必要な時間でも……
私は考えた。
聖治療師は、どのくらいの時間を書類書きに使っているのか?
「ねぇクラ。あなたはどのくらいの時間を書類書きに使っているの?」
「どうでしょう。考えてもみませんでした」
「そう。じゃあ、あなたについて回って、書類書きに使っている時間を計っても良い?」
「もちろん構いませんが、どうされたのですか?」
「私の国でも、同じような問題があってね。
でもある方法を使ったところ、書類書きの時間が大幅に減ったの」
「そうなのですか……しかし教会側が決めたルールです。大司教様が首を縦に振られるかは……」
「そうでしょ。だからね。現実にどのくらい時間がかかっていて、私の知っている方法なら、これくらいで済みます。そういう根拠が必要なのよ」
「なるほど。
ただ私は大司教様に報告しなければいけない。
聖女様の期待を裏切るような事をする可能性もある」
「そうね。うかつだったわ」
私は笑った。
「聞かなかった事に……」
クラは上目遣いで見た。
「わかったわ。私、今から報告しにいく。その前に書類を書いてみて」
「わかりました」
クラは書類を書き出す。
書類と言っても、便箋のような紙に、患者の容態、自分の名前、使った技能、特筆すべき事項、患者の名前、所属を一から書いていくようなものだった。
書類はだいたい5分ぐらいで書き終わった。
「今ので5分くらいだわね」
「そんなに、かかっていたのですか……」
「ねぇクラ。いつもこのくらいの時間?」
「そうですね。今は頭がすっきりしていますから、これくらいで書けますが、疲れているともう少しかかります」
「たしか三十人くらいだったかしら」
「聖女様のお陰で四十人は診られるようになりました」
「最低でも3時間20分かかるわね」
「そんなにもかかっているのですか……」
「もし仮に一人1分で書けるようになれば、全員で40分。これならどう?」
「2時間40分ですか……。それならもっと治療ができます」
「いや。そうじゃないの。睡眠をとって欲しいの。もし2時間今までより睡眠がとれるとしたら、体調は良くならない?」
「そりゃ良くなりますよ。聖治療師は過労で倒れることが多いですから」
「やはりそうですか。この書類は大司教様のところにあるの?」
「はい。大司教様が管理されています」
「わかった。ありがとう。じゃあ大司教様のところに行ってくるわ」
「はい。お気をつけて」
私はスミレと共に大司教の元に向かった。
「これは、これは。聖女様。お呼びいただきましたら、出向いたものを」
「お気遣い感謝いたします。今日はご相談があって参りました」
「相談というと」
「実は聖治療師の件なのですが、見ていると、非常に負荷が高そうで心配です。
増員して、休ませることはできないのでしょうか」
「聖女様。聖治療師は数が限られており、また患者も多いため、それはムリなのですよ」
「聖治療師の育成を早めるとか、募集するとか、そういうのはできませんか?」
「それは難しいですね」
「しかしこの状況が続くと、どうなるかは……お分かりですよね」
「もちろん、わかります。ですから国費の一割という莫大な金額を使い、聖女様を召喚したのですから」
国費の一割という言葉に、
胸が痛んだ。
私はそこまで貢献できているのか……。
「大司教様も頭を悩まされていたのですね」
「それはもちろん」
「それでは、私の国で行われていた施策を使ってみるのはどうでしょうか?」
「それはどのような?」
「地味ですが、医師……こちらで言う聖治療師の負担を下げる施策です」
「それはぜひご教授いただきたい」
「ですが、それは長年の慣習を破るもの。わが国でも導入には随分時間がかかりました」
「まぁたしかに。
ただ聖女様。我が国は受難の時。こういう時は案外すんなり改革が受け入れられるものなのですよ」
「わかりました。我が国の医師を苦しめていたのは、治療ではなく、書類書きだったのです」
「書類書きで苦しむ? どういう事ですか」
「わが国では、治療費の一部を国が負担する制度になっています。その為、国にどのような治療を行ったのか、そういう報告をしなければいけない。ただでさえ、医師が不足しているのに、その書類書きの負担が大きく、一部の医師は寝る時間を割いて、書類書きを行っていたのです」
「その点は大丈夫です。我が国ではそれほど書く事項は多くありません」
「大司教様は、聖治療師がどのくらいの時間をかけて書類を書いているか、ご存じですか?」
「そうですね。5分くらいですか?」
「聖治療師は一日どのくらいの患者を治療しますか?」
「優秀な者で40名……なるほど、5分としても200分、3時間以上、書類書きに費やしているのですね」
「そういう事です」
「しかし書類書きも重要です。やめる事はできません」
「もちろんです。ですから私の国では、書類の書き方を工夫しました」
「書き方の工夫?」
「そうです。簡略できるところは簡略化します。たとえば治癒の場所、左腕、右腕、胸、腹部、背中、頭部、左足、右足、このようにまず書類に記入しておき、〇をつけるだけにします」
「たしかに、これですと文字を記入する手間が省けます。
ほう、こういう事を書類全体に施せばいいわけですか……。
これは面白い。少し待ってください」
大司教は書棚から何かを取り出した。
「これを見てください」
なにか複雑な文字と絵が描かれている紙だった。
「これは?」
「これはお札です。木で作った版にインクをつけ、同じことの書かれた紙を多量に刷ることができます。ご存じですかな」
「はい。私たちの国も、これに似た技術で、書類を多量に作成します」
「ほう。そうですか。それはなかなかおもしろい。しかし……ある程度の情報は刷ることが出来ますが、聖治療師の名前や、部隊名、患者の名などは難しいですな。何かお知恵はないですか?」
「判子というのはご存じですか? 人の名前を木などに彫り、それにインクをつけて、捺していくものです」
「それならあります。なるほど、それであらかじめ聖治療師の名前を入れるわけですな」
「そうです。あと部隊名や患者の名前などは、その患者が書けませんか?」
「書ける者もいますが、負傷しておりますゆえ、難しいですな」
「部隊名の頭文字だけで、判別できませんか?」
「一文字ならムリですが、三文字なら判別できますね。これくらいが限界のようですな」
「ではさっそく取りかかりましょう。聖女様も協力いただけますかな」
「よろこんで」




