清浄と正常
私は包帯の洗い方を、侍女たちに指導した。
「まず使った包帯を集めて!」
侍女たちは、使用済みの包帯を集め出す。
「集めました」
スミレは手をあげた。
「血や膿がひどいものは、この箱に入れて」
私は指示をする。
「あの聖女様。これはどうですか?」
侍女の一人が、汚れた包帯を見せる。
「そうね。この程度なら使いましょう」
「判断に困るものは、こっちの箱に入れて」
私はもう一つの箱を用意する。
見る見るうちに、包帯は仕分けされていく。
私は全体を見た。
まず廃棄予定のものは間違いない。
判断に困るものを、確認していく。
「たしかに判断に困るわね」
私はとりあえず保留することにした。
「じゃあ、この包帯を焼却場に持っていきましょう」
「はい」
侍女たちは、汚れた包帯の入った箱を持ち、焼却場に向かう。
焼却場に着いた。
包帯の箱を前に、
「いい。昨日も言ったけど、目に見えない悪魔のようなものがいるの。この血や膿で汚れた包帯もそう。再利用できないこともないけど、取り替えていくほうがいいわ」
私はそう言った。
侍女たちに動揺が走る。
「あの……、質問よろしいですか?」
スミレが手を上げる。
「月のモノの汚れは?」
あぁそうか。
この世界には使い捨てという観念がないのか?
「私の国では、紙のようなモノを使い、汚れたら使い捨てにしていたのだけど、この国ではどうしてるの?」
「布で、汚れたら洗います」
「それで問題ないわ。そこは安心して」
侍女たちは胸を撫でおろしている。
そうか……、
なかなか伝えるというのは、難しいものだ。
「では燃やしましょう」
火に血や膿で汚れた包帯が投入されていく。
宗教上の理由なのか、
皆膝を折り、祈りを捧げている。
私はスミレに近寄り、
「皆、なぜ祈りを捧げているの?」
「はい。汚れを受け、天へと帰る包帯に感謝の祈りを捧げているのです」
そう言った。
私も皆と同じように、祈りを捧げた。
布も血に汚れたくて、生まれてきたわけではないだろう。
血に汚れたからといって、使えないわけではない。
ただ相対的にリスクが高いだけだ。
そう考えると、感謝の祈りを捧げるのは、納得がいく。
私たちは、そうしてしばらく、祈りを捧げた。
汚れのひどくない包帯を手にとり、
「じゃあ、これを井戸水で揉み洗いして」
と言った。
皆一斉に洗い出す。
「ねぇスミレ。石鹸はあるのかしら」
「ありますが、石鹸はとても高価です」
「じゃあ、なにで洗ってるの?」
「灰汁や草木灰です」
「それは木や草を燃やした後にできる灰のこと?」
「はい」
はいって、スミレもだじゃれを言うんだ……、って違うか。
「そんなので、汚れが落ちるの?」
「はい。割とキレイに落ちますよ」
「そうか。灰はたしかアルカリ性で、昔は洗剤に使ったと聞いたことがあるな」
「そうです。お掃除とか、食器を洗うのにも使います」
「そっか……、あのスミレ。
私はその灰汁とかを使ったことがないの。
皆に指示してもらえる?」
「わかりました」
「続いて、灰汁で包帯を洗います。やり方はわかりますよね」
スミレは号令をかける。
「はい」
侍女たちは元気に返事をした。
「わからない人がいれば、近くのできる人に教えてもらってください」
そうスミレは言った。
「ありがとう」
「こんな事でしたら、いつでもおっしゃってください」
皆灰汁で普通に洗っている。
特に普通の洗濯と変わりはなかった。
ただ泡が立つか立たないかの違いだけ。
「できました」
あちこちで手があがる。
「では、鍋で煮ましょう」
私たちは鍋でしばらく煮る。
皆興味深そうに、包帯を煮る鍋を見つめた。
「もうそろそろね。じゃあ火傷しないように引き上げて、冷めたら絞り、乾かしましょう」
私たちは、多量の包帯を絞り、外に干した。
洗濯用の縄に、白い包帯がかかり、風にゆらゆらと揺れていた。
私たちは包帯が乾くまでの間、
病室を手分けして掃除した。
人が足らず、ホコリが溜まっていた病室は、少しずつキレイになった。
少しずつキレイになる病室に、患者も侍女たちも、そして聖治療師達も、嬉しそうだった。
「聖女様がいらっしゃってから、ここはとても清浄になってきました。
聖なる場所。そう言われる日も遠くないのかもしれませんね」
スミレは言った。
私は来た当初の事を思い出す。
汚れた病室。
おびただしい数の患者。
放置された包帯。
あれから考えると、ずいぶんキレイになったものだ。
少しは正常になったと言っても、良いかもしれない。
そうか……、清浄とは正常さなのだ。
そう思った。
私たちは、包帯が乾いたかどうか確認しに行く。
日の光を受け、包帯はカラカラに乾いていた。
「じゃあ、皆手を洗って、この包帯達を清潔な布に包んでいきましょう」
私はそう指示した。
「見えない悪魔ですよね」
侍女の一人が手をあげる。
「そうよ」
そう答えると、皆ニコニコと作業を開始しだした。
私は彼女たちの笑顔が眩しかった。
可能な限り笑顔を作ろう。
私はそう努力した。
でも彼女達の笑顔は……、
作りものじゃない。
本物の笑顔だ。
そう思えた。
それが少し羨ましかった。
「スミレ。皆良い笑顔してるね」
「はい。そうですね。
でも聖女様の笑顔が一番素敵ですよ。
本当にイキイキとなさっていますから、侍女の皆も真似しよう!そう言ってましたし」
スミレはにっこりと笑った。
私はそれが本当なら、
嬉しいなと思った。
この国に来てから鏡を見たことがない。
どこにも見当たらないのだ。
だから、笑顔かどうかもわかっていなかった。
ふとカズ先輩の事を思い出す。
「ほら、お前カワイイ顔してるんだから、もっと笑えよ」
「看護師はな。笑って、その笑顔で患者さんを守るんだ」
「ひきつってもいいから苦しい時ほど笑え。そうすれば、バカなことは考えられなくなる」
そんな事を教えてくれた。
「カズ先輩……」
胸が締め付けられる。
安心して、気が抜けて、
ホームシックにかかったのか。
私は感じた事のない感情に少し戸惑った。




