第3話 落ちこぼれの矜持 -君達の世話にはなりません-
※幸せの条件 -あなたと、生きていくために- の続編です。
※前作があまりにも暗くて救いがなさ過ぎたので、今作は明るい文体を目指します。
※前作を読んでいなくても大丈夫です。
「…あんた達、何でまたこっちの教室いんの…。」
サチはため息をついた。
ここは、昼休みの第4学年の教室。サチの机の両脇に、タイチとマサヤがいた。
タイチとマサヤは、入学以降ひっきりなしに、サチのところに入り浸っていた。
今日は、どの学年も座学の日だった。
アカデミーでは、普通の学校のように毎日クラスで授業を受けるわけではない。週2-3日、学年担任による座学の授業はクラスで一緒に受けるが、それ以外は能力ごとに学年担任とは別の担当教官がつき、個別のカリキュラムが組まれている。その個別指導教官が誰になるかによって、生徒のアカデミーにおけるQOL(quolity of life)が決まると言っても過言ではない。何せ、アカデミー在籍中の9年間のほとんどを、その教官とべったり過ごす事になるのだ。
「あのさぁ、キミたち…。お姉ちゃんも、暇じゃないんだからね。課題いっぱい出されてて、明日までに終わらせないと、またゴトウ先生に締め上げられる…」
「サチってば、まーたゴトウ先生怒らせちゃったのー?」
マリが、からかうようにツッコミを入れる。
「…誰、そのゴトウって奴。お姉ちゃんをいじめるの?」
不穏な空気を出すタイチに、サチは慌てて言った。
「ち、ちがうちがう!ゴトウ先生自体は、いいひとなんだよ…。私が、落ちこぼれなだけ…」
サチの能力は予知能力(という事になっている)だが、実はサチ自身が覚えている限り、予知を成功させた事は一度もない。ただアカデミー入学前に、ゲンドウがサチは予知能力者だと判定した事で、今に至る。
……正直、自分が本当に能力者なのかどうかすら、怪しく思える。
ゴトウは予知能力の第一人者で、従来あやふやだった予知の発現条件や精度を理詰めで徹底的に分析し、コントロール術を開発してきた研究肌の教官だった。
指導教官を務めるサチに対しても、何とかすれば必ず能力が向上するはず、と信じて、この3年間つきっきりであの手この手の指導を施したが、残念ながらサチには全く変化がなかった。
『あのゲンドウ校長がサチの事を予知能力者だと言ってるんだから、それは間違いないはずだ。
しかも君はアザイ家の一族。
……君の能力が発現しないのは、僕の指導が悪いからだ……。』
がっくりと項垂れるゴトウを、サチは『せ、先生のせいじゃないよ、私が無能なだけだよ』と必死で宥める。
…何だこれ、普通逆じゃない?(みじめすぎる…)
しかしそれでも、ゴトウは諦めなかった。サチにさらにありとあらゆる課題を課して、能力の賦活を図った。
…という訳で、サチは日常的に、大量の課題を抱えこむ事になったのだった。
「……わ、私の事は、どーでもいいのよ!あんたたちは、指導教官決まったの?2人ともアタッカーだから、同じ先生?」
「ああ…それね…」
マサヤが、歯切れ悪く応じる。
「どしたの?何か問題?」
「俺はネヅ先生なんだけど、…タイチは、ゲンドウ校長。」
「……は?おじいちゃん?」
「俺とタイチの実力が違い過ぎるから、って。俺は基礎コースで、タイチは応用コース、的な?」
タイチは、憮然として黙り込んでる。
「えー、校長が個人指導教官なんて、今まであり得なかったよね??さすが、特別待遇!!」
マリが持ち上げるが、タイチはますます顔を顰めた。
タイチがゲンドウに畏れを抱いている事は、サチもよく分かっていた。
あの地下牢閉じ込めの一件以降も、タイチはゲンドウからの厳しいお仕置きに耐え続けた。
ゲンドウは、タイチの事を"タケル以上の逸材"と評価している。だからこそ、"教育"に熱が入ってしまう。
「…じーちゃんが指導教官って、家にいた時と何にも変わらないんだけど。」
タイチがぽつりと呟く。
サチはその頭をよしよしと撫でる。
「おじいちゃんにいじめられたら、いつでもお姉ちゃんに言いなさいよ。…すぐ、お父さんに告げ口してあげるから。」
「って、そこはサチが戦うんじゃないんかい!」
マリがツッコむ。
「あったりまえじゃん…。私がおじいちゃんに直接物申せる訳ないでしょ、くわばらくわばら…。
ま、そもそも、おじいちゃん私の事なんて眼中にないけど。」
実際、最近ではサチはゲンドウと接する事がほとんどない。
ゲンドウは孫をあからさまに差別していた。タイチには節々でお祝いを贈るのに、サチはゲンドウから誕生日プレゼント1つ、もらった事がない。
(これが長男至上主義ってやつかい。ちくしょー。)
…と思いつつも、正直なところサチは、ゲンドウが自分に干渉してこない事に安堵していた。ただただ、タイチがゲンドウの標的になっている事に同情するばかりであった。
「ネヅ先生は、めちゃくちゃ優しい人だよ。マサヤ、良かったねぇ。
てかそーいえば、今ってあんた達2人以外にアタッカーの生徒っていないんだね。こないだアタッカーの先輩が卒業しちゃったから。」
「…ねぇ、サチ姉。」
「ん?どした?」
マサヤは深呼吸してから、サチに告げた。
「俺、絶対強くなるから。タイチに負けないくらい。…だから、見てて。」
「…??う、うん。頑張ってね…?
