第5話 あれ?もしかしておじいちゃん、黒幕?
タイチとマサヤは、決して仲が悪い訳ではない。
2人はたった2ヶ月差で産まれて、赤ん坊の時から今まで、ずっとアザイ家で一緒に過ごしてきた。お互いの考えている事は何となく分かる、いわゆるツーカーの仲だ。
ただ、2歳でタイチが能力に目覚めた後から、タイチはゲンドウに拘束される時間が多くなり、マサヤの家で一緒に遊ぶ時間は、どんどん減っていった。
でも、サチだけは変わらず、引き続きマサヤの家に遊びに来てくれていた。
マサヤには、2歳違いの双子の妹がいる。
ちょうどタイチがマサヤの家に来れなくなった頃から、マサヤの母親のミオリは双子の世話で忙しくなった。そんな時に、サチはそれこそ姉のように、時には母親代わりとなって、マサヤの寂しい気持ちをさりげなく埋めてくれたのだった。
マサヤにはなかなか能力が発現しなかった。タイチとどんどん差が開いていく事に、マサヤは焦りを感じない訳にはいかなかった。マサヤのそんな気持ちも、サチはちゃんと分かっていた。
『おねーちゃんもさぁ、全然能力発現しないんだよねぇ。困っちゃうよね。
…ねぇ、もし私達2人とも能力がなかったら、2人で助け合って一般人として生きてこうか。
…タイチには、内緒ね?』
サチとの、2人だけの秘密の約束。
この約束があったから、マサヤは焦る気持ちを落ち着ける事ができた。タイチに対しても、必要以上に卑屈にならずに済んだ。
8歳でマサヤに攻撃者の能力が顕現した時に、サチは手放しで大喜びした。涙ぐんでさえいた。サチ自身はまだ能力が目覚めていないのに、年下のタイチやマサヤを妬む事なく、真っ直ぐに『すごいすごい!』と2人を褒めた。
サチ姉の方がすごいだろ。
マサヤはサチの明るくて素直でしなやかな性格に、何度も救われてきた。
サチには、いつも笑っていてほしい。
辛い思いをしていたら、俺が助けてあげたい。
いつしかマサヤは、サチに対して、<近所のお姉さん>以上の感情を持つようになっていった。
*****
「サチ姉?…大丈夫?」
図書館で、大量の課題を前に椅子に座ってぼんやりとしているサチに、マサヤが声をかけた。
「…あ、マサヤ…。あ、はは、なんか眠くて、ぼーっとしちゃってた。起こしてくれて、ありがと。」
サチはからからと笑う。だが、暇さえあれば四六時中サチを観察しているマサヤは、それがカラ元気だとすぐに気づく。
「…疲れてるの?」
「あら、心配してくれてるの?ありがとー。マサヤは昔から、ほんと優しいね。」
サチが話をはぐらかす。マサヤは首を振る。
「…サチ姉。俺じゃ、頼りにならないかもしれないけどさ…。話を聞くとかなら、できるから。
秘密も守る。絶対に。」
サチはマサヤを見た。
改めて見ると、マサヤもずいぶん大人びたなぁ。ちょっと、サトルおじさんに似てきたかも。
しばし、沈黙。
「…なんかさ、最近、変な感じなんだよね。」
ぽつりと、サチがこぼした。
「変な感じ…?」
「ん。何ていうか、表現が難しいんだけど…
何か大切な事を忘れているのに、それが何なのか思い出せない、みたいな…」
この間、ここからタイチの訓練を眺めている時に、一瞬だけ何かを思い出しそうになった。だけどすぐに、重い蓋がまた固く閉じてしまった。
「……サチ姉。」
「ん?」
「それってさ。…もしかして、予知能力の予兆って可能性、ない?」
「……えっ!?」
思いもよらない考察だった。
「予知能力って、色んなパターンがあるんだろ。…何となくもやもやっとした感じから、予知につながったりするのかも…?」
「そ、そう言われると、そうかも…!?」
サチが目を見開く。
「こっ、こうしちゃいられない!ゴトウ先生に話してくる!!!」
「あっ、サチ姉…っ」
サチは、図書館を飛び出して行った。
*****
「何か大切な事を、忘れているような気がする…?」
ゴトウは顎に手を当てて、うーん、としばし考え込んだ。
「……私の知る限り、予知能力を発現する時に『過去』に指向が向かう事は、あまり典型的ではない。」
「えぇー……そうですか……。」
サチは、がっくりと項垂れた。
「いやいや、まだ絶対に違うとも言い切れないよ。そういう気分になったのは、最近からなの?」
「はい。ついこないだから。」
「何かきっかけが?」
「うーん…?こないだタイチの訓練をぼんやり眺めてる時に、何かを思い出しかけたような気がしたんだけど、きっかけというか、たまたま?」
「とすると、何かタイチ君に関係する記憶なのかな?」
「タイチに?…
…うーーーーん、ほんっとに、全然分かりません…。」
サチは唸った。
「まぁまぁ、そんなに焦らなくても。少し様子を見てみよう。何か他に変わった事があったら、報告して。」
「…はい。」
(あーあ、ぬか喜びだったか。
ま、そーうまくはいかんよね、何事も…。)
一方、教員室を出ていくサチの後ろ姿を見送りながら、ゴトウはある可能性について考え始めていた。
失われた記憶。
発現しない能力。
ゲンドウの推薦。
「いや…まさかな。考え過ぎだ。」
ゴトウは首を振った。
*****
教員室を出て、サチは再び図書館に向かう。
と、その時。
廊下の向こう側から、ゲンドウが歩いて来るのが見えた。
(うわ、やだな…)
サチは俯いてゲンドウから目を逸らし、軽く会釈をしながら足早にゲンドウの横を通り過ぎようとした。
が。
「サチ。」
突然、ゲンドウが声をかけてきた。
サチと会話を交わすのは、何年ぶりだろう。
サチはゲンドウに向き直る。
「……は、い。」
「予知能力は、使えるようになったか?」
いきなり、痛いところを突かれる。
「…いえ、まだ…。」
ゲンドウは返事を返さずに、サチを冷たい目で見据えた。
その瞬間、サチはまた、あの感覚に見舞われた。
何かを、忘れているような。
大切な、何かを。
「………っ、」
急に、強い頭痛がサチを襲う。
頭が割れるような痛みに立っていられなくなり、その場にしゃがみ込む。
「う…、っ、お、じいちゃ……」
ゲンドウに助けを求める。
しかしゲンドウは、黙ってサチを見下ろし続けていた。
ああ。
前にも、こんな事が、あった。
おじいちゃんに、……
「……おい、サチっ!?大丈夫か!!」
たまたま通りがかったアラタが、慌てて倒れているサチに駆け寄って来る。サチは返事ができない。真っ青な顔色で、呼吸が促迫している。
「待ってろ、今医務室に連れてってやるから…!」
サチをおんぶで背負い、医務室に向かって走る。
ゲンドウは、既に姿を消していた。




