口を開くお飾り
スミレは、水汲み場に案内してくれた。
水道なんてない、
井戸だ。
やはり、少し面倒だ。
「この水は飲める?」
「飲むことはできますが、沸かさないと、お腹を壊します」
お腹を壊す……。
井戸が汚染されているのか、それとも寄生虫や目に見えない病の原因がいるのか。
「じゃあ。お湯はどこで沸かすの?」
「こちらです」
私はスミレについていく。
調理場だ。
ここの竈でお湯を沸かします。
炎の漏れる竈に鍋がかかり、お湯がぐつぐつ沸いている。
時折、煤が舞い上がり、鍋の中へと落ちる。
このシステムは少し不衛生だ。
しかし改善の方法がわからないし、妥協点を探すしかないか。
「この鍋は毎日洗ってるの?」
「はい。洗っています」
「この中の水は、新しい水?」
「はい。先ほど入れたばかりです」
じゃあ、この水を冷ませばいいか。
「じゃあ、この水を冷ましてから、やりましょう」
スミレは何か言いたげだ。
「スミレ!あなたが、指揮をするのだから、聞きたい事は遠慮なく聞いて」
「では井戸水をなぜ使わないのですか?」
「それはね。さっきあなたが言った『沸かさないと、お腹を壊す』という言葉よ」
「それと何の関係が?」
「さっき言った悪魔みたいなのは、水にもいるの。そしてお湯にすると、その悪魔みたいなものは弱くなるの」
「じゃあ。それがいるから、お腹を壊すという事なのですか?」
「そう。でもね。水の採取場所によって、お腹を壊さない場所もある。全ての水がダメというわけではないけど、怪我人というのは、身体が弱っているから、安全だと分かっていない水は使わないの」
二人とも頷いている。
「なるほど……。
できる限り、安全な方を選ぶという考え方なのですね」
クラはそう言った。
私は頷いた。
私たちは、そこから冷ましたお湯を運んだ。
「じゃあ、まず私たちの手から洗うわよ」
「私たちの手にも、悪魔がついているかもという事ですか?」
スミレはまじまじと手を見る。
「そうよ」
私は手を洗い出した。
私たちは患者の傷口と、身体の汚れをキレイにする。
感染対策では「熱での殺菌」だけではなく「洗い流す」こと自体が重要だ。
ただ重たい水を持っての往復は重労働だ。
腰に負担がかかる。
私たちが作業を行っていると、
大司教の命で侍女たちがやってきた。
「聖女様。指示をしてまいります」
スミレはそう言った。
私は頷いた。
スミレは早速侍女たちに指示をしている。
数分後、スミレは侍女たちをひきつれてやってきた。
「聖女様。もう一度洗浄の様子を見せてください」
スミレは言った。
私は頷き、傷口の洗浄を見せる。
「すごい……」
一人の侍女が呟いた。
皆驚いたような様子で、作業を見守る。
そして作業が終わった。
(ぱちぱちぱち)
先ほどの次女が拍手をした。
そしてみんな拍手。
私は戸惑った。
傷口の洗浄で、拍手をされるなんて、こんな経験は初めてだった。
「傷口を見て、まるで躊躇されない。さすが聖女様です。そして手際が美しい」
先ほどの侍女は言った。
私は胸が詰まった。
ポンコツと言われた落ちこぼれの私が、さすが聖女様と言われるなんて。
「見たわね。聖女様の真似をして、皆励みなさい」
スミレは号令をかけた。
「まずは、手洗いからよ!」
「はい」
侍女たちは、スミレの指示のもと、テキパキと仕事をこなしていく。
侍女たちは医療技術を知っている訳ではない。
しかし、家事労働自体は慣れている。
そのせいだろうか。
飲み込みが異常に早かった。
三時間ほどで、患者の傷口の洗浄は終わった。
「終わりましたね。あとは治癒魔法をかけていけば、よろしいですか?」
クラは言った。
私は患者の傷口の様子を見て回る。
見たところ問題なさそうだ。
「やってみてください」
クラは治癒魔法をかけ出す。
心なしか、傷口の回復が速い。
八分ほどで、傷口の治癒は完了した。
「前より、少し速かったような」
私は尋ねた。
「はい。今回はとてもスムーズでした。次行ってみます」
そう言い、クラは治癒魔法を再びかけ出した。
「……魔力の消耗が少ない」
「傷が閉じるのが速い」
クラは心なしか嬉しそうだった。
二人目も三人目も、
スムーズに完了する。
その状況に聖治療師のクラが、もっとも驚いていた。
依頼された四十名の患者の治療は、その日のうちに終わった。
患者達は横になっている。
少しソワソワしているようだ。
以前は治療が終われば、すぐに出されていたが、
「術後の状態を見る必要がある」
と、私が進言し、とりあえず二日間、入院させることになった。
「すぐにでも、前線に戻らねば」
一人の兵士は言った。
まずい。
意識を変えなければ。
「体力がない兵士って使い物になるの?」
私は尋ねた。
兵士は少し考える。
「いえ。足を引っ張るかもしれません」
「じゃあ、どうするのが正解かな?」
私は笑顔を見せた。
「わかりました。休憩に専念します」
そう言い、その兵士は少し笑顔になった。
責任感で押しつぶされそうになっていたのだろう。
私は気持ちがわかる気がした。
私も同じ立場なら、すぐにでも駆け出したい気分だ。
(ぱんぱんぱん)
私は手を叩く。
皆の視線が集中する。
「皆さん。すぐに前線に戻らないと、そうお思いの方も多いと思います。
責任感で押しつぶされそうになっていると思います。
仲間もいますし、でもね。
体力が回復してからのほうが、活躍できますよね。
だから今あなたたちの仕事は、徹底的に休むことです。
わかりましたか?」
私は子供たちに聞かせるように、そう言った。
「はい!」
大きな声が響く。
皆ほっとしたような顔。
少し涙ぐむ者もいた。
それから、兵士たちは皆ぐっすりと眠った。
クラは興味深そうに、一人の兵士を見つめる。
「治癒魔法をかけたあと、こんな穏やかな顔で眠る者は初めて見ました」
そう言った。
私はその言葉がなによりも嬉しかった。




