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閑話15 戦争の足音

「おめでたですね。」


他のウェイトレスによって呼ばれた医者によって、驚くべき事実が告げられた。


「嘘ぉっ!?」


それに驚愕するテレジと、従業員一同。


「おめでとうございます、オーナー!」


ニコニコと笑って祝福する副料理長。

元々、つわりでは?と思っていたのだった。

他の従業員も「キャーー!」と騒ぎ、テレジを祝福するのであった。


ゴードンと結ばれてから3カ月。

まさか、こんなに早く彼との子を宿すとは。


テレジは真っ赤になって、そして、涙を流した。


「私、お母さんになるんだ……」

「そうですよ。お店の事は私たちに任せて、オーナーはお腹の赤ちゃんのことだけ専念してください。困った事があれば私に何でも聞いて、頼ってくださいね!」


すでに子供が大きく、手のかからなくなった副料理長が笑顔で告げる。


「良かったですねオーナー! しかも英雄ゴードン様とのお子様ですよ! きっと、いえ、絶対凄い【加護】をお持ちになるはずですよ!」


興奮したウェイトレスの一人が言う。

その言葉に、ナルは伏せる。

そんなナルを見てテレジはため息を一つ。


「ありがとう。でも先の事はわからないわ。皆、色々迷惑を掛けるけどこれからもよろしくね! さぁ、今日はもう店じまいにするから、片付け終わったら各自解散してね!」


テレジのその言葉を受け、それぞれ持ち場に戻る従業員たち。

テレジは伏せるナルに声を掛ける。


「嫌な事を思い出させちゃったな。」

「いえ……。オーナー、本当におめでとうございます。私、オーナーの分まで頑張って働きますね!」

「ったく。無理しなくていいから。」


目を丸くするナル。


「分かっているよ。そう長くここに居ようとは思っていないことも。」

「そ、それは……」

「私やお客さんの事は考えなくてもいい。ナルちゃんが一番したいことを、優先させるんだよ!」


そう言ってテレジは立ち上がり、店内へ向かった、その時。


「ナルちゃん、おいで!」


テレジの声が響く。

ナルが店内へ戻るとすでに客は居ないが、一人だけ。

リュゲルがまだ居たのだ。


「リュ、リュゲルさん!?」

「ごめんなさい、テレジさん。ナルさん。ナルさんが……あまりにいつもと様子が違ったので、心配になって。」


いつも笑顔で元気いっぱいのリュゲルとは思えないほど、顔を顰めて心底心配そうに呟くのであった。


「心配かけちまったね、リュゲルさん。大丈夫よ。私のお腹に子供が出来ちゃってね、その影響かフラッってきたのをナルちゃんが心配してくれたのさ。もう大丈夫よ。」


その言葉に目を見開いて驚くリュゲル。


「ええ!? ってことは、ゴードンさんとの……?」

「あんまり周りに言いふらさないでおくれ。医者にもまだまだって言われたし、あまりはしゃぐなって釘を刺されているんだよ。」


照れくさそうに告げるテレジに、嬉しそうに破顔するリュゲル。


「おめでとうございます、テレジさん! それでナルさんはあんなに不安そうな顔をしていたんですね! 本当にお優しい方。益々素敵ですね!」


いつもの調子でナルに笑顔を向ける。

その様子に、顔を赤くしてナルが答える。


「リュ、リュゲルさん、心配お掛けしました。でも、私は……。」

「知っていますよ! 想っている人がいることくらい!」


笑顔で応えるリュゲル。

その言葉に目を見開いて驚くナル。


「でも、それが何だと言うのですか! 私の父上が言っておりました。“男は、惚れた女がいたら全力で尽くせ”と! 父も、最初は母に全く相手にされなかったみたいですが今ではあんなに仲睦まじく過ごしています! 私は、諦めませんよ!」


胸を張って宣言するリュゲル。

おおー、と手を叩くテレジに、さらに顔を真っ赤にするナル。


自分は、あの幼馴染を追って、フォーミッド中心部まで来た。


生きているのか、それとも…。

それが分からないが、彼を想いここまで来た。


ディールが好きなのは、間違いない。


だけど目の前のリュゲルは、それでも良いと、眩しいくらいの笑顔を見せる。



揺れる気持ち。

自分の気持ちは、ここまで追ってきた自分はこの程度で揺れ動くものだったの?


それはまるで、あの日、手のひらを一斉に返した故郷の人々と同じではないか?


嫌悪感と、罪悪感。

心が、締め付けられる。


ふっと、手を握られる。

暖かで、大きな手。

少しゴツゴツしたその手は、鍛錬を怠らない、戦士の手。


「私は、ナルさんに変わらぬ気持ちを伝え続けます。だけど、待ちません。貴女は、貴女の幸せを求め、私はその幸せを、誰よりも願っています。」


優しく微笑むリュゲル。

涙が、溢れる。


ディールが“生きている”と言われたあの日。

次の日に見た、彼の兄ゴードンの笑顔。


ディールに会えるその日まで、もう、泣かないと心に誓った、はずだった。


こんな、私が?

“ガルランドの幽鬼”と恐れ、避けられていた、私を?

今もまだ、大好きなディールの後を追いかける、私に?


