第2話 激重シスターコンプレックス
※幸せの条件 -あなたと、生きていくために- の続編です。
※前作があまりにも暗くて救いがなさ過ぎたので、今作は明るい文体を目指します。
※前作を読んでいなくても大丈夫です。
アカデミーの入学式。
今年の新入生は、2人だけだった。しかも、もう1人の新入生もアザイ家の子息で、タイチも入学前からよーく知っている幼馴染だった。
タイチと同学年で入学したマサヤ・アザイは、タイチの父親であるタケルのおじさんの長男だ。下に双子の妹がいて、年の近いサチとタイチは、幼い頃からしょっちゅう分家であるマサヤの家に遊びに行った。マサヤの母親のミオリは、サチとタイチの2人にとっても母親のように、いつも温かく迎えてくれた。
マサヤの能力も攻撃者(マサヤの父親もアタッカーで、アカデミー時代はタイチの父親の師匠だったらしい。と、いつも本人が自慢している。)だ。ただし、マサヤ能力が顕現したのは、タイチと違ってアカデミー入学の1年前だった。通常は早ければ5歳、遅くても8歳くらいまでに能力が判明する事が多いので、決してものすごく遅いわけではない。
…2歳で才覚を現した、タイチが異常なのだ。
「あれがサチの弟かー!!確かにサチと全っ然似てなくて、将来超絶イケメンに育ちそうな美少年…!はぁー眼福眼福。ん?よく見ると隣の少年も、なかなかカッコいいじゃないー!」
「…マリは、いつも一言余計なんだよな…。」
はぁ、とサチがため息をつく。
「まぁ、正直私は見慣れちゃって、お父さんもタイチもあんまりイケメンとかは思わないけど…」
「…サチ、あんた、目が肥えすぎちゃって、将来カレシできないんじゃない?もっと現実見な?」
「よけーなお世話!!」
在校生席でマリと戯れ合うサチの様子を、タイチはこっそりと覗き見していた。
(お姉ちゃん……)
3年前にサチがアカデミーに入学してから、タイチはずっと孤独だった。
タイチは2歳で能力に目覚めてから、祖父のゲンドウに厳しい手解きを受けていた。父親のタケルは、まだ小さいからそんなに厳しくしなくても、と掛け合ってくれたが、天賦の才を持つタイチは1を教えると100まで理解し、ゲンドウの教えもどんどん吸収していった。
<本家の息子が、とんでもなく有能らしい。>
噂はすぐに親族中に広まった。
羨望、嫉妬、期待。
大人たちから、まだ幼いタイチにありとあらゆる感情が突き刺さった。
タイチは自分に向けられる不躾な視線に気づかないフリを続けたが、内心はいつも、緊張を強いられていた。
あれは、タイチが5歳の時。
ゲンドウの"教育"は、いよいよエスカレートしていた。
連日のシゴキに疲れ果てて、初めてゲンドウの訓練をサボったタイチは、激怒したゲンドウによって離れの地下牢に閉じ込められた。その時タケルは、仕事で不在にしていた。
暗くて埃っぽい地下牢はしーんと静まり返っており、タイチは恐怖でカタカタ震えた。いくら能力が秀でていても、実際はまだ、小さな5歳の男の子だった。
そこへ、カツン、カツンと誰かが階段を降りてくる音がした。タイチはビクッと身を縮める。
姉の、サチだった。
見張りの目をかいくぐって、侵入してきたようだ。
『お姉ちゃん…っ、だめだよ、見つかったらお姉ちゃんも…!!』
『シーッ!静かに…。だいじょぶだいじょぶ、お姉ちゃんこーゆーの得意なの。」
『こーゆーの、得意……?』
サチは、牢の中のタイチに、ポケットから出した板チョコレートの包みを手渡す。
『お腹空いたでしょ…ちょっとだけだけど、これ。』
『………っ……』
タイチは、声を押し殺して泣きながら、チョコレートを齧った。
『ここさ、雰囲気が無駄に怖いよねぇ。タイチ、大丈夫?』
