体を震えさせながら伝える。
「空の王者、ワーバーン。……最初に断っておきます。もしワイバーンの群れに遭遇したら、馬を犠牲にして“神殿森林”の外まで逃げましょう。ラーグ公爵国内でも別格扱いの魔物ですので、どうかご容赦ください。」
「ああ。構わない。」
ディールは深い森を睨みながら答える。
どんな強敵や魔物が現れようとも。
守る。
ユウネを、守る。
不意に、ディールの手を握る、ユウネ。
「ディール、私もいる。守られているだけのか弱い女じゃない。私は【神子】。貴方の役に立つはず。」
そんなユウネの言葉に、笑顔になるディール。
そうだ、ユウネは守られるばかりの女じゃない。
【加護無し】の落ちこぼれである自分とは違う、最高位加護【神子】の、寵児だ。
「よし、行こう!」
ディールの声と合わせ、馬車はゆっくりと“神殿森林”の中へ入っていった。
――――
『ギャア!』
『グギィ!!』
“神殿森林”へ入ってわずか。
早速、フォレストウルフの集団の洗礼を受ける一向。
だが、封印の解放により能力が爆上げとなったホムラである。
周囲5km内に敵意を持つ魔物の索敵は完了していた。
そこで迎え討つ、フォレストウルフという獲物。
ディールは馬車の幌の上に乗り、新たに目覚めたホムラの“炎斬”で火の斬撃を飛ばし、フォレストウルフを一体、また一体と確実に葬っていく。
「『星連弾』!!」
同じく馬車の後ろ窓から身を乗り出し、ユウネが魔法を紡ぐ。
小さめの星の礫が無数に空を浮かび、確実にフォレストウルフの眉間や胴体を貫いていく。
わずか1分。
20匹はいたであろうフォレストウルフの集団は、全滅したのであった。
「凄いな、ユウネ!」
幌から降り、馬車内に入るディール。
そのディールに抱き着いて迎えるユウネ。
「ディールとホムラさんこそ凄いよ! 一気にリーダーみたいな狼を焼き斬っちゃうんだもん。私なんて後処理のような感じで、とても楽だったよ。」
「いや、それでもあの数のフォレストウルフを狙い打つなんて芸当、普通は出来ないって。流石ユウネだ。」
「えへへ、ありがとうディール。その、ディールも、凄く恰好良かったよ……」
抱き合いながらお互いの健闘を称えるディールとユウネ。
ディールの剣帯から、二人の間に入るようにホムラが半実体を現す。
『はいはいはいー。キリ無いからそこまでにしようねー。あ、御者の皆さんー、しばらく魔物に遭わないだろうから安心して進めてくださーい!』
ホムラの大声に
“わかりましたー!”
“ホムラ様、ありがとうございます!”
と答える御者二人。
そして、ホムラを挟む形となり、真っ赤になるディールとユウネ。
『全く。毎回そうやって抱き合わないと気が済まないの!? 何度も言うけど、私のこと忘れるな!』
憤慨するホムラ。
しぶしぶ離れるユウネと、顔を真っ赤にするディールであった。
「……なんかホムラさん、姑さんみたい。」
『な、な、なんだとぉ!? 言ったな乳女!』
「だ、誰が乳女ですか!!」
半透明のホムラと胸を両手で抑えて憤慨するユウネ。
二人の背中に、何故か竜と虎が威嚇し合っている幻影が見え、震えるディールであった。
その時。
急にホムラが険しい顔になり叫ぶ。
『気を付けて! 何かが凄い勢いでこっちにくる!』
ディールとユウネは即座に臨戦体勢を取り外を見る。
すると……。
『そこで止まれよニンゲンよ。話がある。』
轟音と共に降り立つ、影。
そこに居たのは、5mはあろうかの巨体。
獅子の身体に、鷲の頭と翼。
危険度A該当の魔物、グリフォン。
その“二つ名持ち”である、『金眼鷲』であった。
「おいおい!森に入ったばかりで遭遇って、オレ達よほど運が良いな!」
剣に戻ったホムラを構え、ディールが外へ飛び出す。
「運が悪い、の間違えじゃないかな!?」
そしてユウネも外へと出る。
二人は、馬車を守るように『金眼鷲』と対峙する。
だが、『金眼鷲』は悠然と答える。
『そう殺気立つな。我はお前達が狼共の襲撃を受けていたから、守るために降り立ったのだ。最も、すでにあの狼達を根絶やしにした後であったので少々驚いたが。』
その言葉に全員驚愕する。
「守る……だと!? どういう事だ!」
ディールの叫びに『金眼鷲』はその巨体を地面に預け、続ける。
『我が敬愛する【金剛龍ガンテツ】様からのご命令でな。そこのお前とお前を迎えよとの事だ。馬と馬の上に居るニンゲンは早々にこの森から立ち去るならば、安全は約束しよう。』
―ガンテツですって!?―
ホムラが叫ぶ。
当然、その叫びは『金眼鷲』には聞こえていない。
代わりにディールが尋ねる。
「ガンテツだと!? 確かにオレ達はそいつに用が合って向かっているが……。お前は一体!?」
『我はガンテツ様の忠実な僕だ。お主らの訪れを首を長くして待っておられる。我の背に乗れ。“土の神殿”まで案内しよう。』
そう言い『金眼鷲』はぐるりと背を向けてディールとユウネに促す。
まるで無防備。
今、ホムラを刺すことも出来る。
当然そのリスクも承知済みである『金眼鷲』だろう。
だとすると、こいつの言っていることは本当か?