そんなもの、願った日は無かった。

なのに、目の前のリュゲルはそれすら受け止め、ナルの幸せまで考えてくれているのだ。


「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「ナ、ナルさん!!」


号泣するナルにたじろくリュゲル。

そんな二人を見て笑顔で、やれやれ、と呟くテレジ。


「あー、それにしても私の愛しの旦那様はまだ帰ってこないのかな?」


そのセリフはまるで親友シエラのようだ。


恋をして、愛を求めて止まないシエラ。

彼女の言葉を“まーた、アホな事言っているわ”と笑っていた自分。


それがまさか、自分に愛する人が出来て、彼女シエラよりも先に子を宿すことになるなんて!


これをシエラが聞いたらどんな顔をするかな?


怒るかな?

泣いちゃうかな?

笑顔で祝福してくれるかな?


たぶん、全部だ。

大好きな、親友シエラ


そして、最愛のゴードン


早く帰ってきてほしい。

そして、伝えたい。


私と貴方の、子供ができたの!


きっと、彼も泣いて、笑って、大いに喜んでくれるだろう。

それが、弟を亡くしたかもしれないと、心に大きな傷を負っている彼の一助になればいいな。

もしもの時は、彼の生き甲斐になればいいな。


今日から私は ”テレジ・スカイハート”

ゴードンと結ばれ、愛する彼との子供を宿した、この身体。


女神様に、感謝しなくちゃ、ね!



そんなことを想いながら、泣きじゃくるナルと慰めるリュゲルを温かな目で見守るテレジ。


「それにしても、遅いなぁ。」


その時、テレジの店のドアが大きくノックされた。


「夜分失礼します! こちらにリュゲル軍団長はいらっしゃいますか!?」


男の声。


「!? どうした、私はここにいるぞ!」


驚きと焦りの表情で、リュゲルは叫ぶ。

泣きじゃくっていたナルも、驚愕する。


「リュゲル、軍団長!?」

「あぁ、言ってなかったね。リュゲルさんは第10軍団の軍団長さ。そして何を隠そう…」


テレジが説明しようとした時、兵が二人、店に駆け込んできた。

どうやら二人の目的は別々のようだ。


「ハァハァ……失礼します! 私から報告を…」

「ハァハァ……待て、まずはこちらから報告を…」


肩で息を切らしながらにらみ合う二人の兵。


「どちらでもいい! まずは右のお前から報告を!」


リュゲルは向かって右の兵を指名した。

兵は「ハッ!」と敬礼をしてリュゲルに告げる。


「リュゲル軍団長! フォーミッドと帝国の戦線……紫電霊峰の麓にて、帝国軍が大挙して現れたとの報告です! これより軍団長会議、および十二将会議が開催されます。軍団長は至急、十二将官邸へ集合せよとのご命令です! なお、第10軍は、お父上…いえ、十二将第10席レオン様の十二将専決権により、進軍体制の準備を進めております! 以上っ!」


その言葉に、リュゲルとナルは目を丸くする。


帝国軍の進軍。

それもこんな夜中での報告。

状況は、悪いということだ。


ナルは別の事で驚愕する。


「お、お父上が、レオン国王、陛下!?」

「あ、いや、その……」


明らかに動揺するリュゲル。


毎日、健気にテレジの店に通い、ナルに元気いっぱいの笑顔と好意を向けていた少年。

自分と同じか、少し上の年齢なのか。

しかしそれなりに整った装備であるから、身分はそこそこ高いと思っていた。


それが、まさか。

自分の生まれ故郷であるガルランド公爵国国王の、公爵令息。

王子様であったのだ!!


「そ、そんな事はどうでもいいです、ナルさん! それよりももう一人のお前、報告は!?」


リュゲルは額から汗を流しながらもう一人を向く。


バレたくなかった!

リュゲルは、身分をひた隠しし、ナルに好意を向けていたのだ。

もし自分が公爵国王の息子だと知られれば、どうなったか?


遜り、玉の輿を狙って媚び打ってきたか。

それとも“恐れ多い”と離れていったか。


どちらも、嫌だ!

自分は男だ。

父の教えもある。“権威に頼る男は、屑だ”

自分の、等身大いっぱいの気持ちをぶつけて、彼女ナルを振り向かせる!

そう決意し、毎日ここへ通ったのだ。


もう一人の兵も敬礼し、今度はテレジを向いて報告する。


「私からは、十二将第5席ゴードン様より伝言を承りました!」

「え、私?」


テレジは、嫌な予感がした。


「帝国軍の強行進軍を食い止めるため、前線へ即座に向かう。帰ってきたら大切な話があるから、待っていて欲しい。以上です!」


帝国軍の進軍。

十二将であり、伝説の加護である【剣聖】を持つゴードンは、屈強な兵士である。

帝国軍の進軍を食い止めるため、被害が拡大しないように、彼は戦地へと向かったのだ。


大切な話って、何?

私も、大切な話が、あるの!!



女神様、お願い……彼を、お守りください。



涙をぽろりと流し、祈るテレジ。

そのテレジの手を握りしめる、ナル。



”女神様、お願いします”


二人の祈りを背に、リュゲルは前を向くのであった。

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