第4話 私だけ、何かが違う
サチは、訓練場でゲンドウの特訓を受けているタイチの姿を、図書館の窓からぼんやりと眺めていた。
今日は遠距離攻撃の精度を上げる訓練らしい。30m程離れた標的に向けて、正確に野球ボール大のエネルギー弾を作り出して、一定間隔で投げつける。安定して的を捉えられるようになったら、次は大きく動く的に向けて同じ事を行う。内容的には、上級生が受けるレベルの訓練だ。
(タイチ、ほんとに強くなったなぁ…)
タイチの実力は、サチがアカデミーに入学してからはほとんど見る機会がなかった。きっとサチがいない3年間も、アザイ家でゲンドウのシゴキに頑張って食らいついていったんだろう。
周囲からは天才だ逸材だとさんざん持ち上げられているタイチだが、サチにとっては、今でも泣き虫の可愛い弟だ。
タイチは、人前では意地でも弱味を見せないように、常にパッツパツに戦闘態勢を張っている。ちょん、と針を刺したら、破裂しそうだといつもサチは思っていた。
サチがアカデミーに入学するまでは、時々タイチのガス抜きをしてあげられた。だけどサチがいない間は、どうしていたんだろう。長期休みの時に帰省すると、タイチは以前ほどサチに甘えて来なくなっていた。
次期当主は、タイチ。あらゆる意味で、それはもう既定路線だった。サチも、異論はない。
だけどタイチは、まだまだ9歳。あの小さな両肩に、あまりにも大きいプレッシャーがのしかかっている事を、サチは心配していた。
『お姉ちゃんは、一生働かなくていい。…僕が当主になったら、ずっとあの家でお姉ちゃんの面倒を見るから。』
サチは、タイチの言葉を思い返して、ふっと笑った。
「あの子ったら、ずいぶんませた事言うようになったなぁ…。」
サチに能力が発現しなかったら。
能力至上主義のアザイ家では、どう考えてもお荷物になるだろう。
(どうして私には、能力がないんだろう。)
サチは、もう何度目になるかわからない問いを、頭の中で巡らせる。
サチの母親は、能力者だったと聞いている。実際、アカデミーで父親と出会ったという馴れ初めだったはずだ。だけど、何の能力だったのか、なぜか誰に聞いてもはっきりとは教えてくれない。
能力者どうしの両親から産まれた子供は、ほぼ確実に何らかの能力を発現する。この法則から言えば、サチは能力者のはずだ。それなのに…。
アカデミー入学の半年前、ゲンドウが突然、サチは予知能力者だと告げた。ゲンドウが人の能力を判定する力を持っているのは知っていた(実際それを、生徒のスカウトに生かしていた)。だけど、本当に唐突に、何の前触れもなく、ゲンドウはサチに宣告を下した。その鶴の一声で、サチはアカデミーに入学する事になったのだ。
ゲンドウの言葉以外に、サチが予知能力者だという証拠は何もない。だけど、ゲンドウが嘘をつく理由もない。…もしかしたら、ただ単にアザイ家から非能力者が出るのが嫌だったのかもしれないけど。それでも、本当に非能力者だったら、結局アカデミーに入った後にいずれ分かってしまって、ゲンドウの嘘が露見してしまう。そんなリスクを、ゲンドウが冒すとは思えない。
考えれば考える程、サチは分からなくなってくる。
父親のタケルは、サチの能力について何も言ってくる事はない。…興味がないのかもしれない。きっとサチには、何の期待もしていないのだろう。
「………?」
あれ?何だろう。何か、すごく大事な事を忘れているような気がする。
サチは、頭の中のもやを少しでも晴らそうと、懸命に記憶を探る。
ゲンドウの怒声。
地下牢の冷気。
焼け付くような痛み。
………
……わからない。思い出せない。
ただ、分かっている事は、1つだけある。
私だけ、あの家で浮いている。
私だけ、何かが違ってる。
胸に兆した違和感を、頭を振って追い払い、
サチはまた大量の課題に取り組み始めた。
*****
サチとマリは、入学以来、寮の同部屋だった。
「ふぃー、いい湯だったワイ。」
サチが髪の毛をタオルで拭きながら、タンクトップと短パン姿で部屋に戻ってきた。
「サチ…あんたおっさんじゃないんだから…。」
はぁー、とマリがため息をつく。
「いいじゃんいいじゃん、どうせ女子寮だから誰も見てないしー。」
「…ったく、何でこんな女子力ない奴が、年下ホイホイなんだ…野生の人たらしめ…」
「ん?何?ホイホイ?」
何でもないない、とマリが手を振る。
「しっかし、最近暑くない?冷房入れちゃだめかな?もー汗だくだわ。」
サチがタンクトップまで脱ぎ始める。
「ちょっ、あんたねぇ…さすがに人前でそれは……
………あれ?」
マリの視線が、サチの背中に釘付けになる。
「背中、何かついてるよ?」
サチの背中の肩甲骨の高さに、2センチ程のあざのようなものが見える。
「え?ああ、これ?何か小さい頃からあるんだよね。何だろね、生まれつきのあざかな?」
「…これ、本当にあざ?」
よく見ると、それは明らかに、人為的につけられた模様だった。…ちょうど、タトゥーのような。
「これ、誰かにつけられた痕、じゃない?…覚えてないの?」
ええ?とサチが首を捻る。
「いくら鈍感とは言え、さすがに体に何か彫られたら、私だって覚えてるわー。たまたまそういう形のあざなんじゃない?」
たまたま、で説明できるようなレベルではない、精巧な模様だった。しかしサチが上からTシャツを被った事で、話は打ち切りになった。
(……あれ?そういえば、さっきの模様、どっかで見た事あるような…)
「マリ?どしたの?」
「……あ、いや、…何でもない。」
マリは、頭にかすかに浮かんだ疑問を、すぐに隅に押しやった。




