ボトルネック
私は、
患部の洗浄と、洗濯と、掃除の指導を先日指導した五人に任せ、
スミレとこの階の様子を見て回ることにした。
病室を回っていると、時折腐敗臭がする。
「スミレ。この臭いは?」
「これは亡くなった方の臭いです」
スミレは真っ黒になった床を指す。
私は床に手を合わせる。
「これは、その跡?」
「そうです。取り替えるのが良いのでしょうが、予算も人も足りません」
「ブラシと水と雑巾を持ってきて」
「はい」
私は、ブラシと水でその場を清掃しだした。
スミレは何が起こったのかわからぬ様子で、
しばし呆然と私を見ていた。
「聖女様。私がします」
スミレは言う。
私はしばらく掃除を続け、
残りをスミレに任せた。
患者も侍女も聖治療師も驚いていた。
聖女である私が、
もっとも人が嫌がる仕事を引き受けたのだから、
当然だろう。
スミレが掃除をする姿を見ながら、
私は考えた。
これはこのまま置いておいて良いのだろうか。
せめて殺菌でもしたほうが……。
殺菌……、
アルコール除菌か。
「ねぇ強いお酒ってある?」
「強いのでしたら、ワインが強いですね」
「蒸留酒とかは?」
「我が国にある酒はワインとエールくらいです」
ワインとエールは、アルコール分が少ない。
ダメだ。
熱湯消毒は?
ムリだ。お湯をかけても煮込まないと効果は薄い。
日光は?
ムリだ。日が届かない。
板を外せば可能かもしれないが、人手が足りない。
石灰はどうだ?
「石灰ってある?」
「石灰というのは?」
「白い石の粉なのよ」
「それなら石工に聞いてみましょう」
スミレは石工を呼んできてくれた。
「どうも。ご用件は?」
「石灰というのは知ってる?」
「存じ上げませんね。どのような石で?」
「白い石、堅いものに白い線がひけるの」
「あぁ、それなら存じ上げています。それをご入用で?」
「それを焼いたら、粉になるかしら?」
「粉ですか?
聞いたことがないですな」
「ないってことなのかしら?」
「いえ。できないってことじゃないと思うのです。ただ私が知らないだけで、他の者は知ってるかもしれない。試しにやってみましょうか?」
「お願いできる?」
「へい。つまり、焼くと粉になる白い石をお探しと。そういう訳ですか?」
「そういうことよ。ねぇ、あそこの壁、白いじゃない。あれは何かわかる?」
「あれは漆喰です」
「それじゃないの?」
「いえ。あの石を焼いてできた粉は危ないんですよ。水が触れると、ひどく熱くなって火傷します」
「その漆喰というのは、その焼いた粉に水を加えたものじゃない?」
「そうです。よくご存じで……」
「じゃあ、その漆喰は手に入る?」
「砂を混ぜる前のもの、という意味ですよね」
「そう、お願いできるかしら」
「へい。すぐに持ってきます」
一時間ほどして、石工は漆喰を持ってきた。
「砂を混ぜる前の漆喰を持ってまいりました」
……
「この粉は、目に見えない悪魔を弱らせる助けになると思う。
だからこれを亡くなった人がいた場所や、不衛生な場所に撒いていきましょ」
「はい。撒く場所をご指示ください」
「まずはこの板の場所ね」
「はい」
スミレは、
素手で漆喰を掴もうとする。
「ちょっと待って。強い粉だから、できれば直接触らない方がいいわ。
直接さわらずに、なにかない?」
「ひしゃくや、しゃもじのようなもので、よろしいですか?」
「ひしゃくだと、柄の部分が折れそうね。しゃもじのようなものを用意してくれる?」
「はい」
私たちは階の汚れのひどい場所だけに、
掃除をしては白い粉を撒いていく。
皆興味津々で、こちらを見つめている。
「あの。聖女様。
この漆喰が効果があるのなら、全部これでやれば良いのでは?」
スミレは言った。
「まずは汚れをきっちり取らないといけないわ。これはあくまで補助なの」
「それに、先ほど言った言葉覚えてる?」
「たしか強い粉だから、できれば直接触らない方がいいと。
ほぉ……だからですか」
「そうよ。人が吸い込むのも良くない。だから最小限に留めるの」
「強すぎるものにも欠点があるのですね」
「そうね」
私はそう答えた。
私は自問自答をしていた。
衛生管理は、十分にできているだろうか。
まぁ悪くない程度にはできている。
では次、
ボトルネックになっているのは?
私は周りを見渡す。
聖治療師が横になっている。
私は近くに寄り、顔色をうかがう。
目にはクマができ、明らかに過労気味だ。
そうか……、
ボトルネックは、聖治療師か。
私は、
今まで、
患者の患部等の洗浄で破傷風対策。
包帯の洗浄と消石灰と掃除で感染症対策。
を行った。
クラの話では、治療時間も魔力の消耗も、およそ二割ほど改善したらしい。
これに加え、破傷風が減ることで、治療がムダになることも減るだろう。
そして感染症対策をしたことで、二次的な被害も減る。
あとは、
聖治療師の負担を下げる。
もしくは回復を促進することか……。
「、一日に何時間眠っているの?」
「聖治療師は、休憩は取っているの?」
「聖治療師は、何を食べているの?」
そんな疑問が沸き上がった。
私はクラを探す。
病室にもいない。
十分ほどしてようやく見つかる。
クラは、
廊下のベンチで横になっていた。
クラの顔を見ると、
目の下にクマを作り、
明らかに消耗していた。
じっと見つめていると、クラが目を開けた。
「聖女様」
「ごめん。起こした?」
「いえ。すみません。聖女様が働いておられるのに」
「いいの。クラ、あなたは一日何時間くらい眠っているの?」
「割と寝てますよ。五時間くらいは」
「他の聖治療師も同じようなもの?」
「そうですね」
明らかに少ない。
しかしなぜそんなに睡眠時間が少ない。
「もう少し寝ることはできないの?」
「書類を書くことが多く。睡眠時間の確保が難しいですね」
クラは頭を掻いた。
書類作成で謀殺される。
これはどこの国でも同じか……。




