第39話 家族会議① 母の想い -あなたは、あなた-
「ほらみんな!起きて起きて!!もう朝だよー」
明るく響く女性の声で、サチは目を覚ました。
「………?」
ここ、どこだ?サチはぼんやりと考える。
やがて少しずつ、意識がはっきりしてくる。
そこは、本家のサチの部屋だった。窓の外は朝なのか、明るい。
「おはよう、サチ。まだ寝ぼすけさん?」
枕元に立つ声の主を見て、サチは思わず声を上げそうになった。
それは、母親のユキだった。
見た目はいつもより若く、タケルと同い年の年齢相応に見える。
「もう、朝ごはんできてるよ。今日はサチの好きなホットケーキ焼いたから、早く起きておいで!」
言いながら、楽しそうにサチの部屋を出ていく。
何が起きているのか分からないまま、サチはベッドから抜け出して、着替えて居間に向かう。狐につままれた様な気分だった。
「…お姉ちゃん、おはよう。」
廊下に出ると、後ろから呼ばれた。
振り返ると、弟のタイチだった。
「お、…おはよう、タイチ。」
何がどうなってるのか、訳が分からない。
でもなぜかその事を口に出してはいけないような気がして、サチはタイチに無難に返事をした。
2人で居間に入ると、ダイニングテーブルの端に、父親のタケルがコーヒーを飲みながら座っていた。
「あ…おはよう、サチ、タイチ。」
「お、はよう、お父さん、……」
サチは内心さらに混乱しつつも、席についた。
ユキがサチとタイチの前に、3段重ねしたホットケーキを載せたお皿を置く。
「メープルシロップ足りない人は、ここ置いとくから、自分で足してね。
タケル、コーヒーのおかわり、いる?」
ユキがタケルに話しかけると、タケルは「ありがとう」とお礼を言って、空のマグカップをユキに手渡した。
窓の外は、穏やかな快晴。
それは、絵に描いたような、幸せな家族の朝の風景だった。
やがて皿洗いを終えたユキが、自分用のコーヒーを淹れたマグカップを手に、皆と一緒にダイニングテーブルにつく。
サチは改めて、向かいに座る母親を盗み見た。
(お母さんの心が生きていたら、今頃こんな感じだったのかな。……)
ユキの声も、初めて聞いた。いや、本当は小さい頃には聞いていたのだろうけど、サチにはその記憶がなかった。
「今日はいい天気ねぇ。あ、サチ、ホットケーキのお代わり、いる?」
「あ……ううん、大丈夫。ありがとう。」
ニコニコ笑っているユキの顔から、サチは目を離せなくなった。
ああ、このひとが、私のお母さん。
まるでこれまでの事が全て嘘で、今目の前で笑っているユキが本物だと見紛う程だった。
しかし、ユキの次の一言で、サチは一気に現実に引き戻された。
「さて。…あんまり時間がないから、さっそく家族会議、始めましょうか。」
3人は、息を呑んで一斉ににユキを見た。
「どういうわけか分からないけど、今だけ動けるようになったの。…たぶん、サチが増幅した精神世界に、私も取り込まれたから?なのかな。」
ルキヤの術は、対象者の精神エネルギーを増幅させる。それで、ユキに僅かに残されていたエネルギーが揺り動かされたのか。
「というわけで。3人ともちょっと拗れちゃってるみたいだから、腹を割って話し合いましょう。」
ユキは、ニコニコと微笑んだまま言った。
「さぁ、議題がある人は手を挙げて。」
3人とも、お互いの様子を探りながら、誰も手を挙げない。気まずい沈黙がおりる。
「あらら…まぁ確かに、ちょっと唐突だったわね。じゃあ最初は、2人ずつ1対1で、話をしましょうか。」
*****
サチとユキは、並んで縁側に座り、庭を眺めていた。
サチはまたそっとユキを盗み見る。と、ユキもサチの方を見ていて、思いがけず目が合う。
「サチ。…大きく、なったのね。」
ユキは、サチに微笑みかけた。サチは急に、胸が焦がれるように苦しくなる。
「お母、さん。」
なぁに?とユキが、サチの顔を覗き込む。
「どうして、私を、産んだの?」
ずっと聞きたかった。
なぜ、拉致されて無理やり妊娠させられたのに、サチを産んだのか。
ユキは少し考えてから、答えた。
「あなたに、幸せになってほしかったから。」
「……え?」
サチはユキを見た。相変わらず、穏やかな笑顔だ。
「あなたを、愛しているから。幸せになって欲しいから、サチって名付けたの。」
ふいに、胸に温かいものが込み上げてきて、サチの目から涙が溢れる。
「でも……でも、私の姿を見て、……本当のお父さんの事思い出したりして、辛くならなかったの?産んだ事を、後悔しなかった?」
ユキは首を振る。
「あなたは、リヒトじゃない。」
サチは、ハッと顔を上げる。
「あなたは、サチ。もちろんリヒトの遺伝子を受け継いではいるけど、ただそれだけ。遺伝子が、あなたの運命を決定づけている訳じゃない。
…あなたは、あなたなの、サチ。この世でたった1人だけの、優しい女の子。」
ユキは、サチを抱きしめた。
やわらかい、懐かしい温もり。
「あなたが産まれて、私は本当に幸せだった。
あなたがニコニコと笑ってくれるだけで、悲しいことも辛いことも、全部吹き飛んでいったの。
……あなたがいてくれて、よかった。」
その瞬間、サチは思い出した。
幼い頃の記憶。
まだユキの心が生きていた頃の、温かい記憶。
夜、サチが眠るまで歌ってくれた子守唄。
落ち葉を料理に見立てたおままごと。
たくさん読んでくれた絵本。
ああ、そうだ。
私はあんなに、お母さんに愛されていたんだ。
どうして、忘れていたんだろう。……
声を上げて泣くサチの頭を、ユキは優しく撫で続けた。
望まない妊娠をした時、産む選択をする人もいれば、産まない選択をする人もいると思います。
人間は感情の生き物で、理論だけでは子育てはできない。産まない選択も、その人の心を守るために必要な選択であり、どの選択を取ったとしても、その人にとっての正解なんだと思います。




