第6話 長男至上主義の家で、サバイバルする
サチは、医務室のベッドで目を覚ました。
「……はぇ?ここ、どこ…?」
間抜けな声を上げるサチに、側に座っていたアラタが声をかける。
「お、起きたか。お前、廊下で倒れてたんだぞ。」
「…………」
ぼんやりする頭で、サチは記憶を手繰り寄せる。
…ああ、そうだ。
確か、ゲンドウと…
「…ゲンドウ校長と、話してたんだろ。」
サチが、ハッとアラタを見る。
「悪い。どっかぶつけたりしてないか、視させてもらっちゃった。その時、校長が視えた。」
念視。アラタの能力だ。
「俺がお前を見つけた時には、もう校長はいなかったけど…。
サチ、校長に何か怒られてたのか?」
「え?いや別に、怒られてたって訳じゃ…」
「そうか?…なんか校長、すごいおっかない目してたから。
てっきりお前が何かやらかして、校長にこっぴどく怒られて、びびって失神したのかと思ったわ。」
アラタがニヤリと笑う。
「ちっ、違うわい!失礼なっ」
サチがアラタを小突いた。
そこで、ふとサチは思いついた事があった。
「…ねぇ、アラタ。あんたの能力って、かなり昔の記憶も視えたりするの?」
「ん?あー、そうだな。大きな残留思念なら、時間が経ってても視える事はある。狙って視るのは難しいけど。…なんで?」
サチはアラタに、最近何か大切な事を忘れている気がする、という話をした。
「うーん…。そもそも、物に残ってる残留思念ならまだしも、人間は記憶が多すぎて…しかも本人も忘れてるような事じゃ、さすがに視れないんじゃないかな…」
「あのね、さっき倒れる前に…何かを思い出しかけた気がしたの。それを視る事とかなら、できる?」
んー、とアラタが唸る。
「視えるかどうかは、分からん。もしかしたら、いらん事まで視えちゃうかも。それでもよければ、やってみるか?」
いらん事まで…?
サチは一瞬身構えたが、別に何も悪い事はしてないしなと思い直し、頷いた。
「そんじゃ、手を出して。」
サチがアラタの手を握ろうとした、その時。
ガラッ!!
突然扉が開き、どこから聞きつけてきたのか、タイチが飛び込んできた。
「お姉ちゃんっ!!!」
咄嗟に、パッとサチがアラタの手を離す。タイチはアラタを睨みつけた。
「…2人で…何をしてたの…?」
はぁー、とアラタがため息をつく。
「あのさ、何が気に入らないんだか知らないけど…俺べつになんにも悪い事してないからな?ただ、念視を…、」
「あーー!あーーー!!!なっ、何でもないの!!」
サチが、アラタの言葉を遮る。
記憶には、タイチも関わっているかもしれない。…何となく、タイチには知られたくなかった。
「あ、アラタがここまで、運んでくれたんだよねっ!ありがとう!私もう大丈夫だから、帰ろうかな!」
「じゃあ、僕がお姉ちゃんを寮まで送っていく。…あんたは、もう行っていいよ。」
あからさまな敵意に、アラタは苦笑いした。
*****
「夏休み中、タイチはずっと家に帰る?」
寮への道すがら、サチがタイチに尋ねた。もうすぐ、1学期が終わる。
去年までは、サチはお盆の時期だけしか帰省していなかった。寮の方が気楽だったからだ。
…その事を、タイチが恨んでいるとも知らず。
「僕は、お姉ちゃんと一緒にいられるなら、どこでもいい。」
間髪入れない返答。うーん、我が弟ながら、すがすがしいまでのシスコン。
「んー…。タイチは一応、帰った方がいいんじゃない?あの家の人たち、タイチの事大好きだし、帰ってきたら喜ぶんじゃないかなぁ。ほら、おばあちゃんとか。…あと、お母さんも。」
私はあの家に、歓迎されてないけど。という言葉は、飲み込んだ。
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に帰ろう。そうじゃないなら、帰らない。」
「…あんた、いい歳して、そんなにお姉ちゃんにべったりでいいワケ…?