でもさ、確かにタイチのお父さんもめちゃ強いアタッカーなんだから、ほんとにタイチも絶対強くなるって!」
楽しみだね、とサチがにこっと笑うと、マサヤは照れたようにサチから目を逸らした。
(そしてその様子を、傍から目ざとくマリが観察していた。)
その時、ガラッと戸が開き、アラタが教室に入ってきた。
「あ、アラタ、お帰りなさい。イナバ先生に会えた?」
「うん。イナバ先生、またちょっと具合悪そうだったけど…」
アラタの個人指導教官のイナバは、非常勤講師のおじいちゃん先生だった。白髪としわだらけで、しょっちゅう体調を崩している。
イナバはとっくに現役を引退していたのだが、念視能力者は比較的数が少なく、アラタの師匠としてゲンドウから抜擢されたのだった。
「イナバ先生の話、面白いんだよなー。現役時代に関わった、エッグイ事件の話とか。」
「ええ…ちょっと怖くない?私、スプラッタ系の話、苦手なんだよねぇ…。」
マリが顔を顰める。
「まぁでも、俺も卒業したら絶対警視庁配属だろうし。今から心構えしとかないと。」
「はぁ…アラタはいいなぁ。将来の進路も安泰で。」
サチが、小さな声でぼやく。
「私なんて…卒業するまでに1回も未来予知できなかったら、どうしよう…。ゴトウ先生、寝込んじゃうかも………。」
はぁー、とサチは頭を抱える。
「大丈夫だって。サチ、こんだけ頑張ってんだから。しかもあと6年間もあるし。」
アラタがサチを励ます。
と。
「お姉ちゃんは、一生働かなくていい。
…僕が当主になったら、ずっとあの家でお姉ちゃんの面倒を見るから。」
タイチの突然の爆弾発言に、一同は唖然とした。
「え、えっと…アリガトウ、ゴザイマス…?」
サチは、目をパチクリさせながら答えた。
「おいサチ、それでいいのかよ?…お前、あの家出られて、せいせいしたっていつも言ってんのに…」
アラタが口を挟む。
「えっ、?あ、そ、そうだよっ!私、あの家には戻んないからっ!!」
サチが正気に戻る。
「……どうして?僕が当主になっても、あの家で暮らすのは嫌なの?絶対にお姉ちゃんを、幸せにするから。」
「えっ、いや…というか……、」
…タイチって、こんなに押しが強かったっけ…?ていうか、なんかプロポーズみたいになっちゃってるけど…。
サチはたじたじになる。
そこへ、今度はマサヤが横槍を入れる。
「じゃあ、サチ姉は俺と暮らそうよ。俺と一緒に、あの家出よう。俺が養ってあげる。」
んん??一体なぜその発想になる????
いや待て、それ以前に…
「えっと…そもそもキミたち、何で私が、プータローになることが前提なの、かな?」
「サチー、いい弟くんたちじゃんー。サチに能力が目覚めなかったとしても、遊んで暮らせる保証をしてくれるなんて!」
マリがからかうように言った。
わなわなと、サチが震える。
「……ばかにすんなっ!!能力に目覚めなかったとて、泥水啜ってでも自分で働いて生きていくわっ!!
キミたちみたいな鼻垂れ小僧達の世話になるほど、落ちぶれちゃいないのよ!!!」
サチが爆発した。
*****
「なぁ、さっきの、どう思う?」
放課後、サチが課題をこなすために図書館に向かうのを見送った後、アラタがマリに話しかけた。
「さっきの、って?あー、サチが年下ホイホイっていう話?」
「と、年下ホイホイって…。いや、そうじゃなくて。
…サチの、能力の話。」
「卒業までに、予知能力が発現するかどうか、って話?」
こくり、とアラタが頷く。
「本人の前では言えないけどさ…。この歳まで能力が発現しないのって、普通あんまりないんだろ?
俺は家族に能力者もいないから、よく分かってないんだけど…そもそも、本当にあいつに、予知能力ってあるの?」
「うーん…。実は私も、ちょっと思ってた。そもそもサチみたいなケースって、あんまりないんだよね。能力は発現してないけど、校長の推薦、みたいな形で入学になるのって。
ゲンドウ校長はその人のオーラを見て、何の能力か判定する力を持ってるんだけど。サチが予知能力を持ってるって、嘘つく理由もないし…。」
うーん、そうだよな。とアラタは首を捻る。
サチは本当に落ちこぼれなのか?
そもそも、非能力者なのでは?
2人は、本人不在のまま、考え込んでしまった。




