口を開くお飾り
数十分ほどして、大司教がクラと共に現れた。
「聖女様。お国の技術があれば、亡くなる者は減らせると?」
「はい。適切な器具、技術や知識があれば」
「なるほど。そうですか。では秘密裏に実験をしてみましょう」
「はい。わかりました」
「ただ一つ言っておきますが、その器具や技術、知識は教会の管理下に置きます。
よろしいですね」
「理由を伺っても」
「あなたは正看護師と言われた。それはなんらかの身分なのでしょう。違いますか?」
「そうです」
「その身分は、勉学を重ね、努力して得たもの。違いますか?」
「そうです」
「仮に不逞の輩が現れ、その身分を語り、いい加減な処置をすれば、どうなるでしょうか?」
「名前が穢されます」
「そうです。今は混沌としております。我々があなたの言う技術や知識を守ります」
「はい。お任せします」
「では、具体的にどのような事をするのでしょうか?」
「そうですね。例えばこの方です」
私は泥まみれになった兵士を指した。
「ほう。あなたの技術ではどうします」
「キレイな水で、汚れを洗い流します」
「湯あみのようなものですか?」
「はい。ただ正確に言えば、特に傷は水で洗い、土砂などを取り除くことが大切です」
「信仰上の理由でしょうか?」
「いえ。
土砂には目に見えない微細な菌がいます。
それが原因で破傷風などを引き起こすことがあるからです」
「菌?
破傷風?
目に見えないものが、なぜわかるのですか?
聖女様のお力ですか?」
「目に見えないのは、私たちの目がそれに対応していないからです。
例えば狩人は遠くの獲物を見ることができますよね」
「たしかに」
「私たちの国にある道具を使えば、遠くまで見ることができます。
それに小さいものを拡大して見ることもできます」
「それは魔法ですか?」
「いえ。ガラスという透明な板を、特殊な加工をして行うのです」
「ガラス……。あの瑠璃色の透明のものですか」
「どのようなものですか?」
「すこし待ってください」
大司教はどこかに向かった。
「これです。これがガラスでしょうか?」
大司教はガラスの小瓶を持ってきた。
「これと同じものです。これの透明。水のようなものはありますか?」
「いえ。見たことがありません。ずいぶん高い技術力をお持ちのようで」
「一部高い所はあるかもしれませんね。ただ魔法のような技術はないです」
「ほう。そうですか。我らが劣っている訳ではなさそうですね」
「はい」
「それで破傷風というのは?」
「口が開きにくくなる。尿が出にくくなる。けいれんを起こす。食べ物や飲み物を飲みこみにくくなる。そんなことはありませんか?」
大司教は、クラを見る。
「たしかに、治療後にそのような状態になる者はいました。
それが破傷風と……。
それは悪魔のようなものですか?」
私は迷った。
正確には違う。
でも悪魔のようなものだし、
教会だし、
そうしておこう。
「そのようなものかもしれません」
「しかし不思議だ。それなら、なぜ神の治癒が効かん」
クラは首を傾げる。
しまった。
しかし、
どう答えよう。
私はじっと考えた。
でも、答えが出ない。
私は大司教をちらりと見る。
「聖女様がいらっしゃったのは、神のご加護。
つまり人も神に協力しろと、そう、お命じなのでは?」
大司教は頷いた。
「なるほど。聖女様が神からの贈り物であると、それなら合点がいきます」
クラは納得したようだ。
私はほっと胸を撫でおろした。
「では、実験をしてみましょう。
そうですね。
ここの部屋にいる兵士全てを実験に使いましょう」
大司教は言った。
私の胸はどくんと大きな音を立てた。
人体で実験。
責任が重く感じられる。
「ちょっと待ってください。動物実験とかで……」
「動物で?人と動物では違うでしょう」
大司教は首を傾げる。
「いえ。私たちの国では、実験はまず動物でやるものです」
「しかし、すでに実績をお持ちなのですよね。
この実験というのは、あくまで組織として、許可を出すべきかどうかだけなのです」
私は戸惑った。
この世界は、私達の国と比べて、衛生管理が行き届いていない。
当たり前にあった消毒すら、手に入らない可能性だってある。
でも、
今の現状よりマシか。
完璧ではなくても、少しでも命が救えれば。
私が今、完璧じゃないと戸惑えば、多くの人命が失われる。
なら、やろう。
怖いけど。
「そういうことであれば……、
ただこの洗うのは効果がありますが、その他にも色々とやらないといけないことがあります」
「なるほど。一つではあまり効果がないと」
「まぁそうとも言えますね。私たちの国では、複数のことを組み合わせて、効果を出していくのです」
「一つ一つは小さいが、積み重ねるということですか?
それなら、我々の魔法のほうが優れていそうですね」
「そうだと思います。
ただ私たちの国の技術は、魔力のないものでも、生存率を上げることができます。
実際我々の国では、治療と薬の処方は医師、薬の調剤は薬剤師、薬をつくるのは製薬会社、そして患者の状態管理は看護師という役割分担をしています」
「ほう。なるほど。では侍女なども聖治療師の役に立てると」
「そうです。私はそのような役割でした」
大司教はしばらく考え込んだ。
「ではクラ!聖女様と協力して、治療を頼む」
「はっ!」
クラは短く答える。
「それとスミレ!聖女様のお世話と、侍女を五人下につけるから、その指示役を頼む」
「はっ!」
スミレも短く答えた。
「クラ、スミレ。聖女様の指示されたことをまとめて、随時私のところへ持ってきてくれ。
予算も多少つけておく。
では聖女様。あとは任せましたぞ」
大司教はそう言い残し、去っていった。
私は会釈をした。
「それで、まず私は何をすれば良いですか?」
スミレは少し心配そうだ。
「そうね。まずこの方の処置をしましょう。私が見本を見せるから。じゃあ水を汲みに行きましょう」
「すこし待ってください。私は何を?」
クラが口を開く。
「そうですね。
私が何をするか、見ていただければ、参考になるかもしれませんよ」
「たしかに、大司教様にも報告せねばいけませんしね」
クラは頷いた。




