第40話 家族会議② 父と弟の想い -支配ではなく、自由に-
次はタイチを呼んできて、とユキに言われて、サチは居間に戻った。
居間ではタケルとタイチが、テーブルを挟んでぼそぼそと何かを話し込んでいる。
お母さんが呼んでるよ、とタイチに声をかけると、タイチは立ち上がって縁側に向かった。
後に残されたサチは、所在なさげにタケルの斜向かいに座った。真向かいに座るのが、何となく気まずかったのだった。
2人はしばらくの間、じっと黙り込んでいた。
「……お父さん、は……」
沈黙に耐えかねて、サチが口を開く。タケルがサチを見た。
「お父さんは、私の事……きらい?」
タケルが息を呑んだのが、伝わってきた。
「……嫌いな、訳がない。」
タケルは、絞り出すように言った。
またしばし、沈黙。今度は、タケルが沈黙を破った。
「……怖かったんだ。正面から、サチと向き合うのが。……」
タケルは、サチと目を合わせようとしない。
「サチを、ユキの分まで、愛さないといけないと思っていた。…愛せていると、思っていた。
だけど……結局俺は、真実から目を背け続けていただけだった。
俺がユキを守れなかったから、こんなことになったんだ、と。」
タケルはいったん言葉を切った。
「俺は、偽善者だ。」
「……お父さん……」
「サチを育てる事で、愛してるふりをする事で、自分の罪を償えると、どこかで思っていたんだ。…卑怯だろ。」
タケルが、自嘲するように笑う。
「サチ……幸せにしてあげられなくて、ごめん。」
再び、沈黙がおりる。
「お父さん…聞いてもいい?」
なんだ?とタケルがサチを見る。
「どうして、私の能力を封印したの?」
しばらくじっと考え込んだ後、タケルが口を開いた。
「……サチには、ユキのようになってほしく、なかったから。」
タケルはテーブルに両肘をついて、頭を抱えた。
「増幅能力を持っていると、悪用される危険がつきまとう。…あのテロ事件の時も、ユキの力が利用された。あんな能力、持っていない方が幸せだと、思ったんだ。
それに、能力を使えば使う程、サチの心もどんどん削られていって、いつかユキのようになってしまう。…それだけは、避けたかった。」
サチは黙って聞いていたが、ふと呟いた。
「……ありがとう。」
タケルが、顔を上げてサチを見る。
「私の事、本当に愛してくれてたかなんて、どうでもいいの。……守ってくれていたんでしょう、ずっと。
たくさん隠し事をさせちゃって、ごめんなさい。」
「……サチ……」
「ねぇ、お父さん。私、お父さんが目覚めるの、待ってるから。」
サチはタケルに、微笑んで見せた。
「……俺には、もうサチの父親の資格はない。」
「父親に資格なんていらない。私がお父さんだと思えば、お父さんだよ。」
「サチ、でも……」
タケルは苦しそうに言い淀む。
「さっきね、お母さんが言ってくれたの。
私はリヒトの遺伝子を受け継いではいるけど、遺伝子に縛られなくていい、って。私は、私だって。
だから、私は自分で、自分の生き方を決める。」
「……サチ……」
「私は、サチ。アザイ家本家の、出来の悪い長女。予知能力者だって言われ続けてきたけど、本当はお母さん譲りの増幅者。ドジで抜けてるから、失敗ばかり。…いつもみんなに、心配かけてる。
お父さんは、強くてかっこいい当主。でもちょっと心配性で、娘の事に関して暴走しちゃう時がある。…あと、とても優しくて、寂しがり屋さん。」
「…………」
「弟のタイチは、これまたとんでもないシスコン。お父さんに似て強くてかっこいいから、将来有望なのにねぇ。…だけど本当に家族想いで、これもお父さんに似て、優しい子。」
「……サチは、ドジで抜けてるだけじゃない。」
タケルが呟いた。サチはタケルを見る。
「サチは、子供の時から、不思議と人を惹きつける子だった。ニコニコ笑って、太陽みたいに周りの人を照らす。」