「ユウネ。」
ディールはユウネを見る。
「私はディールの行くところに付いていくわ。何があっても。」
笑顔で応えるユウネ。
腹は、決まった。
「もし、お前が妙な気を起こしたら即座に切り伏せる。例え空中でもオレ達は助かる術を持っている。お前がもし何かを企てていたとしても、それを覆す力がオレ達にあるが、それでも構わないのだな?」
例え空から落とされても、ユウネの“星盾”なら衝撃を和らげられる。
またディール自身も“熱練”を発動すれば、まぁ何とかなるだろう、と考えているのだ。
ディールの言葉に一瞬キョトンとし、次いで大笑いする『金眼鷲』
『ははは、素晴らしい! 我の姿を見て啖呵を切ったニンゲンはお前が初めてだ。気に入った。安心しろ、ガンテツ様の元へ送り届けるのが我の務め。もし我が一瞬でも妙な気を起こすようなものなら、その火の魔剣で遠慮なく首を跳ねろ。』
その言葉を聞き、頷きあうディールとユウネ。
「あ、あの! 私たちは……」
「どうなるか分からない。お二人はランバルト子爵領まで戻っていただいて構わない。もし、10日経っても戻らなかったら、レリック侯爵領まで戻ってくれ。」
ディールの提案に、御者二人は焦る。
「お待ちください! 我々は貴方達二人をフォーミッドまで送る使命を帯びています! それを放棄して侯爵領まで戻るなんて出来ません!!」
「しかし……」
『我に任せよ。ガンテツ様の用件が終わり次第、我がこの二人を次なる目的地まで運ぼう。それでどうだ?』
御者とディールとのやり取りに『金眼鷲』が提案する。
信用は出来ないが……。
「それで構わない。そういう事だ、皆さん。」
「ディ、ディール様……」
「お二人は無事にオレ達をフォーミッドまで運んだ。嘘は言っていない。ランバルト子爵領がフォーミッドの端であるなら、お二人はその役目を全うしたことになる。」
ディールの言葉に俯く二人。
はっきり言って詭弁である。
だが、ディールとユウネの決意は固い。
「……分かりました。どうか、ご無事で!」
御者二人は頭を下げ、馬車に乗りこみ、“神殿森林”の入口へと向かう。
せめてをも、と積み荷のストレージボックスをいくつか置いて行った。
馬車が見えなくなったところで、そのストレージボックスの中身を全部アーカイブリングへ収納するユウネ。
「……また食材が、増えた。」
量的には、プラス2ヶ月分。
食べ物に困らない旅になるのはありがたいが、何かがおかしいと頭を抱えるユウネであった。
『さぁ良いかな? 我の背に乗れ、勇者達よ。』
「よし、頼むぜ『金眼鷲』」
ディールとユウネは『金眼鷲』の背中に乗り“神殿森林”の空を舞うのであった。
目指すは【金剛龍ガンテツ】の待つ“土の神殿”だ。
ユウネが呆れるほどの大量の食材。
それがまさか、“土の神殿”で大いに役立つことになるとは、この時は思いもしなかったのだった。




