閑話14 テレジの店
今回の閑話、1話に収めようとしましたが、長くなってしまったので2話に分けました。
2話目は後程21時に投稿します。
連合軍本部フォーミッドの中心部にある人気料理店『テレジの店』
連合軍最高幹部“十二将”を率いる主席シエラ・マーキュリーの幼馴染で、成人後に共にソリドール公爵国の町からフォーミッドへ移り住んできた、テレジ・アクレイが切り盛りをする。
連合軍入りし、あれよあれよと十二将の頂点に立ったシエラ。
そんな彼女の胃袋を掴んで離さないと称される料理を提供するテレジの店は、瞬く間にフォーミッド上位の人気店となった。
連合軍の一般兵から幹部まで、好んで愛用される有名店である。
その店には、絶対にしてはいけないタブーが2つある。
一つ、“自分の立場を傘に着て権力を振りかざす言動をすること”
シエラの幼馴染であるテレジの店でそんな真似をしたら最後、良くて出入り禁止、運が悪いと居合わせた連合軍幹部からの粛清、そして最悪なケースだとシエラ直々に制裁に入るのであった。
店を構えた直後はそんな愚かしい言動をする輩もいたが、全員、シエラの手により筆舌し難い“お仕置き”を受け、再起不能に陥った。
復讐しようにも、相手はかの【天衣無縫】シエラである。
連合軍入りして、アッと言う間に軍団長。
軍団の統制力に、人外レベルの実務処理力、そして“黄金の世代”“同年代の女性は彼女達を越えられない”と称された、同い年である四大公爵国の公爵令嬢三人が揃って彼女の親友という、前代未聞の人脈。
自身の持つカリスマ性も相まって、連合軍入軍わずか半年で十二将に抜擢された、天才少女。
手を出すものなら最後、地獄すら生ぬるい現実が襲い掛かってくるのであった。
そして二つ目。
“店員に手を出すな”
これは店側のルールというより、テレジの店を好んで愛用する常連客の間での暗黙の了解のようなものだ。
店で働くウェイトレスはもちろん、店のオーナーであるテレジ自身も含まれる。
テレジは、抜群の美貌とスタイルの持ち主である。
長い赤い髪と、気の強さを表す大きな釣り目。
愛用のエプロンの上からでもはっきり分かる豊満な胸に、長い脚。
このテレジ目当てで訪れる客も多い。
そんなテレジ自身に浮いた話がなく、また客同士の喧嘩などご法度(店内や店前で喧嘩をしたら最後、鬼より怖い十二将主席が制裁に来る)、テレジや店員に色目を使おうものならば火種になることが目に見えている状況である。
ならば、手を出さず皆であの素晴らしい美貌とスタイルを拝めるだけにしよう!と一致団結したのだ。
テレジがフォーミッドに店を構えて8年。
今日も今日とて大盛況なのであった。
そんなテレジの店だが、最近三つ変化があった。
一つは、三ヶ月程前から入った“可愛い定員さん”である。
目を引く水色のウェーブ掛かった髪をフワフワとなびかせ、茶色の大きな瞳を輝かしながら笑顔で料理を手際よく配膳する。
最近入ったとは思えない程よく働き、訪れた客の名前や所属などもばっちり覚え、気さくに話しかけてくる成人したての女性。
ナルであった。
フォーミッド中心部に到着したナルは、たまたま訪れたテレジの店でゴードンとの再会を果たし、ディールの『覚醒の儀』での惨状を告げたあの日。
店主テレジに、落ち着くまで面倒を見ると告げられて以来、お世話になっているのだ。
だが、タダ飯喰らいという状況はナルには許せなかった。
自ら店の手伝いをすると宣言し、店のメニューやシステム、またいくつかのルールをすぐに覚え、店頭に立つようになった。
ナルの働きぶりは店に古くから働く副料理長やウェイトレス達からの評判も良く、また“新しい店員さんが凄く可愛くて気さくに話しかけられる!”と常連客や訪れた客からの人気も良く、より一層テレジの店の売り上げに貢献するのであった。
当然、ナルに対して“色目を使ってはいけない”ルールは適用されている。
何よりナルは、かの【剣聖】にして十二将第5席ゴードン・スカイハートの義妹であるとの事。
手を出したり、何か粗相をしたら最後。
シエラだけでなく、ゴードンからの粛清もあり得る!と、客たちは楽し気な表情の裏で、戦々恐々としているのであった。
二つ目は、“最近、店主テレジが益々綺麗になった”というもの。
常連客にとっては非常に喜ばしい吉報にも聞こえるが…
実は逆である。
(う、うらやましい!)
(イケメンに最高峰の【加護】に、十二将だなんて…勝てる要素無いじゃないか……)
(でもお似合いだな、あの二人。ちくしょう……)
(……末永く爆発しろ!!)