初めてサチに会った時に見せてくれた、屈託のない笑顔。
胸の奥がじぃんと温かくなって、心からこの子が愛しいと、そう思ったのを思い出す。
「ユキも…お母さんも、そうだった。自分の事より周りの人の事に気を回して、……優しいひとだった。」
タケルの頬を、涙が一筋伝う。
そうだ、誰が何と言おうと。
俺はサチを、家族を、愛している。
偽善者かもしれない。それでも、…
「ありがとう、お父さん。」
気づくと、サチも涙を流していた。
「お父さんは、いつだって私の事をちゃんと見て、考えてくれていた。
……お父さんがどう思ってるかなんて分からないけど、少なくとも私は、お父さんに愛されていたなって、そう思うの。」
待ってるからね、と、再度サチがタケルに言った。
タケルは、返事を返す事ができなかった。
*****
タイチが居間に戻ってきた。入れ替わりで、タケルがユキのもとへ向かう。
タイチはサチの隣の椅子に座る。
「お母さんと、何の話をしたの?」サチが尋ねる。
「うん。…僕が、赤ちゃんだった時の話とか。」
へぇ、それ私も聞きたかったなー、とサチ。
「あとは………僕の悩みを、聞いてもらった。」
「悩み……?」
タイチは、サチの目をじっと見つめた。
「お姉ちゃん。…今まで、ごめんなさい。」
「へ…?なに、急に、」
「お姉ちゃんの事が好き過ぎて、好きなんだから何をしてもいいって思ってた……ガキ過ぎた。」
「…タイチ…」
「もちろん、お姉ちゃんの事が好きなのに変わりはない。でも、お姉ちゃんに執着したり、束縛するような事は、もうしない。その代わりに、お姉ちゃんが本当に困った時には、いつでも手を差し伸べられるようにする。」
サチはパチパチと瞬きする。
「タイチ、あんた……頭でも打ったの?」
タイチは首を横に振る。
「お姉ちゃんが僕に黙って家を出て行った事、どうしてなんだろうって、ずっとグルグル考えてた。
それで気づいたんだ。こんなガキのままじゃ、お姉ちゃんに頼ってもらえないの、当たり前だって。」
「………」
「だから、お姉ちゃん…これからの僕を、見ていて。
絶対、大人のいい男になるから。…父さん、みたいな。」
ふっ、と2人は微笑み合う。
「ありがとう、タイチ。」
サチはタイチを、優しく抱きしめた。
「勝手に出て行った事…本当に、ごめんなさい。きっとタイチを傷つけちゃっただろうなって、後からどんどん胸が痛くなってきて。私も、考えなしだった。」
タイチが、また首を横に振る。
「…お姉ちゃんは、精神攻撃されてたんだ。でもその事にすら、僕は気づけていなかった。…あんなに、そばにいたのに。」
宥めるように、サチがタイチの頭を撫でる。
「ああ、タイチが何だか急にオトナになっちゃって、ちょっと寂しいかも。」
サチはふふっと笑った。
「私は今の可愛いタイチのままでも、いいんだけど。でも、……1つ殻を、破ったんだね。
お父さんみたいな大人になっちゃったら、モテ過ぎて私の事なんて、構ってもらえなくなっちゃいそうだなぁ。」
「それは、絶対にない。僕は生涯、お姉ちゃんを守るから。」
タイチがきっぱりと宣言した。
「どんな事があっても、僕はいつでも、お姉ちゃんの味方だ。…お姉ちゃんが、誰か別の人と幸せになってくれるなら、それでもいい。それでも僕は、弟として、お姉ちゃんを慕い続けるから。」
『本当に好きだと思う相手なら、その人が幸せそうに笑っていてくれたら、それだけで十分じゃないかな。』
ユキはさっき、タイチにこう言った。
自分が幸せにしたい、自分のそばにいてほしいと執着するのは、単なる支配欲だ。
タイチは、サチを支配したいんじゃない。
ただ自由に、思うままに生きて、笑っていて欲しい。
「……ありがとう。」
サチは、タイチの耳元で囁いた。
いちおう、タイトル回収?…のつもりです。




