第7話 スーパーエリートの父、家では普通のお父さん…?
サチとタイチの父親のタケルは多忙で、月の半分以上は職場近くのマンションに寝泊まりしていた。家に帰る時も、夜遅くに帰ってきて翌朝早く出ていくため、子供達と顔を合わさない事も多かった。サチは、今年の正月に顔を合わせて以降、実に半年以上父親と会っていなかった。
「お父さん!!お帰りなさい!!」
夜9時に帰宅したタケルを、玄関でサチが待ち構える。
サチの顔を見たタケルは、一瞬だけハッとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
「ただいま、サチ。久しぶりだなぁ。
ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから。
…俺の書斎で、アカデミーの話を色々聞かせて。」
「うん!タイチと一緒に、書斎で待ってるねー」
サチは、レアキャラのこの父親が好きだった。アザイ家では数少ない、100%サチに味方してくれる存在。実際、サチは父親に怒られた事は、数える程しかない。
タケルの書斎の応接用テーブルを挟んで、タケルとサチ、タイチは向かい合わせに座った。
「それでね、タイチったら、マサヤと一緒に暇さえあれば私の教室に入り浸ってて…」
アカデミーでの様子を話すサチを、タケルは穏やかな表情で見守る。
「僕がお姉ちゃんの教室に行って、何が悪いの。」
「タイチ、あんたねぇ…。あんまり私とあんたがベッタリしてると、色々とあらぬ噂を立てられちゃうのよ。あんただって、シスコンと思われたくないでしょ。」
「全然構わないけど。事実だし。」
タイチが開き直るのを見て、タケルがくくっと笑った。
「確かに、きょうだい仲良いのはいい事だな。お姉ちゃん、タイチは入学したてだし、ちょっと大目に見てあげたら?」
「うーーー…。お父さんにそう言われたら、従うしかないじゃんか……」
「2人とも、アカデミーの生活で何か困ってる事はない?……おじいちゃんは、元気?」
アザイ家では、現当主のタケルが本邸に、前当主のゲンドウは離れに分かれて住んでいた。そのため、特別に用事がない限り、家で2人が顔を合わせる事は稀だった。
おじいちゃん…
サチは黙り込んだ。代わりに、タイチが返事をする。
「じーちゃん、相変わらず僕の事、鬼のようにしごいてくる。ぜんぜん変わらないよ。」
そうか、とタケルが呟く。
「何か困った事があれば、何でも言って。俺でも役に立てる事があれば、いつでも相談に乗るから。」
「あー、そういえば、困った事っていうか…
こないだお姉ちゃん、倒れて医務室に運ばれたんだよ。」
「バッ…、タイチ、それは内緒、」
「…倒れた?どういう事だ?サチ。」
あちゃー。心配かけちゃうから、言わないつもりだったのに。
…タイチに口止めしとくの、忘れてた。
「いや…全然、大した事ないの、ほんと、」
「おじいちゃんに、何か言われたんでしょ?」
「ちょっ、何で知って、」
「あいつに聞いた。」
あいつ。…アラタだな。あのおしゃべりめ。
「サチ。…どういう事なのか、説明しなさい。」
タケルが、真っ直ぐサチの目を見る。…ごまかせる感じがしない。
「……いや、ほんとに、何か言われた訳じゃないの。
ただ普通に会話を交わしてたら、なんか急に頭が痛くなって…」
「……頭が?」
サチは言うかどうか一瞬迷ったが、意を決して打ち明ける事にした。
「実は…なんか最近、大事な事を忘れてるような気がする事があって。」
「え…?」
「おじいちゃんと話してる時に、何か思い出しかけたような気がしたんだけど、…頭が割れるように痛くなって、」
「…お姉ちゃん!僕そんな話、聞いてないんだけど!」
「そりゃそーだ、あんたには言ってないもん」
ぐっ、とタイチが歯を食いしばる。
今度はタケルが尋ねる。
「……サチ。そう言う事は、今までもあったの?」
「…うん、前にも1度だけ。」
タイチの訓練を見ている時に、とは敢えて言わなかった。
タケルは、しばらく考え込んでしまった。
「あー、でも、それ以外は基本的に超元気だし、忘れてるような気がするってのも、勘違いかもしれないし?ほんと、大した事じゃないから!」
サチが取り繕うように言う。
「あっ!そうだ!私、お父さんに1つ、お願いがあったの!」
「…何だ?」
「あのね、夏休み中に、この家の書庫に入ってもいい?」
本邸の裏には大きな蔵があり、その2階は古くて貴重な書物がたくさん収められている書庫がある。普段は、当主の許可が無ければ立ち入り禁止だった。
「…書庫を?どうして?」
「えーと、それがねぇ…。ゴトウ先生から、課題を出されていまして…。」
この夏休み中、アザイ家に残っている書物のうち、予知能力に関するものを全部読んで、レポートにまとめる事。それがゴトウの出した課題だった。
「…なるほど。そういう事なら、もちろんいいよ。古い本ばっかりだから、破損しないように気をつけて。あと、相当埃だらけだと思うぞ。しばらく誰も立ち入ってないはずだから。」
「うん。ありがと、お父さん。」
*****
ひとしきりお喋りに花を咲かせた後、サチとタイチはお休みなさいと挨拶をして、それぞれ自室に引き上げていく。
2人を見送った後、タケルも奥座敷に向かった。
襖を開けると、ユキは既に床について、目を閉じていた。
「ユキ、ただいま。」
側に座って、ユキの頬を優しく撫でる。
「……ユキ。今日は、ちょっとびっくりしちゃったよ。久しぶりに会ったサチが、出会った頃のユキとそっくりになってて。どんどん、ユキに似てくるみたいだ。」
タケルは、反応のないユキにそっと語りかける。
「大丈夫。……今のところ、封印は上手くいってる。
ただ、記憶を取り戻しかけてるみたいだから、注意しないとだな。」
身じろぎもしないユキの左手を取り、薬指にはめられた指輪を撫でる。
「心配しなくていい。……サチは、絶対に俺が守るから。」
タケルはおやすみなさいと呟くと、ユキの隣に敷かれた布団に潜り込んだ。