せっかくイケメン×有能アタッカー×次期当主というハイスペック三銃士を持ってるんだから、もっとほら、彼女作るとかさぁ…。」
「彼女なんていらない。お姉ちゃんがいればいい。」
はぁー、とサチがため息をつく。
「あのねぇ…そんな事言ったって、あんたもいずれはお嫁さん迎えて、跡継ぎ作んなきゃいけないんだからね!そしたら、そのお嫁さんからしたらお姉ちゃんなんて邪魔以外の何者でもないんだから!」
「お姉ちゃんを邪魔扱いするような女とは、絶対に結婚しない。……ていうか、いまそんな話、したくない。」
サチは肩をすくめた。
「もう……仕方ないなぁ。じゃ、今年の夏休みは、まるまる一緒に家で過ごそうか。」
タイチの顔が、パッと明るくなる。
(…まぁ、そのうち嫌でも姉離れするだろうし、今のうちに素直で可愛いタイチを堪能しとくか。あの家に帰るのは…嫌だけど。)
セミが鳴き始めたのを聞きながら、サチは腹を括った。
*****
「お帰りなさいませ、タイチお坊っちゃま!…サチさんも。」
はい出たー。帰宅早々のきょうだい差別。
サチは苦笑いした。
出迎えてくれたのは、ずっと本家の使用人長を務めているナガイだ。お父さんが子供の頃からいるらしい。…見た目からは、年齢不詳だ。
アザイ家には、サチになぜか冷たく接する人と、温かく接してくれる人の2種類がいる。
ナガイは、前者だ。
「今夜は、ご主人様もお帰りになられますよ。タイチお坊っちゃまの成長された姿を見たら、大層喜ばれるでしょう。」
あぁー、そうそう、こーゆー感じなの。
一時が万事。
別にあからさまな意地悪をする訳じゃないんだけど、まるでサチが存在しないみたいに扱う。…透明人間になった気分だ。
「…お姉ちゃん、行こう。」
ナガイを無視して、タイチがサチの手を取る。
以前は、サチが無視されるたびに正面からタイチが抗議してくれたが、何年経っても状況が変わらず、いつからか逆に、タイチがサチに冷たく当たる人を無視するようになった。(それ、逆効果なんだけどな…。)
「お父さん、今日は帰って来るんだね。…私、会うの、半年ぶり?とかかも。」
「…僕は、こないだ任務で会った。」
タイチはアカデミー在学中だが、アタッカーとして既に特殊任務に派遣されている。
「そっか。お父さん、変わりなかった?」
「うん。いつも通り。」
話しながら、奥座敷に到着する。
サチは深呼吸をしてから、
「お母さん、入るよー」
と中に声をかけた。返事はない。
サチとタイチの母のユキは、常にこの奥座敷で過ごしている。
心臓は動いているし、呼吸もしている。夜になったら眠る。
ただ…2人がまだ小さい頃に、心が死んでしまった。
虚ろな目は何も映さず、話しかけても何の反応もない。父のタケルと同い年のはずだが、見た目はもう60代のおばあちゃんに見える。しかし、顔はサチとよく似ていた。
サチとタイチにとっては、物心ついた時から既に母親がこの状況だったので、特に悲観する事もなく自然と受け入れていた。
しかし、もともとの母親を知っていたタケルや他の人達にとっては、今の母親の姿を見るのはきっと辛いのだろう。タケルの他は、時折マサヤの母のミオリ(母の親友だったらしい)が尋ねてくる以外、ほとんどこの奥座敷に寄り付く者はいなかった。
だからこそサチとタイチは、家にいる時はなるべく母親のところに顔を出すようにしていた。
中に入ると、ユキは机の前の座椅子に座っていた。
いつもの定位置。ちょうど、庭が見える向きだ。
日中、起きている(?)時間はなるべく座位で過ごすようにと、毎日ヘルパーさんが寝床から移乗してくれている。
「お母さん、ただいま。タイチと一緒に、帰ってきたよー。」
サチが話しかける。もちろん、反応はない。
「外は暑いよー、ほんと溶けるかと思った…。今年の夏休みは、2人ともずっと家にいるから…。お母さん、また来るね。」
サチは、ユキの手を握った。
ユキの心がなぜ死んでしまったのか、サチもタイチも知らない。母親の話を聞こうとすると、なぜかはぐらかされてしまう事が多かった。タケルも、いつも困ったような悲しそうな表情を浮かべるので、それ以上追及できなかった。
この家には、私たちが知らない事が、まだまだたくさんある。
お母さんの事は、そのうちの1つに過ぎない。
サチは、改めてそう思った。




