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第36話 重症シスコンからの卒業

 気がつくと、あたり一面暗闇に包み込まれていた。


 タイチは警戒しながら歩き続ける。

分かってる、ここはルキヤの術の中。

ここで起こる事は、全てまやかし。


 ふと、前方に誰かの気配を感じる。


 真っ暗闇の中、目を凝らして見ると、それはサチだった。


「おね、……」

言いかけて、タイチはとどまった。

違う。あれはサチのニセモノだ。…騙されるな。



『ターイチ。なに、そんなおっかない顔して…どっか痛いの?』

サチは朗らかな笑顔で、タイチに呼びかける。

「………」

『おーい、タイチー?ってば。大丈夫?』

熱でもあるんかい?とサチが手のひらをタイチの額に当てる。

「……っ」

タイチは、咄嗟にサチの手を払い除けた。

『タイチ…どうして、』

「…こっち来るな!!ニセモノ!!!」

タイチはギュッと目を瞑る。ニセモノと分かっていても、サチの姿が目に入ると、動揺してしまう。


と。


ふわっ、と、優しい温もりが、タイチを包み込む。


驚いて目を開けると、サチが、タイチを優しく抱きしめていた。


『タイチ…お姉ちゃんのこと、嫌いになっちゃった?』

「……!!」

『それとも、何か怖いことあった?…大丈夫、お姉ちゃんがついてるから。』

よしよし、と宥めるように、サチがタイチの頭を撫でる。


 振り解かなければ。

そう、分かっているのに。

久しぶりの優しい姉の声を聞いて、タイチは何も考えられなくなってしまう。

震える手で、恐る恐る、サチの背中に手を回す。


ああ。

お姉ちゃんが、ここにいる。

僕の大好きな、お姉ちゃんが。


「おねえ、ちゃん…」

うんうん、ここにいるよ。

「…っ、ごめん、なさい。僕、お姉ちゃんを、守れなくて…っ」

大丈夫。タイチは悪くないよ。

「お姉ちゃんが、好きなんだ…もう僕から、離れ、ないで…」

ありがとう、タイチ。



でもね。



急に冷たくなった声に、タイチがはっと顔を上げる。

サチの顔は、もう笑っていなかった。



『そういうのが、気持ち悪いって言ってるの。』



ドクン、と心臓が飛び跳ねる。



『好きだって言えば、何をしてもいいの?』

「お、姉、ちゃん…」

『私につきまとって、私の友達にひどい態度を取って、外出も制限、交友関係も制限。

ねぇタイチ。…私を、この家に縛り付けて、そんなに楽しい?』

タイチは、声が出ない。

『私のベッドで寝てたんでしょ?何を想像しながら寝てたの?』

「…ち、が……」

『私の匂い嗅ぎながら、毎晩寝てたの?

…ほんとに、キモすぎて、鳥肌が立つ。」


ごめんなさい。謝りたいのに、タイチは声が出ない。


『本当は、能力が発現しない私の事、馬鹿にしてたんだよね?』

「ちが、う…」

『いざとなったら、無能な私の事なんて簡単に力でねじ伏せられる、そうでしょ?次期当主様。』

「…ちがう!そんな事、思ってないっ、」

『それで?私とどんな事したかったの?

…さっきルキヤさんとしたみたいに、キスでもしたいの?ずいぶん、恨めしそうな目で見てたけど。』

タイチは全身がかぁっと熱くなった。

その姿を見て、サチが吐き捨てるように言った。

『気持ち悪い。…反吐が出る。』


ちがう。

ちがう。

タイチは反論しようとするが、言葉にならない。


僕は、お姉ちゃんの事を、そ(・)ん(・)な(・)風(・)に(・)見てたんじゃない。


そうじゃなくて…




 そこでタイチは、ハッとある事を思い出した。

精神攻撃で我を忘れそうになった時に、自分を取り戻すためのもの。

術にかかる前に、これを思い出そうと決めていたもの。




そのイメージを強く念じて、縋るように左手首を見る。



ああ……あった。

サチのお手製のミサンガ。



もう一度強く念じながら、ズボンのポケットに手を差し込むと、

そこには、サチとタケルとお揃いのストラップがあった。




あの日の、サチのきらきらした笑顔を思い出す。




そうだ。これは本物のお姉ちゃんじゃない。

本物のお姉ちゃんが、こんな事を言うわけない。





「…ぼくの、お姉ちゃんを…」


タイチが、絞り出すように声を上げる。


「お姉ちゃんを、…馬鹿にするな…っ!!!」


タイチは、目の前のサチを睨みつけた。

「僕のお姉ちゃんは……僕にそんな事、絶対言わない。」

『タイチ。私は、もともとあなたの心の中にいた存在。あなた自身が抱えていた、本(・)当(・)の(・)私(・)の(・)姿(・)。』

「ちがう…僕は、ただお姉ちゃんに、嫌われたくないだけだ!」


 言いながら、タイチは急速に自分の心が整理されていくのが分かった。


 そうだ。サチを慕うあまり、行き過ぎた行動をとってしまう自分を、これまで制御する事ができなかった。いや、制御する必要はないとすら思っていた。

でもその一方で、その事でサチにいつか嫌われるんじゃないか、それを恐れていた。

その気持ちが、いま目の前のサチのニセモノとして現れたのだ。


「お姉ちゃんに、もっと頼ってほしかった…

もう、子供扱いは嫌だ!!!

僕が、お姉ちゃんを助けるんだ…っ」


 あの日、地下牢に閉じ込められたタイチを助けてくれたサチ。

 絶対に、サチを悲しませるような事は、もうしたくない。

 タイチは、そのためには自分自身も変わらなければならない事を、ようやく心から理解した。



 ただ好きだとか独り占めしたいとか考えるのは、子供のやる事だ。

 本当に幸せにしたいなら。

 サチの信頼を得るためには。




 そのために…僕は。







その瞬間、突如闇が光で引き裂かれた。






-----------


「タイチ!!!!目を覚ませ!!!!」

サトルの叫び声が耳をつんざく。

「…サトル、おじさん…?」

タイチはぼんやりとサトルを見る。

「よかった…!よく耐えたな、タイチ!」

「お姉ちゃん、は…」

起き上がって、周囲を見回したタイチは、息を呑んだ。


 すぐ近くに、タケルが倒れていた。

…背中から、おびただしい量の血が流れている。

傍で、ミオリが治癒に集中している。


「タケルは…気を失っている間に、あ(・)の(・)ル(・)キ(・)ヤ(・)っ(・)て(・)男(・)に(・)刺(・)さ(・)れ(・)た(・)ら(・)し(・)い(・)。俺が来た時には、既にこんな様子だった。」

「お姉、ちゃんは、」

タイチが再び尋ねる。

「おそらく、ブーストは終了してる。だけど…どこかに身を潜めている。」

「え……」

「意識のないサチちゃんを、あの男が連れ回してるんだろう。敷地内では、まだあいつの術にかかって倒れたままの奴も多い。…一刻も早く、探し出すんだ。」

「父さん、は……」

サトルはかぶりを振った。

「いま、ミオリが治癒に当たってくれてる。

アザイ家の前当主と現当主を潰す事が、ハナからあいつらの狙いだったんだ。そしてこの家の力を失墜させる事が…。タケルの最大の弱点を、うまく突いてきやがった。」

動けるか、とサトルはタイチに問う。タイチは頷いて立ち上がる。

「手分けするぞ。……サチちゃんが目を覚ます前に、絶対に見つけ出す。」

タイチはまた、深く頷いた。



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