まるで、以前自身もここに幽閉された事があるかのような口ぶりだった。
『…お姉ちゃんも、ここに入れられた事あるの?』
タイチが尋ねるが、サチはそれには答えなかった。
『ねータイチ、見て見て。あそこの天井のシミ。あれ何に見える?…おねーちゃんは気づいてしまったんだけど、あれね、右がドーナツで、左がシュークリーム。パカって蓋みたいになってて、クリームが挟まってるタイプの。』
『………………見えない。』
あちゃー、無理あったかー、とサチは屈託なく笑う。
『じゃあさ、他のシミが何に見えるかゲーム、しよ!あっちはどう?何に見えるー?』
サチはつとめて明るく、いつもよりよく笑った。先程まで恐怖で暗く沈んでいたタイチの心に、まるで夜明けの日の出のように、明るい光が差し込んだ。
あの後、結局どうなったのか、よく覚えていない。
ただ後日、出張から帰宅したタケルにサチがタレコミをして、怒ったタケルがゲンドウと珍しく大喧嘩になった事は覚えている。
あの日以来、タイチは姉に頭が上がらない。
サチはタイチと比較されて辛い思いをする事も多かっただろうに、タイチに対して一度も卑屈になったり、妬んだりした事はなかった。
ただただ、すごいねぇ、頑張ってるねぇ、とニコニコ褒めてくれた。
タイチは物心ついた時から、母の温もりを知らない。たった3歳年上の、母とそっくりな顔の姉に、タイチは知らず知らずのうちに母を重ねていたのだった。
(やっと…やっとだ。これからはまた、お姉ちゃんとずっと一緒にいられる…!)
サチがアカデミーに入学してから、サチとあまり会えなくなった事で、タイチはサチへの慕情を完全にこじらせていた。
そして、自身が入学する今日という日を、指折り数えて待ち望んでいたのだ。
と、
今度は、サチがアラタと何かを話し込んでいる。
親しげに顔を寄せ合いながら、こそこそと。
(何だ、あの男……お姉ちゃんに気安く近寄るな…!!)
タイチがアラタに睨みを利かせる。
「な、なんかお前の弟、俺の事すげー睨んでない…?」
「あれ、五月蠅かったかな?小さめの声で話してたのに。あの子地獄耳だなー。」
サチは意に介さない。まさか自分が、タイチから激重感情を向けられているとは、思いもしていなかった。
*****
「あのさー、タイチ、お前あからさま過ぎ。」
式典が終わり、第1学年の教室に向かいながら、マサヤはタイチに言った。
「何が。」
「何が、じゃねぇよ。式の間中、ずーっとサチ姉の事見てただろ。」
「それの何が悪い?」
「…開き直ってんなー…。いやまぁ、別に悪くはないけどよ。でもお前って、良い意味でも悪い意味でも注目の的だから、あんま変な事するとサチ姉に迷惑かかるよ?」
「…………」
「きょうだい仲良しなのね♪で済めばいいけど、噂ってのは勝手だからなー。タイチが、能力のないサチ姉を次期当主として軽蔑してる、みたいに思われる事もあるかもしんねーだろ。」
マサヤは、時々驚く程大人びた発言をする。
「……っ、そんな事、絶対有り得ない!!!」
「わーってるって。例え話だろ…。とにかく、あんまサチ姉の事じろじろ見過ぎんなってこと。」
「……わかった。」
いかにも納得してない様子で、しぶしぶタイチは頷いた。
(…ったく、こいつ化け物みたいな異次元の強さの癖に、中身がこんな拗らせシスコンだとは、誰も思ってねーだろうな…)
マサヤは心の中で独りごちた。
(大体、お前とサチ姉はきょうだいなんだから、どんだけサチ姉の事好きでも、絶対結婚できないんだからな。
…サチ姉は、俺がもらう。)
そう。
実はここにもう1人、密かにサチに激重感情を向ける少年がいたのだった。
サチの波乱に満ちた(?)学校生活が、幕を開ける。