ナルが居候となるに合わせて、【剣聖】ゴードンもテレジの店にお世話になったのであった。
ナルが訪れたあの日、ナルから命より大切な実弟ディールが、【加護無し】となり、司祭や村人から追い立てられ最後は魔窟への大河に流され消息不明と聞かされた。
目の前が真っ黒になり、倒れそうになった自分を奮起させ何とか、保った。
だが、次に自分の心を染めたのは、怒りと憎しみであった。
あれだけ、自分を【剣聖】だと持て囃した、生まれ故郷スタビア村。
自分が連合軍に入る代わりに、命より大切な妹アデルと弟ディールを守ると、村長や村の人々は約束してくれた。
時折戻ると、その様子が伺え、心の底から信頼出来ていた。
それが、裏切られた。
グレバディス教の教義の一つに【加護無し】は災いを齎すという話は、耳にしたことがある。
【加護無し】自体が滅多に生まれないこと、そもそもそんな実例が無く、眉唾だと一笑に付した。
自分の大切な弟が、血を分けた弟が【加護無し】となるなんて夢にも思わなかった。
気付いたら、その場に居合わせた上司や想い人、親友に背を向け、スタビア村へ向かおうとした自分が居た。
シエラに呼び止められ、その足を止めたが…。
もしあのまま、故郷へ向かったなら、自分はどうした?
心が怒りと憎しみに染まり、憤怒の化身として生まれ故郷の人々を虐殺したのか?
教師のように慕っていた、司祭。
父のように励ましてくれた、ナバール。
家族のように接してくれた、村の皆。
未だ信じられない。
あの、大好きな、スタビア村の皆が…弟を殺すような真似をしたということに。
だが、目の前にいるのは、ボロボロになってまで自分に会いに来た、ナル。
もしシエラが呼び止めていなかったら、きっと自分は激情に駆られて凶刃を振ったのだろう。
英雄が授かった【加護】を、怒りと憎しみに染まった心のまま揮ったのだろう。
その時の自分がどんな顔をしていたか、分からない。
だが、自分の想い人は、涙を流し、自分を心の底から心配してくれた。
そして、ナルの面倒を見るだけでなく、落ち着くまで店で生活しろとの、提案。
悲しみと嬉しさと戸惑い。
だが、大切な弟を失ったかもしれないという事実に心が砕けそうな状況、彼女の提案は救いの一手であったのは間違いなかった。
久々の温かな食事に、シャワーと柔らかなベットに包まれ、安心したように眠る義妹
それをドアの隙間からソッ見守る、ゴードンとテレジ。
喪失感が和らいだところに、背中に温かな感触が触れた。
テレジが、ゴードンを背中から抱きしめた。
『ゴードンさんも、ゆっくり休んでよ。シエラも言っていたでしょ。ディール君はきっと、いえ、絶対生きているわ。シエラは絶対適当な事は言わないし、何よりあの子の勘とか予想って、昔から結構当たるんだ。』
知っている。
上司は、気休めなんて絶対に言わない。
弟、ディールは生きている。
絶対、生きている。
ポロポロと涙を流し、頷くゴードン。
ソッとナルの部屋のドアを閉め、背中から抱き着くテレジに『ありがとう』と伝え、振り向く。
真っ赤な顔をして、涙を溜める想い人。
思わず、彼女を抱きしめるゴードン。
嗚咽を上げながら、涙を流す。
なんて恰好悪いのだろう。
これが【剣聖】かよ。
これが、守護者たる十二将の姿かよ。
そんな自己嫌悪も、テレジは全て受け止めてくれた。
ディールの背中をさすり、『大丈夫、大丈夫』と呟く。
『ゴードンさん、ここはもう私しかいません。いっぱい泣いてください。そして、明日にはナルさんにいっぱい笑顔を見せてあげましょう。』
そう言い、テレジはゴードンの頬にキスをした。
ゴードンとテレジは見つめ合い、二人は涙を流しながら、唇を重ねたのであった。
そしてその夜、二人は結ばれた。
それからというもの、勝気で元気いっぱいのテレジが、朝、店からフォーミッドの警備視察や十二将官邸へと仕事へ向かうゴードンに、手作りの弁当を渡してキスで送り出す姿が目撃されるのであった。
盛大に照れるゴードンとは対照的に、さも新妻のようにゴードンを見送るテレジ。
そんなテレジとゴードンの姿に悔し涙を飲む店の常連客やゴードンのファンの女性達であった。
『人間の女はね、恋をして、人を愛すると綺麗になるって聞いたの。』
テレジのさらに磨きかかった美貌はまさにそれであった。
そして、テレジの店の三つ目の変化。
それは。
「ナルさん! 今日も来ました!」
元気いっぱいに声を挙げて店に入ってきた、一人の少年。
灰色の長髪を立てて、ガッチリとした身体に光沢のあるプレートアーマーを纏う。
高価そうな鞘に納められた、名剣の雰囲気のある魔剣を持っている。
「いらっしゃいませ、リュゲルさん。今日も元気いっぱいですね!」
笑顔で応えるナル。
ナルは奥の席へ案内し、少年を座らせる。
「ナルさんに会いたくてまた来てしまいました。」
屈託の無い笑顔でナルを見つめて言う少年、リュゲル。
その目はキラキラと輝き、真っ直ぐ見るには躊躇われる。
「あ、ありがとうございます。今日もいつもの……ベーコンとキノコのクリームパスタ、大盛りでよろしいでしょうか?」
「はい、感激です! ナルさんがボクの大好物を覚えてくださって!」
たじろくナル。
その笑顔、本気なのかどうか、判断に迷う。
(いつも頼んでいるから覚えるっつーの!)
