お飾り
スミレは、これから私が生活する部屋に案内してくれた。
相変わらず、廊下は薄暗い。
スミレの白い指が、ランプに照らされ、ほのかな赤みをもつ。
私は自分の手を触る。
定期的な手洗いの習慣で、手はガサガサに荒れていた。
スミレはどんな生活をしているのだろうか。
無性に気になった。
五分ほど経っただろうか。
「到着しました」
そう声をかけられた。
ここはどこなのだろうか。
周りの風景になじみがなく、
またランプの光だけを頼りに移動しているので、
まったく距離感が掴めない。
私は今、きっとスミレなしには、生きることさえできないのだと。
そう思った。
スミレはドアを開ける。
冷たい風がスーッと入ってくる。
「寒い」
「少しお待ちください。窓を閉めてまいります」
スミレが窓に向かい歩き出す。
真っ暗な闇に、無数の光が見えた。
「ちょっと待って」
「はい」
私は窓に近づく。
真っ暗な闇。
街灯もなく、ただ真っ暗な闇。
視界を遮るような高い建物もなく、
ただ一面の真っ暗な闇。
そこにきらめく無数の星々。
「キレイ」
私はそう呟いた。
スミレは、何も言わずに控えている。
「ねぇスミレはキレイだと思わないの?」
「星をキレイだと思ったことはありません」
私は不思議に思えた。
これほど美しいものがあるのに、キレイだとは思わないなんて。
スミレの目をじっと見る。
白い肌に整った顔立ち。
そして大きな瞳。
目に濁りはなく、
清らかさを感じた。
「ねぇ。この国のことを教えて」
「はい。なにからお答えしたらよろしいですか?」
「そうね。この国はどこにあるの。私の国からは遠い?」
スミレは窓に近づき、窓を閉めた。
寒さは多少ましにはなったが、隙間風が入ってくる。
「この国は大陸にあります。聖女様の国は存じ上げません」
私の国を知らないって、でもこの子、日本語を話しているよね。
私はスミレが嘘をついているのだと疑った。
「大陸って、どの大陸」
「大陸とは、たくさんあるのですか?」
大陸がわからない?どういうことなの。
それより……、
「なぜ私の言葉がわかるの?」
私はそう言った。
これでスミレの嘘が暴露されるかもしれない。
そう思ったが、
モヤモヤを抱えたままでは、付き合いにくい。
「おっしゃってる意味がわかりません。聖女様は、私たちの言葉でお話しです」
私たちの言葉でお話し。
あぁ~。頭がこんがらがってきた。
この子は日本語圏の子なの?
とりあえず、わかることを整理しよう。
ココは大陸のどこかの国。
王国と言ってたから、王が支配する国。
私はその国の言語が話せる。
魔導国というところと戦をしている。
私は回復要員でも、魔力とやらがないので、戦力外通告。
でも働かなくても怒られない。
帰してはもらえない。
ちょっと待って。
じゃあ私、失踪ってことになってんじゃないの?
うわ。どうしよ。
でも少し待てよ。
きっとなんらかの事件に巻き込まれた扱いだろうから、病院をさぼった。
とは言われないよね。
じゃあ、怒られないかもしれない。
「あぁ心配したじゃない」っては言われそうだ。
まぁ家のことは、心配しても仕方がないから。
考えるのはやめよう。
それより、大事なことがある。
私は少し前に見た負傷した兵士たちの姿を思い出した。
胸が締め付けられるように痛い。
自分の心配をしている場合じゃない。
あの人たち。
なんとかしなくちゃ。
でも私、
使い物にならないと言われたしな……。
しょせんはお飾りなのだろう。
うん?ちょっと待てよ。
私はポンコツと呼ばれてるけど、正看護師だ。
私が動けば現場は混乱するかもしれないけど、
知識は本物だ。
知識は使えるかもしれない。
「スミレ。この国では、どのようにして、負傷した人を治療しているの?」
「はい。主に聖治療師様が治療にあたられます」
「どんな風に治療するの?」
「当然、魔力による回復魔法です」
「回復魔法?」
「はい」
そんなのがあるのか。
つまり、
私のいた国とは治療の考え方が違うのか?
「それ実際に見れる?」
「では明日、行きましょう」
「うん。それでお風呂に入りたいのだけど、どうすればいい?」
「では湯あみの準備をいたします」
「うん、お願い」
スミレはドアを開け、人を呼び、指示をする。
10分ほどして、洗面器に入った湯が準備される。
湯には匂いのする葉っぱが入っていた。
「これは?」
「お湯と香草です」
「これで何をするの?」
「湯あみです」
「あの私はお風呂に入りたいのだけど」
「お風呂は、皇族でも月に一度くらい。儀式の前に入られるくらいです」
そうか。
この国では水が貴重なのか。
「わかったわ」
「では湯あみをお手伝いします」
スミレはそう言い、私の服を脱がしだす。
「ちょっと待って。何してるの?」
「湯あみのお手伝いです。お身体を拭きます」
「だいじょうぶ。自分でするから」
「しかし、それでしたら、私の仕事がありません」
その言葉を聞き、
私は看護師の頃を思い出す。
「これくらい、私がやるから」
そう言われて、ずいぶん困らされたことがあった。
看護師の仕事は、
沢山ある。
そして私たちは流れで動いている。
ABCDEFG
そんな定型の流れで動く。
患者さんが、気を使い、その流れを止めると、
かえってリズムを崩す。
相手は助かると思ってのこと。
でもリズムが崩れると、逆に疲れる。
「わかった。じゃあどうすれば良い?」
「じっとしていただければ」
そう言われ、じっとした。
でもじっとしているのは辛い。
身体が動くからこそ、
動きたくなる。
そうか。
患者さんは、
今の私のような気分だったんだ。
そして、恥ずかしい。
裸にされ、あちこちを拭かれる。
恥ずかしいし、くすぐったい。
声をあげるのも恥ずかしいし、
我慢すると、余計に恥ずかしくなってくる。
もしかすると、患者さんも、こんな恥ずかしい想いをしていたの。
そう思うと、もう少し、気を使ったらよかった。
そんな風に思えた。
香草のいい匂いがする。
気持ちがスーッと落ち着く。
私は服を着替えさせられ、
ベッドに横たわった。
気が付くと、
私は眠りについていた。




