術後
こちらの世界での初勤務を終え、
スミレたちは、大司教に報告に向かった。
私は部屋で一人ベッドに横たわった。
侍女たちに洗浄され、みるみるうちにキレイになっていく兵士たちの身体。
私は嬉しくなった。
キレイにするということが、当たり前になっていて。
そうでないと、気分が悪いのだと気が付いた。
職業病といえば、そうなるのかもしれない。
でも、自分と患者さんを守るためには、良い職業病だ。
一時間ほどして、スミレは部屋に戻ってきた。
お茶を入れます。
そう言い、お茶と茶菓子を出してくれた。
菓子を一口ほおばる。
あまり甘くはないが、天然の甘さがほんのりあり、優しい味だった。
「これは?」
「リンゴという果物を小麦でくるみ、焼いたものです」
「食べたことある?」
「いえ。そのような高価なものは頂いたことがありません」
私は、茶菓子を少しちぎり、
「口開けて」
「はい」
「あーん」
「どう?」
「美味しゅうございます」
スミレは少し笑った。
「そう。よかった。今日はどうだった?」
「どうと申しますと」
「私の行動、おかしくなかったかな」
「スミレは感動しました。私たちのような下賤の者が、聖治療師の補助をできるなど、考えてもいませんでした」
「そう。それで何か揉めてなかった?」
「と、言いますと?」
「大司教様は、私の提案で困ってらっしゃらなかった?」
「スミレが見たところ、面白がっていらっしゃる、そんな気がしました」
「そっか。じゃあよかった。それで気になったことがあるのだけど、包帯とかはどうしてる?」
「包帯ですか?
包帯には聖治療師様の治療が始まるまでの、止血の役割があります」
「使った後は?」
「キレイなものは、そのまま使います。ただ物資が不足しており、汚いものも使うことがあります」
「洗ったりはしないの?」
「なぜ洗うのですか? また血で汚れるのに」
「私が今日教えたことを思い出して」
「……目に見えない悪魔。まさか血のついた包帯にも」
「そうよ。それに一見汚れてない包帯にも、目に見えない悪魔がいる可能性があるわ」
「この場合はどうすれば?」
「スミレはどう思う?」
「普通に考えれば、洗濯をし……、
まさか、布も茹でるとか?」
「そうよ。
その通り、まず洗濯をして、汚れが落ちたら、布をしばらく茹でて、その後、日光の下でカラカラになるまで干す。それで良いわ」
「わかりました。ではまた明日、ご指導してください」
スミレはそう言った。
私は食事をし、
湯あみをし、再び眠りについた。
この世界には、兵士以外に夜勤という習慣はないようだ。
なにしろ、電気がない。
夜間に容態が悪化しても、なんの手も打たずに、亡くなるのかもしれない。
医療従事者の負担は少ないかもしれないが、生存率は低くなる。
そんな風に思った。
私は考えた。
この世界に夜間医療を導入することはできないか。
しかし、夜間医療を導入してどうなる?
まず薬がない。
できるのは、治癒魔法だけ。
それに治癒魔法を使えるのは、聖治療師だけ。
できるのは、看病くらいしかない。
それに手も足りてない。
そうか、夜間医療は高度な文明でないと、運用が難しいシステムなのか。
それより、できることからやらないと。
包帯の洗浄と消毒。
明日はこれを行おう。
しかし、ここは寒い。
ふと隣を見ると、スミレが寝ている。
「ねぇスミレ」
「はい。聖女様」
「起こした?」
「いえ。大丈夫です」
「あのね。こっちで寝て」
「そんな、聖女様の寝所で眠るなど」
「寒いの」
「毛布を持ってまいります」
「毛布では足りないわ。あなたが暖になって」
「しかし、スミレは下賤の者、聖女様が穢れます」
「私は、そんなことでは穢れません。それに寒くて風邪をひいたらどうするの?」
「そうですね。わかりました。ではスミレが暖になります」
スミレはそう言い、ベッドに入ってきた。
冷気が少し入ってくる。
スミレの身体は冷えていた。
「スミレは冷たくないですか?」
「平気、さっきより暖かくなってきた」
「そうですか。それではおやすみなさい」
「おやすみ」
私はスミレがいる安心感と暖かさで、ぐっすりと眠った。
翌朝、
私たちは食事を取った。
「ねぇスミレ。このパン一つで、あの黒いパン五つ分って言ったでしょ。これから私のパンは白いパンじゃなくて、黒いパン五つにできないかな?」
「聞いてまいります」
しばらくして、
「それはできますが、白いパンを増やすこともできますよ、と言われました」
「いえ。白いパンじゃなくて、黒いパンでいいの。明日から五つ貰って」
「はい。わかりました。あの、理由を聞いても良いですか?」
「そうね。
黒いパンはね。全粒粉と言って、小麦の全体を使ってるの。
そして白いパンは、小麦の一部分だけ使うの」
「たしかにそうです」
「小麦全体を使うことによって、栄養が豊富になるのよ」
「それはなぜですか?」
「捨てる部分に、栄養があるからよ」
「じゃあスミレは、栄養のあるものを頂いていると」
「そうよ」
スミレの目は輝いた。
「しかしお貴族様達は、なぜ栄養のないものを?」
「どうなのでしょうね。
白いもののほうが美しいし、美味しいというイメージがあるからじゃない。
でも私はこの黒いパンの味も好き」
「聖女様が、私たちの食べ物を認めてくださって、すごくウレシイです」
スミレは満面の笑みを浮かべた。
食事を終え、
私たちは患者を見に行く。
患者たちの顔色はずいぶん良くなっていた。
しかし、数名の患者がいない。
「ここの患者さん達は?」
近くの患者に尋ねる。
「体調がいいから、稽古しに行くと言ってました」
(はぁ~)
私は溜息をはいた。
そうだ。
運動選手やアスリートとかは、休むことができない。
そのことを忘れていた。
(ぱんぱんぱん)
私は手を叩く。
注目が集まる。
「今ね。稽古しに行ってる人がいるんだけど、今稽古すると、ムダに回復に時間がかかるから、止めて。今稽古している人は、もう一日ここにいてもらうわ」
そう言った。
「早く戦場に戻りたくて、稽古をしに行ったのに、稽古をしたら、一日余分にここに入院させられるなら、バカみたいだな」
笑いと共に、
そんな声が聞こえた。
「じゃあ、あなた、呼びに行ってくれる?」
近くの侍女にお願いする。
侍女は頷き、探しに向かった。
しばらくして、患者が戻り、稽古をしたら、一日余分に入院させる旨を伝えると、うなだれて大人しくなった。