などとは口には出さない。
ナルも笑顔で応える。
「はい! ではいつものパスタ、大盛りで! お待ちください。」
そのナルの笑顔に顔をボンッと真っ赤にするリュゲル。
「ナ、ナルさんの笑顔、最高だ……。」
“暗黙の了解”など気にしたことか。
周囲の殺気立つ視線など意にも介さず、リュゲルは顔を赤らめてボーっとナルの後ろ姿を見送る。
「オーナー、ベーコンとキノコ……」
「お、リュゲルさんだね。今日も相変わらず愛されているねぇ、ナルちゃん!」
ニヤニヤと笑ってパスタの料理を始めるテレジ。
そんなテレジに真っ赤になって答えるナル。
「そ、そんなんじゃありません! 毎日毎日、飽きもせず!」
「ん? そりゃあ私のベーコンとキノコのクリームパスタが不味いって言うのかい?」
「ちちち違います!!」
一瞬、ギロッと睨むテレジに焦るナル。
またもニヤリと笑ってテレジが続ける。
「リュゲルさんはね、たまにしか来店しなかったんだけど、ナルちゃんが店頭に立ってくれてから毎日毎日通ってくれるんだよねー。それに、あれだけハッキリと貴女が好きです! って出されると、女なら嬉しくないわけないよね。」
だが、ナルの表情は暗い。
「でも、私には……」
「知っている。ディール君の事でしょ? たぶん、それも何となく気付いた上で彼は来ているし、ナルちゃんに声を掛けているのよ。」
ナルは伏せる。
自分には、想い人がいる。
彼が生きていると信じ、このフォーミッドまでやってきた。
今はこうしてお世話になっているテレジの店の手伝いをやっているが、長く続ける気はない。
いずれ自立して、少しずつでもディールを探す手がかりを掴むつもりだ。
そんな自分に、屈託の無い笑顔と好意を向けるリュゲルの気持ちに、応える資格など無い。
そう考えるナルであった。
鼻歌を歌いながら焼き上げた素材に手早くパスタを入れ、ソースを絡めるテレジ。
パスタを大皿へ移し、そこに砕いた黒コショウを豪快に掛ける。
「はい、ベーコンとキノコのクリームパスタ、出来上がり! さぁ、早くリュゲルさん、に……」
ふいに、ウッと嘔吐き、両手を口を押さえるテレジ。
「オ、オーナー!? 大丈夫ですか!?」
急いで椅子を用意し、テレジを座らせるナル。
「ご、ごめんよ。……ちょっと、気持ち悪く、うぅ……」
「オーナー!? いいから、休んでいてください!」
対面側で料理をしていた副料理長が手を止めてテレジに駆け寄る。
「わ、私のことはいいから、お客さんに料理を出して……。少し休めば大丈夫だから。」
「ダメです! 料理のことは私に任せて、貴女は休んでいてください! ナルちゃん、オーナーを部屋に連れて行って!」
「は、はい!」
副料理長の指示に従おうとナルがテレジを連れようとしたが……。
「ダメよ。ナルちゃんはパスタを暖かいうちにリュゲルさんに出して。私は、自分で行けるから……」
そう言ってフラフラとテレジは厨房の外へと出た。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「うーん。もしかして、だけど……」
何か心当たりのある副料理長。
だが、テレジの作ったパスタをナルに持たせて伝える。
「とにかくオーナーの様子は後で見るわ。ナルちゃんはリュゲルさんに早くこれをお出しして!」
「は、はい!」
「お、お待たせしました。」
「ナルさん、ありがとうございます!! これこれ、テレジさんのパスタ! いつもありがとうございます!」
「い、いえ……」
手を合わせてパスタを食べようとしたリュゲルだが。
「何かありましたか?ナルさん」
急に真面目な顔つきでナルに尋ねるリュゲル。
ナルはドキッとした。
「な、なにもありませんよ! ごゆっくりどうぞ、リュゲルさん!」
その場を離れようとしたナルの手を、グッと掴むリュゲル。
「いえ、何かあったのではありませんか?」
「……大丈夫です。失礼します。」
ナルは顔を少し赤らめ、リュゲルの手を離す。
リュゲルはテレジの料理を前にしながらも、寂しそうな顔で呆然とするのだった。




